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86.メリーの嫌がらせ

「国王陛下におかれましては此度の突然の訪問にもかかわらず私たちに快くも拝謁の機会を許可いただき、心より感謝申し上げます」


 カイザー・ダグラン・パッション。この国の現国王。メリーと同じ赤髪を肩まで伸ばし、その双眸は優しい光を灯しているものの、王としての威厳はさすがだと思う。メリーの父親というより祖父と言った方がまだ近いような年齢だ。それでも威風堂々として玉座に座り私たちを迎えるその風貌は王というのにふさわしい、と思う。


 ーーーー思うんだけど。


 私は呆れてものも言えなくなりそうなのをグッと堪える。立場的に私が一番前に出て、そのすぐ背後でレイが控えている。そこまではいいんだけど。


 ーーー今は挨拶の途中でしょうがァ!


 と叫びたくなる。レイの腕にメリーがしっかりと捕まってしなだれかかっているからだ。ここは謁見の間。私的な空間ではなく、公的な空間でそのような振る舞いはいくら娘であり王女であるメリーといえど控えるのが普通だ。

 しかも今は私たちは国賓としてここにいる。その国賓がこの国の最高権力者に挨拶中という、決して軽んじていい場面ではないというのに…



 パッショニアの国政は安定していると聞く。だから決して目の前の王が愚かだとか王としての手腕がないというわけではない。


 ーーーただ、ダメだわこりゃ。こんな場だから自重しろと諌めることもせず、メリーの振る舞いなんてまるで空気だとでも言わんばかりの穏やかな笑みを浮かべている。

 配下のものたちも、皆一様に知らぬ存ぜぬを通しているのを見ると、メリーがこういう振る舞いをするのはどうやら日常茶飯事らしい。



「いやいや。こちらも大国ブリタニカからこんなに見目麗しい公爵令嬢殿が来てくれて嬉しいばかりだ。しかも我が愛娘が慕うレイモンド団長も来てくださるとは。私は公務が忙しくなかなか会えぬとは思うが、娘の宮殿にてお二人とも気が済むまでゆるりと過ごされよ」


「寛大なお言葉と心遣いに心より感謝申し上げます」

 

 わたしがそう言うと、背後からふふふっ、と笑う声が聞こえた。なんとなく嫌な湿り気を帯びているその笑い声に鳥肌が立つ。気持ち悪くて。


「歓迎するわ。サラ、と呼んでもよろしくて?」

 ぜんっぜん歓迎してませんよね!?

 国王陛下に背を向けるわけにはいかないので、私はそのまま顔だけで振り返り、メリーに礼と敬称なしで呼んでくれることを誉れだと伝える。

 そんなこと一ミリも思ってないけどね!


ーーーーーー


「まぁ、分かってはいたけど」

 王が住む王宮と、メリーが住む宮殿は敷地内でも別のところに建てられていた。

 王への挨拶が終わったら私はすぐさまレイと引き離された。レイはメリーの自室に一番近い客室に泊まることになったらしい。


 ーーーで、私はというと。


 一応。一応ね?メリーの宮殿の来客用の部屋に通してもらったはいいものの、メリーの指示だろう。侍女が来ない。

 さっそくため息が出てしまう。身の回りのことは物心ついたときから全部マリアがやってきてくれた。

「もう既にあなたが恋しいわ…マリアー」

 ベッドに突っ伏して私はここにはいない最愛の侍女に呼びかける。


 その時だった。

 コン、コンというノックの音と共に、「失礼します」という弱々しい声が聞こえる。

「どうぞ」

 私はベッドから即座に起き上がり、返事をする。

 扉が開いて、気の弱そうな使用人が入ってきた。そばかすが可愛らしい女性だ。私より五つくらい上というところかしら。

 ティーワゴンを運び込む様子が嫌にオドオドしていて、私はため息を吐いてしまう。早速来たわね。


「わ…わが主、メリー様より…サラ様に、歓迎の飲み物…と、いうことで…お茶をお持ちしました」

「ありがとう」

 まるでテンプレ通りの展開じゃない。


 明らかに目の前の使用人の目が言っている。

【何かを入れたお茶を持ってきた】


 震える手でお茶を淹れられてもなぁ…

 私は目の前の女性を見つめる。酷く怯えた顔。おそらくこんなことはしたくないのだろう。でもメリーに逆らえない。


 …かわいそうに。本当にかわいそうに。あんな能無しの元で働かなければならないなんて。

 ここで私が何かが入っているお茶を飲まなかったらこの人はどういう扱いを受けるのだろう。

 そんなことを思っていたら、目の前にお茶が運ばれてきた。


「ありがとう、頂くわ」

 にっこり笑って礼を伝えて、そっとティーカップを口に運ぶ。飲むふりをして味を確かめる。女王教育でありとあらゆる毒や薬の味と匂いを覚えさせられたのよ。舐めないで欲しいわ。

 うん、これは…睡眠薬ね。しかも速効性の強いものだわ。こんなもの飲ませるなんて。眠った後に部下の男に命じて私に何かさせるつもりだったのかしら。

 

 お行儀は悪いけれど、そっとティーカップの中に口に運んだ飲み物を戻して、使用人の彼女に向き直った。

「ありがとう、とても美味しいお茶だわ。残りはゆっくりいただくわね。もう下がってちょうだい。メリー様に感謝をお伝えしていて。とても味わい深いお茶でした、って」

「はっ!はい!」

 使用人の彼女は慌てて礼をして、部屋から出て行った。ま、これでメリーには私がお茶を飲んだと話がいくでしょう。彼女が罰せられることは無いわ。


 誰が何をしに来るのかしら。

 

 私はスカートの裾に隠し持った犬笛を取り出した。

 そう、ヴォルト酒場でも使ったあれ。身の危険が生じたらこれを吹けば、レイがすぐさま場所を特定して来てくれるから。

「何もなくても吹けば来てくれるだろうけど…」


 会いたいなぁ。レイ。もう既にあなたに会いたい。あなたのくしゃりとした笑顔を見たいわ。


「二週間、共に頑張りましょう」

 そう言って私は胸元をぎゅっと抑える。



 ーーーー私はソファに腰掛けてしばらく待った。さぁ、私が睡眠薬を飲んだと思ったメリーは誰を仕掛けてくるかしら?

 そのまま目を瞑る。やがて、ドアをノックする音が聞こえた。でも、私は寝てるからね。返事はしない。


 キィ、と扉が開く。足音が近付いてくる。

 私の顔を覗き込むのが気配でわかる。うー、正直怖いわ…とても怖い。私は犬笛をぎゅっと握りしめる。


「かわいそうに…」


 男性の声がした。ん?ちょっと待って。この声聞き覚えあるわ。


「…ハリス?」


 目を開けて目の前の男性の名を呼ぶと、彼はまるでびっくり箱でも開けたかのように驚いていた。


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