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75.これからのこと

「最善策は、私とレイがパッショニアに行くことだと思うの」


 私の言葉に他の四人が目を丸くする。

「何を考えてるんですか!ぜっったいに駄目です!」

 マリアが一番最初に言葉を放った。

「でも、そうするしか外交官の奥方たちが助かる道はないわ」

「待ってください。ブリタニカ国王から書状を出して、外交官の奥方を解放するようにすることも…」

 レイがそこまで言って、はたと気付く。

「ええ、そうよ。レイ。それだと半月じゃ間に合わない。…確かに大国ブリタニカからの書状はそれなりの力を持つでしょう。でもここからブリタニカに早馬を出して何日で着くと思う?」

「二十日は…かかりますね。そしてそこからパッショニアに書状を届ける、…ああ、全然間に合わない」


「それもあるが、そもそも書状を出しても奥方たちの解放は難しいかもしれないな」

 エルグラントが言う。私たちは続く言葉を待つ。

「考えてみろ。奥方たちは今とてつもない高待遇を受けているはずだ。不満も何もない奥方たちにいきなりブリタニカが帰還督促の書状を出してみろ。奥方たちからの不満や疑念、批判は避けられないだろうな。逆にパッショニアからその真意を問う書状が届く可能性だってある。『なぜに今これほどの高待遇をしている奥方を解放しろと言うのだ?』とな。パッショニアは同盟国で植民地じゃない。命令を出すことは出来ない。帰還督促をしても『わかりました』と頷く必要はないんだからな」

 だが、レイとサラ嬢を差し出すのはあまりにも…とエルグラントが難しい顔を見せる。


「…パッショニアの国王はこの現状を知っているのかしら。あそこの王はそこまで愚王ではなかったと思うのだけれど…」

 マリアの問いに、ヒューゴが答えた。

「確かに愚かな王ではありません。ですが娘のことに関してだけはバカ親ですネジがぶっ飛んでる。メリーが各国のブリタニカに開示要求を出したというのは知っているでしょう。あそこの国は開示要求のためには国王が許可を出さなければいけませんから。ですが外交官の妻が来ていることに関しては、…メリーはしょっちゅう夜会や茶会を開いて来客は多いですから、あまり気にしてないかと思います」

「国王に言ったとしても、無理だと思います。俺に、娘のために任務外でも顔を出してくれというような父親ですから」

 国を統べる王としては立派なほうなんですが…とレイがため息を吐きながら言う。


 全員に沈黙が流れる。

「……本当に短絡的で幼稚な案ではあるんだけれど…意外と緻密に計算もされているのよね。一月と期限を設けたり、これだけ大々的に行いながらも奥方が人質だという証拠は何一つない。…悪いけれど、レイのことしか考えていないメリーが思いつくような案ではないと思うのだけれど」

「ああ、それは」

 レイが言葉を続ける。

「おそらく今回の策を考えたのは側近の人間だと思います」

「側近?」

「ええ、メリーには側近の男性が二人います。エリクソンとハリスと呼ばれる男が」

 レイの言葉にヒューゴが頷く。

「私の元に届いた書状も、そのうちの一人、ハリスからだった」

「どのような人たちなの?」

「エリクソンの方は、メリーに傾倒している。彼女の言うことならなんでも聞くし、なんでも行う。短絡的で物事を深く考えない。おそらく今回の案を考えたのはもう一人の側近、ハリスだろう」

「ハリスはどのような方?」

 私の問いに今度はレイが答えてくれる。

「正直、メリーに従うのは任務だからと割り切っている感じはあります。彼は聡明で頭の回転も速い。確かに今回の案は彼が考えたものでしょう」



 そう…と私はそう言って思考の海に潜っていく。

「サラ嬢?」

「しっ!」

 マリアがエルグラントを黙らせてくれる。ありがとう、マリア。

 


 ――――どれくらいそうしていただろうか。いろいろな思考を巡らせ、私は一つの結論を導く。



 ふ、と顔を上げると、マリア以外の三人が心配そうに私を見つめているのに気が付いた。

「ん?ん?どうしたの??」

「いや、マリアは大丈夫というんだが、いきなり暗い顔して黙り込んだらそりゃ心配になるだろ」

 エルグラントの言葉に二人がうんうんと頷いているのを見て私は笑ってしまう。本当にいい人たち。

「…お嬢様はたまにこうなるのよ。真剣にいろいろ考えるとき全く周りの声を耳に入れない。おそらく常人の数倍の情報量と回転で打開策を練っていらっしゃったわ」

「常人の数倍は言いすぎよ」

 私が笑うとレイが「どの口がそれをおっしゃいますか…」と言ってくる。


「それで?どのような案を考え出したんです?」

 マリアの問いにええ、と私は言う。

「やはり、最初言った通り、私とレイでパッショニアに馳せ参じましょう」

 私の言葉にマリアががくりと肩を落とした。地の底を這うような声を出してくる。

「…駄目だと言ったでしょう」

 おお、マリア怖…。本気で怒った時の目をしている。

「メリーがあなたにどんなことをするか。レイにそこまで執着しているのです。嫉妬という激情に身を任せて何をされるかわからないのですよ?!」

「大丈夫」

「何が大丈夫なのですか!あなたの身に何かあったら私はどうしたらいいんですか!」

 ついにマリアが声を荒げた。エルグラントが落ち着け、と言い、二人が驚いた顔でマリアを見ている。


「…パッショニアのメリー王女が知りたがっているのは、レイの居場所、私の情報。それを売れば奥方たちは解放されるでしょう。でもそれでは根本的な解決にはならないわ」

「…というと?」

 ヒューゴが聞いてくる。私は頷いて言葉を続ける。

「居場所を知ったメリーはわたしたちに接触してくるでしょう。それこそ、どんな手段を使っても。そしてそうなったときのほうが危険なのよ。私は国外追放の身。外国でいきなり野盗や盗賊の輩に襲われて命を落としても、誰も不思議には思わないわ。私を失ったことに憔悴しきった護衛のレイをパッショニアにて保護…なんて台本も成立しちゃうのよ」

 まあ、これは極論だけどね、と私は笑う。

「そしてその危険は国外追放の間ずっとついて回るわ。…でもただ一カ所だけ安全な場所がある。わかる?」

「…それがメリーの元、というわけか?」

 エルグラントの言葉に私は頷く。

「そう、いくら短絡的なメリーといえど自分の宮殿にきた来客を手に掛けることはしないでしょう。外交官の奥方たちへの対応がいい例だわ。脅す要素として使うのなら、見せしめに処刑していったほうが効果的よ。もちろんそんなことをしたら国際問題だもの。不戦の誓いを覆しかねないほどの暴挙だわ…それを行わないくらいの理性は持ち合わせているみたいね。最後まで脅迫の証拠を残すつもりはないのでしょう。手に掛けるというのも、奥方を開放して岐路に付く途中に野盗に襲わせるか、手土産の飲食物の中に毒を混ぜておくか、そんなところだわ」

 そこでレイが口を挟んだ。

「お言葉ですが、サラ様。外交官の奥方たちはメリーから招待を受けた来賓です。それは手を出すこともできないでしょう。ですが、我々は実態はどうであれ招待を受けていくわけではありません。なので、メリー側からすればどうとでもなります…こんなこと言いたくはないですが、俺は大丈夫でも、あなたはどんな扱いを受けるか…」

「言いたいことはわかるわ。レイ。…だからね、アレを使って欲しいの」

「アレ…?」

「あなたの懐中時計の中に入ってる、アレ」

 私の言葉にヒューゴ以外の三人の顔がばっと上がる。

「そう、アレを使えば私とあなたは一気に貴賓扱いになることができる。手を出してはいけない人物となる」

「アレ…とは?」

 ヒューゴが聞いてくるけれど、「今は内緒」と私は返す。王族の印璽を持っていることを話してもいいのか後でレイに聞いてからでないとね。


「とにかく、そうすれば私はパッショニアの王宮において命を落とす可能性はなくなるわ。こうやって街中で過ごすほうが危険なのよ。…だから、マリア、お願い。…許してくれない?」

 

 ―――しばしの沈黙が流れる。やがて、マリアが深い溜息をついた。

「…お嬢様がそう言いだしたら聞かない人だということはよく知っていますから」

「えへっ」

「えへっじゃありません!そんな可愛い天使みたいな顔してほんと心の中は闘牛のような精神ですよね!?…もうわかりました。ただし、これ以上ないほどの策を練りましょう。念には念をです。不要だと思える情報すべてを頭に叩き込んで行ってください」

「はーい」

「呑気な返事をしない!遠足に行くんじゃないんですからね?!」

「…わかっているわ。我儘を聞いてくれてありがとう、マリア」


 …四人の顔色は決して明るいわけじゃない。不安がないわけないもの。特にレイはずっと悲痛な面持ちをしているわ…心優しい彼のことだもの。おそらく心から私に対して申し訳ないと思っているのでしょう。

「…今回私たちが最優先で考えなければならないのは、外交官の奥方たちの解放。それだけは絶対事項よ。そして、メリーをおとなしくさせましょう。所詮は自分で頭を使って策を練ることもできない、命令することしか能のないただの小娘。…潰すのは容易いわ」


 ふっ、と鼻で笑ってしまう。首を洗って待ってなさいメリー。


「諸悪の根源は根元から潰しましょう」

 ――――あれ?なんか目の前の四人の顔色がさらに悪くなってない?


 


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