82.王立図書館
帽子を目深に被り、私は久しぶりに豪奢な服に身を包んでいた。コルセットをはめて手袋をして扇子を持つ姿は久しぶりすぎてなかなか慣れない。…ん?待って?
「ねぇ、マリア。この格好は逆に目立つのではなくて?」
そう、メリーから身を追われている私がこんな目立つ格好をしたら狙ってくださいと言っているようなものだと思うのだけれど。
「どれだけ目立っても、今日は隣にレイがいませんから大丈夫です。相手はあなたと、護衛であるレイが一緒にいると思い込んでるのですから」
「…そんなものなの?」
「そんなものです。逆にコソコソとしている方が怪しまれますよ。それに今日今から向かうのは王立図書館です。いくらヒューゴ様がいても庶民は入館を許可されません。私は出自は庶民ですが、お嬢様の侍女という括りで入館は可能です」
ふうん、そうなのね。やーね、階級差別って。
「はい、出来ました!やはり久しぶりにこのような格好を仕立て上げるのも楽しいですね!」
マリアが私を見てキャッキャしている。
「あぁ、やっぱりお嬢様が世界一可愛くて愛らしくて…最近は本当に女性らしい体型になられてその中にお美しさも入ってきましたからね…もうお嬢様無双ですわ無双」
「むそう」
聞き慣れない言葉が出てきてなんだかアホな返し方になったけれど、久々に見たわ強火マリア。相変わらず健在ね。
支度を終え、レイとヒューゴの待つ部屋に戻ると二人とも驚いた顔を見せてくれた。
「…いやはや、これはお美しい。一般市民の服でも愛らしく美しいと思っていたが、そうやって着飾るとまるで別人だ。本当にお美しく見目麗しい」
ヒューゴが本心だとわかる麗句を並べてくれる。うふふ、嬉しい。レイにもどうかしら?と仕草で尋ねると、まるで宝物を見るような目で私を見ながら言ってくれた。
「世界一美しいです。…このままどこにも行かせないであなたをこの部屋に閉じ込めてずっと見つめていたい。見るたびに見るたびにあなたは美しくなっていくんですね。あなたと同じ空気を吸う全ての男に嫉妬しそうです」
「…お前は…どうしてこういうときは照れもせずに、真顔でそんなこと言えるんだ…」
「砂吐きそうだわ」
ヒューゴとマリアが呆れたように言う中、私はと言うと…
「お嬢様!?」
「サラ殿!?」
ヒューゴとマリア、二人の声が揃う。うん、自覚ある。わかってるわ。だめ、なんだか、最近ちょっとレイに対してだけ少しおかしいの。前はこんなこと言われても素直に嬉しいわって返せてたのに。
「サラ様…?お顔が真っ赤ですけど…」
しかも当の本人に指摘されるとかどんな羞恥プレイなのこれ!
そう、今私の顔は自分でもわかるくらい真っ赤になっていた。頬が熱くて心臓がバクバクする。
「れ!レイがそんな恥ずかしいこと平気で言うからでしょう?!」
「お、俺のせいですか?!」
「他に誰がいるのよ!ばか!心をあげたい令嬢がいるくせに!そんな嬉しいこと平気で言わないで」
「いや、その令嬢ってのは…っ!」
「もうもうっ!この天然タラシ!」
「タラシてないです!あなたにしかこんなこと言いません!」
「余計だめじゃない!浮気者!」
「浮気してませんよ!」
「浮気よ浮気!だって心あげたい令嬢がいるんでしょ!?」
「だから!それは!!…っ!」
「ほら!そこで言い淀むなんて私に言えない相手なんじゃない!」
「だから!違います!」
「変な意地を張らずに愛してるのはあなたですって言っちゃえばいいのに…」
「マリアさんもそう思いますか?なんなんですかねあのレイの無駄なプライド。隣に立つに相応しくなるまで想いは伝えないなんて、そんな悠長なこと言ってる場合なんでしょうか…」
「本当に。そんなこと言いながら平気でああやって痴話喧嘩されるとなんだかレイの無駄なプライドがアホらしくなってくるのは私だけでしょうかヒューゴ様…」
「いえ激しく同感です。それのせいでサラ殿も相手が自分ではないと思い込んでいるし、全てが本末転倒だ」
「なんでしょうね…彼、実力もあるしあの美貌だし、一見完璧に見えるのに…色恋沙汰となると途端に…」
「「ヘタレ」」
なんだか視界の隅でマリアとヒューゴがハモってる気がしたけど??
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「それじゃあ行ってくるわね、レイ。きちんと戸締りをして、不必要に出歩かないのよ」
私が言うとレイは苦笑を返した。
「わかってますよ。大丈夫です。今日は御三方が帰って来るまでこの部屋から出ません。それよりも外に出るあなたの方が気をつけてくださいサラ様。自分がどれほど美しく人目を引くかきちんと念頭に置いて行動なさってください。いいですか?誰かから話しかけられてもすぐマリア殿かヒューゴの後ろにそっと身を隠…」
「はいはいはいもういいわレイ。さあお嬢様いきましょう」
「すまない、王立図書館に行く前に外務館に寄ってもいいだろうか。さすがにこの格好では…」
ヒューゴの格好を見て私はああ、と納得する。確かにその格好だと、外交官というより寝起きの美しい青年だ。
「外務館に着替えがあるの?」
「あぁ、何着か常備してある。自宅に戻るより外務館の方に行った方が安全だろう」
「わかったわ。それじゃあレイ、行ってくるわね」
レイに向かって言うと、やはり心配そうな顔を隠しもせずくれぐれも気をつけてください、と言われた。
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【王立図書館】
王都の中心に作られたそれは荘厳な建物だった。格式高い王立図書館という名に相応しく、人の出入りこそ少ないものの、各所に衛兵が配備されている。
入り口に入ってすぐのところにある受付に身分証明書のようなものをヒューゴが提出し、何かの書類に次々と記入を終わらせていく。
後ろで令嬢然として、帽子を目深に被って扇子で顔を隠しているので何をしているのかほとんど見えないのがもどかしい。貴族ってこんなに面倒くさかったかしら…
ヒューゴが書類提出を終わらせてから、私たちは入り口近くのソファに座って待つように指示を受けた。どうやら禁書庫の閲覧許可を出すのにも何人かの承認印が必要らしい。
「禁書庫といっても、帯出が不可というだけで、国家重要機密などが書かれている本というわけではない。王や宰相が見られるような禁書でないことだけは頭の中に置いていてくれ。我々外交官や、ある程度立場がある人間がいれば一般の貴族も見られる程度の情報だ」
ヒューゴが私にこそこそと耳打ちをする。図書館内は誰かの息遣いが聞こえるのではと思うほどシン、としていて、普通の声で話すと周りに丸聞こえだったからだ。
「わかっているわ、大丈夫よ。それでも知識を入れていくのと入れていかないのでは雲泥の差があるから」
「サラ殿は女王教育を受けていたんだろう?それこそ王が目を通すような機密事項はもう頭に入っているのではないか?」
「そうね。でもそれってやはり、ブリタニカ大国を中心とした教育だから。他国から見たパッショニアがどのように書かれているのかとかも見てみたいのよ」
「なるほど」
会話がちょうど終わったタイミングで、先程受付にいた男性が「ヒューゴ・アレン様」と呼びかけながら近づいてきた。手には一枚の紙を持っている。
「禁書庫閲覧許可証です。帯出不可は絶対厳守くださいませ。もし帯出を見つけた際はスプリニアの法に基づき裁かれます。退出時間は四時間後となっています。また、一度退出した際の再入庫は認められませ
ん」
「了解した」
ヒューゴはその紙を受け取ると、私とマリアを振り返って言った。
「それでは、参ろうか」
そう言って、私に手を差し伸べてくれる。エスコートしてくれるらしい。ふふ、なんだか昨日の敵意むき出しのヒューゴが嘘みたい。
「ええ、よろしくお願いしますわ」
私も令嬢ぶって、扇子を閉じてマリアに渡してからその手に自分の手を置いた。