表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
92/196

87.ハリス

「な…なぜ」

「そのなぜは、『なぜ』眠っていないのか?ということかしら?」


 私の質問にハリスの目がみるみるうちに開かれていく。

「なぜ…それ、を」

「そう言われても」

 私は手元にあったティーカップを持ち上げた。

「即効性の高い睡眠薬ね。これは味も匂いも強いからすぐにわかっちゃったんだもの。だから飲んでない。だから眠っていない。それだけのことよ。…で、あなたは何をしに来たのかしら?ハリス」


 なんとなくは分かっているけれど、あえて聞いてみる。

「…」

「答えられない?そうね、睡眠薬を飲んで動けなくなった私に無体を働くようにメリーにでも命じられた?」

 カチャリ、と音をさせて私はティーカップをソーサーに置いた。


「さて、あなたはどうするの?私に無体を強いる?」


 わずかだけど、ハリスの肩がびくりと震えた。あぁ、ごめん少し言葉に威圧を込めてしまったわ。


 …。



 ……。



 沈黙が生じる。目の前の彼の雰囲気からして大丈夫だとは思うけれど、私は一応犬笛をぎゅっと握りしめた。

 

 さあ、どう出るの?ハリス。


「…そんなことができるわけがありません。大事な国賓に。…確かに私はメリー王女にそのように命じられました」

「最低ね」

 ほっとしながらも私が言い放つと、ハリスは面目もありませんと頭を垂れた。

「ですが、あなたが直前で起きて大きな声を出そうとしたので、未遂に終わったのだとでもなんとでも言って報告を終わらせるつもりだったのです」


 申し訳ないけれど目を見せてもらう。ええ、嘘は言ってないようね。

 ハリスが大きな溜息をついた。

「…あなたはさっき、薬の味も匂いも強いと言った。だがあれは一般的には無味無臭と言われているものだ。なぜ薬の味がわかるんです?そしてなぜそんなに勘が鋭いのです。いち公爵令嬢とは思えない」

「言ったでしょう?手を貸してくれたら教えると。あぁ。でもここに来たのがあなたで本当によかった」

 ハリスが不思議そうな顔をする。

「だってもう一人のエリクソンだったら絶対に今頃大変なことになっていたもの」

 そう、あのエリクソンならメリーに命令されたらなんでもやるだろうから。



「なぜ、あなたは私をそこまで評価してくださるのですか?会って間もないのに…」

 ハリスが呆然と立ち尽くしたまま言う。

「あなた、メリーの側近だから、通常なら主であるメリーと同じように私を敵対視しているはずよ。エリクソンはある意味正しいわ。主人に忠誠を示しているんだもの。でも、最初からあなたの目線はメリーともエリクソンとも違った。厳しい目をしてたけどあなたはあの時はっきり私に言ってくれていたのよ。「帰れ」「ここにいてはいけない」「すぐに食い物にされるぞ」って」

 ハリスが首を傾げる。ああ、そうだわ私ったら。ついこの間端折るな!ってマリアから怒られたばっかりだったのに。


「ヒューゴたちを見送ってすぐに私が皆に振り向いた時だったかしら。レイ以外の皆の視線が厳しくて。でもあのときのあなたの厳しい目線は、私に対する心配から出る厳しさだった」

 私は思い出し笑いしてしまう。

 視界の端っこでハリスが息を呑んだのがわかる。


「あなたは優しい人だわ、ハリス。そして立ち回りが上手ね。今回のこれだってメリーの不興を買うのをギリギリのラインで留めている。私に手を出そうとした事実と出せなかった理由をうまく並べて、一見彼女の命に従ったように見せかけて、実際はのらりくらりとかわしている。おそらくそうやってずっと彼女の側近であり続けたのでしょう。能力があるわ。十分にあなたは評価に値する人間よ」

「…恐れ、いります」



 よし、もう一押しっぽいわ。


「…そろそろ心が決まったのではなくて?」

 私の言葉にハリスがガバリと顔を上げる。

「あなたが手を貸してくれるなら絶対に悪いようにはしない。全てが終わったあともしパッショニアに留まる理由がないのであればブリタニカにて高い地位を得られることを約束するわ」

 これはもうエドワード国王陛下にお願いするしかないけど、私がこんな目に遭う中で助けてくれた恩人だとでも言えばすぐにどんな地位でも用意してくださるはずだ。



 しばらくの沈黙ののち、ハリスが重々しく口を開いた。

「手を貸す…とは具体的にどういう…」




 ーーーよし、落ちたわ。

 私は確信した。

「まずはレイと定期的に連絡が取りたいの。会うことができればそれが一番だけれど、おそらくメリーが四六時中べったりでしょうからなかなか難しいでしょう?手紙をやり取りすることを手伝って欲しいの」

 あとは…

「メリーが私に行った悪いことを全て記憶していて欲しいわ。あとは随時お願いすることを聞いて欲しいの。それはその都度お伝えするわ」

 私一人じゃきっとできないことも多いから。そう伝えたあとに、肝心なことを言う。


「でもね」


 私はそう言ってハリスの目を見た。これは言っておかなきゃ。



「一番大事なのはあなた自身、それを忘れないでね」

 


 ハリスは目をまんまるくして私を見つめた。

「あなたは今表向きはメリーの側近。そんなあなたが私に不用意に近づきすぎて、メリーの不興を買ってしまったらあなたは大変なことになる。私、それは望んでないから。あなたはあなたのできる範囲で動いて欲しいの。なによりも一番あなた自身の安全を優先させて」


 ハリスが何も言わなくなった。ん?どうしたんだろう?まだ手を貸すって言ってないのにそれ前提で話進めちゃったから、戸惑ったのかしら。



「あなたは一体何者なんですか」

 ハリスが戯言のように言って私は笑ってしまう。

「もう、何度目?だから、手を貸してくれたら教えてあげるってば」

「ええ、だから、あなたは一体何者ですか?」

「えっ…」

「手を貸すから聞いてるんです。あなたは一体何者ですか」


 ハリスの言質!いただきました!

 でも一体何者って、今はただの公爵令嬢って答えたら怒るかしら…



 怒るわよね…ハードル上げすぎた?




 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ