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91.深夜にレイと

 コン、コ、コ、コン、コン。


 深夜、扉をリズミカルにノックする音で私は目を覚ました。

 このノック音はハリスと私で決めた合図。私はすぐさまベッドから出て扉を開ける。目の前にハリスが立っていた。と、その後ろには。


「レイ!!???」


 小声だけど、私は叫んでしまう。


「まさか…本当にあなたはこの短期間でハリスまで仲間にしてしまったんですか…」

 レイが呆然と私とハリスを見比べる。

「嘘はないといったでしょう。さあ、レイモンド殿、早く中に入ってください。私は外で見張りをしています」

「…心から感謝する」

「時間はあまりありません。メリーが王宮の方から戻ってくる馬車の音が聞こえるまでです。その時には合図します」

「わかった。…本当にありがとう、ハリス」

「いいえ」

 そう言ってハリスが扉を閉めた。

 ええ、と?聞きたいことは山ほどあるんだけど、ええと。


 お互いに何も言えずただ、見つめ合う。と、その途端、レイの長い腕が伸びてきて私を力いっぱい抱きしめた。

「…会いたかった。会いたくておかしくなりそうでした。こんなに近くにいるのに遠いだなんて」

「…私も」

 腕をふらふらと持ち上げてレイの背中に手を伸ばす。筋肉質な彼の体をぎゅうぎゅうと抱きしめると涙が出そうだった。

「困ったことになっていませんか?ちゃんとご飯は食べていますか?眠れましたか?…その後、メリーから変なことはされていませんか?体調は?寂しくないですか?不安を感じたりしてないですか?」

 レイから矢継ぎ早に質問が飛んできて私は笑ってしまう。

「質問が多すぎて一気に答えられないわ」

「絶対記憶能力のあなたなら造作もないでしょう?」

 

 レイの心音が聞こえる。それだけでひどくひどく安心する。


「困ったことは今のところないわ。ご飯は、昨日は食べられなかったけれど今日から侍女が来てくれて、準備してくれたわ。本当はちょっと眠れなかった。あれから変なことはされていないわ。体調はばっちりよ。お友達が今日できたの。寂しくはないわ。不安は…あなたが抱きしめてくれたから吹っ飛んじゃった」


 丁寧に一つ一つ質問を返す。レイが、背中越しにも一つ一つに頷いてくれるのが分かって嬉しい。

 今度は私の番よ、と私は言う。


「なぜここにいるの?あなたこそメリーから変なことされていない?ちゃんと生活できているの?」


「先ほどいきなりハリスが私の部屋を訪れて、メリーが王宮に出向いている間、あなたの部屋に連れて行くと。…正直罠かと思いましたが、俺もあなたに会うためになりふり構っていられなかったので。メリーから変なことは…まぁ、媚薬のようなものを飲まされたり、夜訪問したりしてきますが。一応すべてうまくかわしています。生活は問題ありません。十分すぎるほどの好待遇です」

 それよりも、とレイが私の髪を抱きしめながら撫でる。

「…ご飯ももらえない上に、薬まで飲まされそうになっただなんて…誰ですか。あなたに無体を働こうとした不届きな輩は」

「ハリスよ」


 レイが絶句する。

「あの男…やはりなにかの罠…」

「違うわ、レイ。ハリスは信用していいわ。昨日私の元に来た時も、私に何かをする気は全くなかったもの。メリーに虚偽の報告をする予定でいたらしいわ。彼は大丈夫、味方よ。あと、私に今付いている侍女のマリも。もう一人はまだ確認していないけど。それと庭師のスティーブンも味方よ。信頼していいわ」

「…あなたは…本当に天然の人タラシですね」

 レイがふはっと笑う。ああっ!もったいない!その顔、正面から見たかった…!!

「レイだってメリーにモテモテじゃない」

 私が口をとんがらせて言うと。

「やめてください…」

 レイの声音が一転、暗いものになり大きな溜め息が聞こえた。

「メリーを邪険にすると、あなたに憎悪の矛先が向くからと、言われた通りできる限り彼女のやることに反抗はしないようにしていますが…正直もう嫌で嫌で仕方ないです。今こうやってあなたを補充できなければ、死にそうだった」

 やっと息ができた気分です、とレイが鼻先を私の髪に埋めるのが分かる。ふふっ、くすぐったい。


 私も真似をして、鼻先をレイの胸元に摺り寄せる。レイの温かさにほっとする。

 ふと鼻先にあたる感触に、私は彼の胸元から顔を上げ、レイを見上げた。


「レイ、アレ、つけてくれてるの?」

「勿論です。肌身離さずつけてますよ。今の俺には一番大事なものですから」

「懐中時計よりも?」

「うっ、そ、それとこれとは別というか」

 分かっているわ。意地悪な質問をしてしまったことを詫びてから、私はレイに尋ねる。

「ねえ、もう一度見てもいい?」

「勿論です」


 そう言ってレイは私を片手で抱きしめたままもう一つの手で器用に首にぶら下げていたそれを取り出した。ふふ、離してくれないことがこんなに嬉しいだなんて。


 レイが取り出したのは、美しいディープブルーの宝石があしらわれたネックレスだった。


「やっぱり、この蒼の色、とても美しいわ。本当にレイの瞳の色」

「サラ様のも、見せてください」


 レイから言われ私も首にぶら下げていたそれを取り出す。そう、レイのとまったく同じデザインで、宝石だけ違うネックレスだ。

「あなたの瞳と同じエメラルドグリーンだ」

 レイが幸せそうに言ってくれるのが嬉しい。


「おそろいのモノがあると、不思議と心強いの。レイも同じように思ってくれてるのなら嬉しいわ」


 エルグラントの家から遠乗りデートをしたあの時。


――――― 


「そうね、こんな話はあなたとの貴重なデートの時間にするものじゃないわ。あ!そうだわ。ねえ、レイ、一つお願いがあるのだけれど!」

「なんなりとおっしゃってください」

「ええとね、お揃いのものを贈り合わない?なにかいつでも身に着けていられるもの。そしたらいつでも一緒にいられる気分になるじゃない?」


―――――――


「サラ様、一つ提案があるんですが」

「ん?なあに?」


 レイが少し照れたように言う。

「このネックレス、交換しませんか?」

「交換?」

「ええ、俺のをサラ様が。サラ様のを俺が。ほら、これってお互いの瞳の色じゃないですか?俺は、あなたのエメラルドグリーンのそれを持って、いつでもあなたを傍に感じたい」

「いつでも…そば、に」


 ――――や、やだなにこれ!

 私は頬がじわじわと熱くなるのを感じる。そ、そんな真顔で間近でそんなイケメン駄々洩れでそんな嬉しいこと言ってくれるとかもうもうもう!どれだけなの!

「嫌、ですか?」

「嫌、なわけないわ」

 部屋が暗くてよかった。月明りもうっすらでよかった。私今きっとものすごく真っ赤になっているわ。

「よかった」

 嬉しそうに眩しそうに宝物を見るように愛おしそうに笑うレイにぎゅうっと胸のあたりが締め付けられる。この感情は何なの。この苦しさにも似た切なさは何なの。

「…かけてもいいですか?」

 私はこくん、と頷く。

 どうしよう、何か言ったほうがいいのに何も声が出ない。この甘くしびれるような沈黙が心地いい。ずっとずっとここに浸かっていたい。

 レイは私の背後に回り、すっと髪の毛を持ち上げてからネックレスを掛けてくれた。急に外気にあたったうなじがすうすうする。と、ネックレスを掛け終わった途端再びそのまま抱きしめられた。

「れ、レイ?」

「俺の愛おしい人。早くあなたとゆっくりと毎日を過ごしたい。こんなところに置いておきたくない」


 髪の毛に唇を埋めてそう言ってくる。吐息が熱い。ぎゅうううう、と胸のあたりがまた苦しくなるのを感じる。

「愛おしい、人だなんて。軽々しく、言っちゃ、だめよ。心をあげたい令嬢に、言わなきゃ」

 どうしよう、泣きそうになる。嬉しい。愛おしい人、だなんて。心をあげたい人がいるのに。それでも嬉しい、だなんて。

「もう、いっかなー…ほんと、なんの意地をはってんのか自分でもわからなくなってきました」

「な?なんの話?」

 私が慌てると、レイはふはっと笑う。ああ!!また!もう!さっきからその笑顔見れないのが!!!悔しい!

「こっちの話です。サラ様、俺にも掛けてもらっていいですか?」

「あっ、え、ええ」

 私は拘束を解いてくれたレイに向き直り、自分の手の中にあったネックレスを彼の首にかけた。少し屈んでくれて、いつもは見えない頭頂部が見えた途端に、訳の分からない愛おしさがぶわりと噴出した。


 思わず、その頭に口づけを落としてしまう。


「え?」

「え?」


 二人同時に変な声が出てしまった。

「や!!やだ!私ったら!なんて!あ、違うの。今のは、なんだか…っ」

「あ、えっと…いや、あの」

 おそらく私もレイも今真っ赤になっている。ばかばかばか何やってるの私。絶対に引かれたに決まっているわ。恋仲でもない令嬢が自分から口づけだなんてはしたないこと!!


 その時だった。


 ―――コン、コ、コ、コン、コン。

 扉を叩く音に、この秘密の逢引が終了することを知る。

「いかなきゃ、です」

 レイの声のトーンが下がる。

「ええ…ハリスを通して手紙を書くわ。レイ、来てくれてありがとう」

 私の言葉にレイは小さく頷いた。


 去り際に彼はもう一度私を強く抱きしめて、そのごわごわした手で頬をなぞっていった。


レイさんその前に自分サラちゃんの頭に口づけしてますよーって作者の突っ込みが追い付かない。

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