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89.見たくなかった

 ハリスと会話を交わせた次の日、私に侍女がついてくれることになった。なにやら、ハリスが国王陛下に対して、私に侍女がいないと伝えてくれたらしい。

 メリーが嫉妬してちょっと意地悪しちゃったんだろ、と笑いながら国王が言ったらしい(親バカ…)

 でもまあ流石に国賓にその扱いは良くないということで、王宮の方から二名侍女が派遣されることになり、取り敢えず召し替えや身の回りのことなどには困らないようになったのでよかった。

 

 ええ、昨日はちゃんと自分で夜着に着替え、朝はこんなこともあろうかとマリアが私の荷物に入れていてくれたワンピースに着替えてから、使用人室までいって顔を洗うお水をいただくという、令嬢として生きてきて初めての経験をしたのよ!食事?ええ、一口も食べていませんわ!

 すごいでしょう?!褒めて頂戴!なんてことを思って、誰に褒めて欲しいのかなんて考えて、しょんぼりしてしまう。

 

「…会いたいわ」


 思い浮かぶのはレイのことばかり。この一年半ずっとずっと一緒だった。離れる日なんて、朝起きて「おはよう」を言わない日なんて一度たりともなかったのに。

 あのくしゃ、と笑う顔が見たい。優しくて、時に甘い言葉を吐いてくれる彼に会いたい。いくら心をあげたい令嬢がいるとしても。今は彼の一番そばにいたい。

「まさか…心をあげたい令嬢って…」

 メリーじゃないわよね?そこまで考えて私は首を横に振る。それは絶対ないわ。

 でも、絶対無いとわかっていても、そのメリーと今四六時中一緒だと考えるだけで胸の中がとてももやもやしてざわついてしまう。



 ーーーそこは私の場所なのに。



「はぁぁ…」

「ご気分が優れませんか?」

 ふと、横から私の様子を見ていた侍女が声を掛けてくれる。この人は国王が派遣してくれた侍女なので、メリーの息がかかっていない。とても好意的な視線を見せてくれる。

「いいえ、大丈夫よ。でも少しお外の空気を吸いたいわ。庭園など出れる場所はあるかしら?」

 自身の宮殿内でちょこまかされるのをメリーは嫌うはずだけど。このままゆったりと軟禁されて二週間が過ぎるのはよろしくない。


「…それでしたらメリー様に確認をとって参ります」

 侍女がぐ、と言葉を噛み殺したのがわかった。これは、私が希望を言ったことに苛ついている…わけではなさそう。


 平素であれば国賓である私やレイは多少我儘を言っても許される。それこそ庭園に出たい、だなんて我儘でもなんでもないから二つ返事で了承が返ってくるような内容だ。

 それをわざわざメリーに確認を取るということは、彼女の了承を得らずに私を部屋から出すな、とでも言われているのでしょうね。

 

 ため息が出るわ。くだらない。


ーーーーーー


「サラ・ヘンリクセン様。メリー王女殿下の許可が降りました。庭園へとご案内いたします」

 そう言って侍女さんが帰ってきたのはしばらくしてからのことだった。

「あら、本当に?」

 意外だわ。なんだかんだ理由をつけてダメだと言われて軟禁生活かと思っていたのに。

「ええ、日傘と手袋、外套はお持ちでしょうか?お持ちでなければご用意いたしますが」

「あ、大丈夫よ。そこらへんは全て私のカバンの中に入っているわ。取り出してくださる?」

 にこりと笑いかけると、向こうも笑って勿論です、と言ってくれた。



 庭園はとてもとても細かなところまで手入れが行き届いていた。さすが王室の庭師といったところだ。メリーはこの凄さに気づいているかしら?当たり前のように与えられる最上級のものが、全て誰かの手によって作られていて、決して当たり前ではないということに。

「なんて美しい…素晴らしい庭園だわ。一つ一つがきちんと剪定されていて、咲いた花が生き生きとしている。植えられている花々の配置は全体的に繊細だけれどでも所々に大胆さも見受けられる。地形とまだ未調和ところもあるから知り尽くしているというよりは…最近入ったばかりの方かしら?庭師はそうね、真面目で優しい若い男性かしら…」


 私が侍女に笑いかけると、彼女は少し面食らいながらも、「ええ」と返してくれた。今付いてきてくれた侍女は一人だけだ。もう一人は部屋でベッドメイキングや掃除などを行ってくれている。本来はもっと下働きの使用人の仕事だけれど、誰もしてくれないんだもの。お願いするしかなかった。


 と、そんなことを考えていたその時。

 視界の端でさっと物陰に隠れる人物が一人。


「ん…?」

 私が近づくと、またさっと違う物陰に隠れられた。

「んんんん…?」

 今度は少し足を早めて近づく、けど逃げられる。

「ええええ…?」

 私の背後に控えていた侍女がくすくすと笑い出した。

「スティーブン、大丈夫よ。この方は国賓で王女宮に滞在している方よ。出てきてご挨拶なさい」


 …。


 ……。


「でも…」


 物陰から小さな小さな声が聞こえる。

「…大丈夫よ。この方は()()とは違うわ。とてもお優しい方よ」


「本当か?」

「保証するわ」


 侍女がそう言ってくれて、やっと植え込みの向こうから男性が顔を出した。

 真っ黒に日焼けした顔、麦わら帽子がとても良く似合ってる。目の色が濃い茶色で、髪の毛は薄い茶色。短く刈られた髪はとてもさっぱりしていて好印象。好青年という言葉がぴったりな男性だ。私を見るとすぐさま頭を垂れてくれた。


「はじめまして。あなたがここのお庭師?」

「…」


 おっと、返事がない。なぜ…

 え…まさか。

「挨拶の許可を、待ってらっしゃるの…?」

 侍女にそう耳打ちすると、彼女は頷いた。

「そうしないと、メリー様であれば首が飛びますので。職を失うという意味か、()()()()()()でかはその時のお気分で変わりますので」


 …嘘でしょう?

「スティーブンさん、お顔をあげて」

 敬称をつけることはできないけどせめて敬意は。

「挨拶の許可など不要ですわ。私、サラ・ヘンリクセンと申します。ブリタニカより参りました。お気軽にサラとお呼びください。とても素敵な庭園ですわね。あなたの腕前、お見事です」

 私が声をかけるとスティーブンはばっと顔を上げ、信じられないものを見るような目つきで私を見てきた。

「褒め…お褒めの言ってもら…恐れ入ります…スティーブンです…家名は…」

 ぐっとそこで言葉に詰まる。敬語も不慣れなのに一生懸命話してくれようとするのがとてもほっこりする、と同時にメリーがどのような扱いをしていたかも容易に想像できて溜息が出そうになる。

 

 それから今彼が言い淀んだ理由も。

 

 家名がないということは、一般庶民、その中でもさらに下層の人物ということだ。

 おそらくそのことでメリーにたっぷりといびられたんだろう。マリアに家名がないと言った時も、蔑む視線を隠しもしなかったもの。

 

 目の前の男性はこんなに素晴らしい実力があるのに、ただ家名がないだけで。敬語が不慣れなだけで。


「ほんっとつくづくどうしようもない…」

 メリーに向けて言ったつもりが、目の前の男性の視線が泳いでしまい、私は慌てて訂正する。


「ご!ごめんなさい、違うんですの。あなたさまがこんなに素敵なお庭を作れるのに、のびのび仕事ができない環境っていうのがどうしようもないな、って思ってしまって!本当に素敵なお庭ですわ!心からそう思います…。こんな素敵な仕事をできるあなたに最大級の尊敬と感謝を」

 そう言って私は手袋を脱いで手を差し出した。そう、握手。最近ちょっとハマっちゃった。

 淑女らしくないって?いいの!


 私の動作にスティーブンはいよいよ理解が追いつかない様子だったが、やがてその顔にホッとした笑顔が生まれた。

 おずおずと手を伸ばしてくれるが、私の手の前で動きを止める。土だらけの手だ。傷一つない、マリアによって日々充分に手入れされた手を握ってもいいのか躊躇っているんだろう。


 構わないに決まってる。


 私は自分からその手を握った。

 ごわごわして、マメがいっぱいの、爪の中まで土の入ったとてもとても汚れた、働く人の手。


「…何よりも美しい庭を作り出す美しい手だわ。お仕事、これからも頑張ってくださいね。応援してます」


 私が笑いかけると、その茶色の瞳がこれ以上ないほど開かれて大きく揺れた。

「あなた、みたいな人からそんなこと言われたの…初めてです」

「そうなの?私も家族の者も、自分のお家の使用人には常に労いの言葉を掛けているわよ。あなたたちのような方たちがいなければ、家は回らないもの」

「ここの、主人もあなたみたいなら良かったのに」

 スティーブンがそう言ったのと。



「あーらぁ?そこにいるのはサラ?薄汚れた汚い手をよく触れるものね。私ならぜぇったいに無理だわぁ…さすが、育ちが知れてるわね」



 ねばっとした、気持ちの悪い甲高い声が後ろから聞こえたのは同時だった。

 振り返ると、そこに居たのはもちろんメリー。


 と、



 メリーに腕を組まれ、貴族のような服を着させられたレイ。

 いや、一応王族だからそんな格好しててもいいんだけど。似合ってはいるんだけど。会いたいってあれほど思ってたんだけど。



 ーーーー見たくなかったな。



 メリーに着飾られたレイも、

 そんなメリーに腕を組まれて身体を寄せられている、レイも。



 

 


 

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