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90.ネチネチとネチネチとよくもまあ

「おぞましいわぁ。そんな汚らしい手を触われるだなんて」


 メリーが現れた途端スティーブンはさっと私から離れ、跪いて首を垂れた。跪くのも片膝ではなく、両膝で。まるで奴隷だ。こんな扱い、ひどすぎる。

 それでも私も一応軽く膝を折ってスカートの裾を掴んで挨拶をする。


「この手がこのとてつもなく美しい庭園を作り出していると思ったら感激のあまり触れられずにはいられませんでした」

 ニコリ、と笑って返すが、メリーはせせら笑いながら私の所作に注意を向ける。

「あら?あなた私に平伏はしないのかしら?カーテシーだけ?」

「公爵家と言えど、私は国賓扱い。貴方様に敬意を示すことは致しても、軽々しくそう何度も深く頭を垂れましてはエドワード国王陛下からお叱りを受けますわ」


 ばちばちばち、と見る人が見たら私とメリーの間には火花が出来ていたことだろう。


「おお怖。大国ブリタニカの最高権力者の名を出すだなんて不敬だと知らないのかしら?」

「メリー王女殿下。我々は国賓として扱われています。後ろ盾にエドワード国王が付いていることは事実です。あまり思慮のない発言は慎まれますよう」

 レイが隣でぴしりと言ってくれる。

「あらぁ、レイモンド様までこの娘の肩を持つの?嫌ねぇ」

 

 娘っておい。同い年同い年。


 心の中でのツッコミは華麗にスルーされる。言ってないから当たり前だけど。

 おそらく、メリーはレイとくっついているところをわざわざ見せにここに来たのだろう。そのために私に庭園散策の許可も出した。

 本当に、やることが子どもだわ。

 ま、でもレイに会えたのは良かった。この機会を利用してちょっと報告させてもらいましょう。

 ハリスに手紙もお願いするから、その時でも構わないんだけれど、少しくっつきすぎでむかついたからね。心配させてやりましょう。


「そういえば、先日は美味しいお茶をありがとうございました。長旅で疲れていたのか飲んだ途端にほっとしてしまって、私ったらすぐに眠ってしまいましたの。レイ、私とっても味わい深いお茶をメリー様から頂いたのよ」

 言葉に含みを持たせてレイに話しかけると、レイの目がみるみる開かれる。さすが、勘づいたわね。

「そのあと、私の部屋に誰か間違って殿方が入ってきてしまって。私たまたま目が覚めて驚いて思わず大声で叫んでしまったわ」

 ふう、と溜息をつく。レイをちら、と見るとその顔がさあっと青くなっていくのが分かった。


 おそらくすべてを察してくれたわ。

 

 と、レイの顔がみるみるうちに怒りに染まっていく。おっとダメ!それはダメよレイ。

「使用人さんたちが叫び声に気付いて駆けつけてくれて、その殿方も非礼を詫びてくださったから何事もなかったわ、大丈夫よ」

 これはハリスと口裏を合わせてある。今話したそのままにメリーには報告が上がっているはずだ。

「本当に…大丈夫、なのですか?」

 

 何事もなかったといったのに、レイの蒼い瞳が怒りに燃えている。

 ぐっと堪えているのがとてもよくわかる。ありがとうね、レイ。私は言葉を続けた。

「大丈夫よレイ。それで、王女様の宮殿を騒がしくしてしまい、申し訳ございません、メリー王女殿下。感謝と共にこの謝罪もしなければならないと思っておりましたの」

「宮の中にはどんな粗野な人間が潜んでいるかわからないから気を付けなさいな。今回はたまたま運がよかったようなものね。それよりもあまり人の宮殿でうるさくしないでくださる?」

「以後気を付けますわ」

「ああ、なんだか疲れちゃった。レイモンド様、お部屋に戻りましょう?」

 ふうん、この話題が出た途端動揺しだしてすぐに立ち去るということは…自分のした悪事をレイにバラされそうになるのは怖いらしいわね。一応そこら辺のプライドだけはあるのね。

 ま、バラされそうっていうかもうバレバレなんだけど。


「わかりました。…サラ様、それでは私はこれで」

「ええ。王女様に失礼のないようにね」


 レイが私をじっと見つめる。その目が言ってくれている。本当は私と離れたくないと。何があっても味方だと。うん、大丈夫。まだ二日目だけど、その目だけで頑張れるわ。大丈夫。

 

 レイとメリーが過ぎ去ったのち、やっとスティーブンと侍女が顔を上げたことに今更だけど気付いてしまい、私は大慌てで謝罪をした。

「サラ様が謝ることではありませんわ」

 侍女が言ってくれたし、

「むしろあの王女の怒りを一身に受け止めさせてしまい…すま…申し訳ございません」

 とスティーブンも言ってくれた。

 ふふ、本当に二人ともとてもいい人。

 そういえば…と、私は今朝から付いてくれた侍女に向かって尋ねた。

「ごめんなさい、まだ名前を尋ねてなかったわね。あなたも許可を出さないと名乗ってはいけないと言われていたのね」

 そう、朝来たときに、侍女二人はよろしくお願いします。と言ってくれただけだった。スティーブンとのやり取りでやっと名を名乗らなかった意味が分かった。メリーが自分が許可しないと名乗ることも挨拶することも許さなかったのだろう。本当にくだらない。

「はい。申し訳ございません。私、マリ・キャニオンと申します。よろしくお願いいたします」


「マリ!!???」


 突然の私の叫び声にマリがびっくりしている。そりゃそうだわ。

「ああ、ごめんなさい!!違うの!違うの!ここに着いた時に、メリー王女に追い返されたんだけど、私にもお付きの侍女が一人いたの。その人がマリアだったから。なんだか近い名前が嬉しくて!ねえ、あなたのことマリって呼んでいい??お願い!呼ばせて頂戴!」

 マリの手を取って私は必死にお願いする。

「え、ええ、もちろんです、お好きにお呼びください」

「やった!!嬉しいわ!よろしくねマリ!」

 そう言って思わず私は抱きついてしまう。マリアって名前に近いだけだけど、似たような名前を呼べる相手がいるだけでこんなに心強いなんて。え?別人じゃん名前も違うじゃんって?いいの!こういうのは心の持ちようよ!


「それからスティーブンさん!!」

 私はぐるりと振り返った。急に名を呼ばれてスティーブンもびっくりしている。

「あなた、敬語苦手でしょう?普通に話してくれて大丈夫ですわ。私、これからもここにちょくちょくお邪魔したいわ。だから、普段のあなたの話し方で話してくださらないかしら?」

「え…っ、い、いやだが…ですがっ」


「普通にしないとマリと恋人同士ってばらしますわよ」


「「えっ!!!」」


 二人とも目を丸くしているけれど、ごめんね、私にはバレバレだったわ。

「あなたたちのことちょっと見させてもらってたけれど、二人とも嘘がなく、心根の優しい信頼できる人物だとわかったのです。滞在期間は短いけれど、ここの宮殿に滞在中は仲良くしてくださるとうれしいですわ。あ、もちろん、メリーの前では変に目を付けられると困るだろうから、今まで通り、ということですがいかがでしょう?」

 人差し指を口に当ててウインクして見せると、二人とも顔がほんのり赤くなった。ん?どしたの?


「…いいの…か?」

 うん、崩れた。やったね!私は内心ガッツポーズをする。

「ええ、勿論ですわ。それからいちいち跪く挨拶も不要です」

「あんたって…変わってんな」

「そうかしら?私からしたらここの宮殿の人間のほうがよっぽど変わっていますわ。メリーのせいでしょうけど」

「…ぶっ!!」

 スティーブンが噴出した。マリもくすくすと笑いだした。

「いやー、爽快だな。わかった。それならありがたく普通にしゃべらせてもらうぜ、ええと」

「サラ、と。呼び捨てで構わないですわ」

「いやそれはしねーよ。さっきの兄ちゃんに殺される」

 さっきの兄ちゃん?レイのことかしら。なんで殺されるのかしら?

 私がきょとんと首を傾げていると。

「そうだな、まぁ、そこはサラ様って呼ばせてくれ。そんかわりだ。サラ様も俺に敬語はやめてくれっか?」

「あら、いいの?」

「ああ、そっちのほうが俺も話しやすい」


 そういってスティーブンはにかっと笑った。だが、突然声を潜めて私に向かって囁いた。

「だが気をつけろよ、サラ様。ここの宮殿にはメリーに傾倒しているやつも多い。下手なことを喋ればすぐにやつの耳に入る。さっきみたいに、メリーのせいだなんて大声で話したら、誰の耳に入るかわからない。俺やマリのことは信頼していいが、迂闊に誰でも信じるんじゃねーぞ」

「心得ておくわ」

 ふふ、本当にいい人。

 私はマリに呼びかける。

「マリ、せっかく恋人に会えたのに申し訳ないのだけれど、そろそろ部屋に戻っても構わないかしら?ちょっと冷えてきちゃった」

「何を仰いますか。私は今職務中です。命じてくださいませ」

 ふふ、マリアっぽい。


「ありがとう、じゃあねスティーブン。また来るわ」

「おう、次来たら庭園の美味しい果物食べさせてやっからよ」

「わぁ!それは楽しみだわ!ありがとう。絶対来るわね!」


 私は手を振ってスティーブンと別れ、自室に戻った。


 

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