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83.絶対記憶能力

「四時間もあるならもしかしたら明日は来なくてもいいかもしれないわね」


 私は目の前に積み上げられた数十冊の分厚い本たちを見上げながら言った。ヒューゴにパッショニアに関連するすべての書籍を持ってきてもらったのだが、思ったより少ない。

「スプリニアとパッショニアは隣国なのに、あまり親交は深くないのね」

 条約を結んだり、貿易の行き来が多ければそれだけ書物の数は多くなる。が、この数はどうみても必要最小限の行き来しか行っていないような量だった。


「…ブリタニカが不戦の誓いを行ってくれたから、今でこそ同盟国同士で表面上は友好関係を築いているが、もともとはそんなに友好的な国ではないんだ。穏やかな人柄のスプリニアと、激しい気性のパッショニアの人間はなかなか相容れない」

 おおう、ヒューゴの言葉にもどこか棘がある。

「そうだったのね」

「ああ、だから資料もどちらかというと揚げ足を取るような文献が多い。何代目の王はこんな愚王だったとか、国の重要人物がこんな大罪を犯したとかだけ嫌に入念に調べ上げられている」

 私は思わず笑ってしまう。

「スプリニアの人々は穏やかな人柄ではなかったの」

「基本穏やかだから、表面下でこき下ろすんだ」

 ここが図書館でなければ声を上げて笑っていたかもしれない。真顔でそんな子どもみたいなこと言うんだもの。


「わかったわ、では心して読むと致しましょう」

 そうね…と私は考える。

「マリアは私の隣に。ヒューゴは私と向かい合って座ってくれる?」

 二人が私の言うように座る配置を変えてくれる。

「一人二冊ずつ手に取って頂戴。頁を捲るタイミングは合わせてくれると助かるわ。一秒に一頁ずつ捲って」

 ヒューゴがやはりまだ信じられないものを見るような目で見てくるので思わず私は笑ってしまう。

「そんな疑わなくても、ちゃんと覚えられるわよ」

「いや、だが私は人生で絶対記憶能力というものを初めて見るからな…何が起こるのかまだよくわかっていないんだ」

 うーん、と私は考える、これは口で説明するより実際にやって見せるほうが簡単なようね。

「じゃあ、ヒューゴちょっと見ていてくれる?マリア、二冊同時に捲って頂戴」

「わかりました」

 そう言ってマリアは心得たように二冊同時に頁を捲る。が、


「一秒に一頁って言ったじゃない」

 笑ってしまう。一秒に一頁どころか、二頁くらい捲ってくる。容赦ないわね。

「二冊ならこのくらいの速度でも十分でしょう」

 そうやって四十頁くらい進んだところでマリアは手を止め、そのまま持っていた本をヒューゴに渡した。

「ん?なぜ私に渡すのです?」

「どうぞ、四十頁までのところで、何頁の何行目に何が書いてあるかをお嬢様に尋ねてみてください」


 マリアの言葉にヒューゴの目がぎら、と光る。初めて見るものに対する好奇心を隠しもしない。

「それでは…こちらの『スプリニア王国とパッショニア王国の友好条約の遍歴』から。二十三ページ四行目から八行目までには何と書いてあるか?」

「項目四。スプリニア国が提言した友好条約の内容について。我がスプリニア王国は長年のパッショニアによる非友好的な態度に対し、友好条約の締結を提言することとした。一、経済措置に関する…」

 私がすらすらと答えるのを聞いてヒューゴの目がどんどん開かれていく。

「で、では次はこちらの、『スプリニアから見たパッショニア王国の歴史』の三十五頁をすべて」

「―であるからして、今から四半世紀も前の話ではあるが当時の王の愚策により、国民は多大の課税を強いられることとなった。貧困層の住民は職も住む家も失い、逆に貴族たちはその懐をたちまち膨らませた。税収が困難になると…」

 

 ヒューゴは次々と質問してくるが、私も負けて(?)られない。次々と答えていたけれど、しばらくするとヒューゴが諦めたような口調で言った。


「…十分わかった。この本はスプリニアのここにしかない。巷に出回っている本ではないのであなたが過去に読んだものでもない。…すさまじいものを見せてもらった。信じる以外ないようだ…いや、疑っていたわけではないのだが」

「大丈夫よヒューゴ。なかなかこれって皆にはわからない能力らしいの。女王教育の時も散々驚かれたからもう慣れっこよ」

「あなたが女王になったら、ブリタニカはさらに発展するだろうに…。ア…ース第一王子は恐ろしいほどの愚行を犯したのだな…」

 


 ん?今アースのことアホって言いかけなかった?



 ヒューゴとマリアと私がそれぞれ手に持った二冊の本を捲る。頭を開放して情報をつぎつぎと飲み込んでいく。どんどん記憶するこの作業が嫌いじゃない。膨大な知識量が積み重なっていくのはまるで自分の頭の中に大きな図書館を造っているようでワクワクする。


 気が付けばあっという間に四時間が経とうとしていた。最後の六冊を読み終えて私はふうっと息を吐く。


「お疲れさまでした、お嬢様」

 マリアが声を掛けてくれる。本を戻してきたヒューゴも私の顔を心配そうに覗き込んでくる。

「大丈夫か?さすがにあれだけの量を詰め込んだんだ、普通なら頭が爆発するところだぞ」

「ありがとう二人とも。大丈夫よ、とっても楽しかったわ。意義深い時間だった。やはりだいたいの内容はブリタニカにある書物と相違はなかったけれど、非友好国としての目線はまた違うわね。特に悪行を犯した者に関する記述は面白かった。なんでそこまで調べ上げているのっていうくらい皮肉って書かれていたわ」

 私はくすくすと声を潜めて笑う。

「私の言ったとおりだったろう?」

 ええ、と返事をした途端に鐘の音が聞こえ、私は慌ててヒューゴに向き直る。

「もう四時間よね?出なくてはならないわね」

「ああ、そうだな。疲れていないか?よければ抱きかかえて行こうか?」


 私はぽかんとしてしまう。


「あなた、心許すととても甘やかす人なのね」


 きっと奥様にもこんな扱いなのだろう。奥様にデレ甘なヒューゴ、見てみたいわ。


 

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