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88.忠誠

「次期ブリタニカ女王…」


「ええと、ハリス。何度も説明してるけど候補ね?候補」

「でもその状態だとあなたが頭を縦に振れば次期女王ということはほぼ確定ではないですか」

「うーん。そうね。ただ第一王子との婚姻は無くなったから、第二王子か第三王子との婚姻が条件になってくるとはおもうのだけど…」


 自分で言いながら、私はレイのことを思い出す。

 私が女王になるために現王族の血を持つ人間との婚姻が必要だというのであれば、アース達もだが、シャロン陛下の実弟であったレイとの婚姻も視野に入れることはできる。

 ーーーーでも、レイはおそらく王族として生きることは望んでないから。


 私はそっと溜息をついてしまう。胸のところで手をぎゅっと握りしめる。大丈夫。それは今考えることではないわ。私は言葉を続けた。


「だから、毒のことがわかったのも、女王教育の一環で六歳の頃から毒や薬の味や匂いを覚えさせられていたの。もちろん女王となれば毒見はいるけれど、窮境の際でも自衛できるようにね」


 理解が追いつかないと言う顔をハリスが見せてくるので笑ってしまう。なんかこの国外追放の旅に出てからレイやらエルグラントやらヒューゴやら皆一様に同じ反応だからもう楽しくなってきた。


「だが、それだけでは私の感情の機微まで読み取れたことは理解ができないのですが」

「目よ。私、目を見ればその人の考えていることがわかるの。だからあなたが厳しい目を向けたとき、何を考えているかわかったわ。先程の使用人の女性もお茶に何を入れているかすぐにわかったわ。…まぁ、先ほどの女性は目を見ずとも終始震えていたから、私でなくともわかったと思う」

「…ほかにあなたに関する情報で、教えていただけるものはありますか?」

「知ってどうする?メリーに売る?」


 私の言葉にハリスが一瞬険しい顔を見せた。あら、怒ったわ、どうしたのかしら?と思ったらいきなり自己紹介してきた。

「…私、本名をハリス・フォン・シーボルトと申します」

「ええ、存じていてよ。パッショニア王国シーボルト子爵家三男。お兄様が二人いて、ご長男は爵位を受け継ぎ現当主として御立派に勤め上げていらっしゃる。ご次男は城勤の文官。そして貴方はこの国の騎士団四番隊隊長であり、第一王女の側近。皆さまが優秀な一家としてこの国ではよく知られている一族だわ」


「…な、ぜ、それを?それも女王教育で?」

 ハリスの目がいよいよ丸く開かれる。

「いいえ、女王教育ではそこまでは。まぁ、パッショニアにくると決まった時に色々調べてきただけよ。それよりも、なぜいきなり自己紹介を?」


 質問に質問で返して申し訳ないとは思うけれど。


「…シーボルトは代々城に関する仕事を誇りを行なって勤めてきた一族です。先ほども言われたように次男は城勤ですし。…私も最初、王女付きの側近と任命された時、まるで天にも登る思いでした。騎士隊長という名誉に加えて、王族付きの側近だなどという誉れを与えられるとは…でも、それは地獄の始まりでした」


 そ…そこまで?地獄とか言っちゃうの?


「私は側近になり、まだ二年ほどです。だが、メリー王女の我儘や傍若無人ぷりは見てて不快感しか感じません。理不尽なことですぐに激昂し、気に入らないという理由だけで首を切られるならまだいい。虫の居所が悪ければ平気で使用人を罰する。頭の中は男の…今は特にレイモンド団長殿の関心を引くことだけ」

「…辛かったわね」

 私の言葉にハリスが頷く。

「辛いです。正直に申し上げて、辛いです。私はいったい何をやっているのだろう…と虚しくなる日々でした。こんなことをするために血反吐を吐くような努力を続けてきたんじゃない。今回の外交官の奥方の件もそうです。メリー王女が「一人一人見せしめにしていけばいいじゃない」と平気でいい、エリクソンが賛同するのをどうやって舵を切り直そうか、そればっかり考えて出てきた苦肉の策でした」


 なんてこと…私は言葉を失う。


「もう限界だ、もう無理だ。こんな奴についていけない。そう思っていた矢先のあなたからの言葉はまるで神からの啓示のようでした。この道に進めと。この方についていけと。そうささくれ立った心にあなたのあのときの言葉は入り込んできたんです」

「『私についてきなさい、違う世界を見せてあげる?』」

 ええ、とハリスは頷いた。


「本能が言っているんです。あなたについていってみたいと。違う世界を見たいと。もう、心は決まりました。私、ハリス・フォン・シーボルトはあなたを主とします。ですがこの二週間、表向きはメリーの元で仕えることをお許しください。そして、二度と今のようにお疑いにならないでください。あなたに誓います。あなたのことを絶対にメリーなんかに売ったりしない」


 それから、とハリスは続けてくれた。


「ーーーそれが終わったのちは、私はあなただけに忠誠を誓いましょう」


 真っ直ぐな嘘のない目。曇っていた瞳が光を取り戻している。うん、なんだかやっぱりこの人エルグラントに似ている。


「よろしくね。ハリス・フォン・シーボルト」

 私が手を差し出すと、ハリスは一瞬驚いた顔を見せた。当然よ。握手なんて殿方しかしないもの。

 でも、おずおずと彼は手を差し出して私の手を握ってくれた。


「こちらこそ、よろしくお願い申し上げます。…サラ様」


 豆が潰れに潰れて硬くなった、鍛錬を一日も怠たっていない手。うん、私この人やっぱり好きだわ。




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