74.仲直り
ヒューゴ様の開いた口が塞がらない。
「…な、にを言っているんだ?お前は…」
うんうん、本当よね。未だに私もそう思うわ。
「正確には次期女王として、前女王から任命を受けているお方だ」
「ちょっと待て。ブリタニカはたしか世襲制度だったろう?」
「ああ、だが、前女王が禅譲することとした。…サラ様はブリタニカの第一王子との婚姻を条件に次期女王となる予定だった」
レイの言葉尻を捉えたヒューゴ様が怪訝な顔をする。
「…予定『だった?』」
レイがまた私を振り返る。こうなった経緯を話していいのかということだろう。
「話したところでつまらない話だし、痛くも痒くもないけれど…お望みならば」
私の言葉を受け、レイが再びヒューゴ様と向き合う。
「…第一王子から謂れのない罪を被せられ、国外追放となったんだ。…表向きは罪人ということになっている。もう少しで国を出てから一年半ほどになる」
レイが悔しそうに話すのに驚いてしまう。どうしてレイがそんな顔をするの。
「罪人では…次期女王にはなりえないのでは?」
「…サラ様ご本人はまだ御心が定まっておられない状態だが、エドワード国王はサラ様を女王にすることを諦めていない。国王は冤罪を証明するために今も奔走している。王族の言葉を覆すんだ。一朝一夕で済む話じゃない」
「国王が動いていらっしゃるのか…それで…国外追放のその間お前ほどの人物が護衛に付くことになったのか…」
「ああ」
ヒューゴ様はそれきり押し黙ってしまった。
――――と、いきなり私に向かって頭を下げた。
「申し訳ありませんでした!!」
いきなり大きな声を出されてびっくりしてしまう。こんな声も出せるのねこの人…
「え、ええと、どうなさったの?次期女王候補だから頭下げてるとかそういうのだったらやめてくださいますか?」
「…違います。そうじゃなくて…」
ヒューゴ様が泣きそうな顔になっている。泣きそうというか、これは自分の行いを恥だと思っている顔だ。
「…どうなさったの?」
「私は、あなたが権力を使って我儘を言い、レイを護衛に付けたのではと勝手に推論し、そうであればいいとすら願望を抱きました。…そこまで最低な我儘令嬢なら、心おきなく情報をメリーに渡せると愚かにも考え……あなたを売ろうと考えたのです。…あなたに近づいたのもそういう目的でした」
「…愚かなことを」
レイが噛み締めるように言い、ヒューゴ様の肩がびくりと揺れる。
「…ああ、どうしようもなく愚かだった。…お前のことは絶対に売れないと思った。だが、お前が護衛に付いている令嬢の情報なら、どうにか交渉して妻との取引材料にならないかと考えたんだ。…お前に軽蔑されても仕方ないことをした」
「それで、実際に自分の目でサラ様を見てどうだったんだ」
レイが怒っている。怒っているけど、これは…それと同時に許そうともしているのね。私は二人の会話を見守ることにする。
―――存分に喧嘩して、存分に仲直りなさいな。
「…無理だと思った。こんな善人で…人格者で…ブリタニカにおいても高い地位にある三人が心酔し、慕う人間を売ることなど、不可能だと。私が怒りを煽るようなことを言った時も、サラ殿は怒りもしなかった。ただ冷静に物事を見つめ、意見を述べただけだった。…正直、格が違うと感じた」
わ、わ、それ私の話?なんかすごく照れるんだけど…そんな人格者とか…
ちょっと慌ててぽっとなってしまうのをマリアとエルグラントに見られ、二人が苦笑してくる。もう、見ないでよ。恥ずかしい。
「…申し訳なかった、レイ。改めて謝罪させてほしい」
ヒューゴ様が本当に苦しそうな顔を見せている。レイ、もういいんじゃない?許してあげたら?
「…俺はもういい。最初から俺を裏切る気はなかったと聞いただけで、安心したから。でも、俺が心から大事に思う人のことを売ろうとしたことは、正直許したくない」
「…わかってる」
ヒューゴ様が歯を食いしばる、んもう、レイは。変なところで頑固なんだから。
「…サラ様から、まだ許しをいただいてないだろう」
レイの言葉にヒューゴ様ががばりと顔を上げた。
「それをいただけたら許すというのか…?」
「サラ様から許しを得られたのであれば、俺が怒る理由はもうどこにもない」
ほら、さっさともう一回謝罪しろ。そういってレイがヒューゴ様の肩を正面から小突く。
ふらり、とヒューゴ様がソファから立ち上がった。きちんと姿勢を正し、深々と私に頭を下げてくる。
「…ヒューゴ・アレン。ここにサラ殿への心からの謝罪を致します。あなたへの無礼、不敬な態度、何もかもが自己中心的で身勝手な己の愚かさから出たものでした。さぞかし不快な思いをさせたことでしょう。到底許されることではないと重々承知しておりますが…」
長い長い長い。私は心の中で苦笑してしまう。本当に真面目な人なのね。
私の心の声が駄々洩れだったのか、ヒューゴ様以外の三人が苦笑しながら私を見ている。私は人差し指を口の前にもっていき、しいっ、と仕草だけで何も言っちゃだめよ、と暗に伝える。この間にもヒューゴ様がつらつらと自分の悪行(?)を並べ立てているのに笑ってしまう。
うん、言いたいだけ、言ったほうがいいわ。謝罪は、自分が納得するまで言ったほうが楽になれるものね。
「…申し訳ございませんでした」
やっと長い長い謝罪が終わり、私は失礼だけれど噴出しそうになるのを堪えながら、せめてもの威厳をもって答える。
「お顔を上げてください、ヒューゴ様」
びくり、とヒューゴ様の肩が上がる。彼の肩が上がるのはわかるけれど、他の三人まで姿勢を正すのは何なの。
「…あなたを許します。というよりそれ以前に、私は実際のところあなたから何もされていませんわ」
「何もしていないなど…あなたに不敬な挨拶をして、たくさんの暴言を吐き…」
おおっと、これまたほっといたら長くなるパターン。じゃあ、ついでだ。弱みに付け込んでお願いしちゃえ。私は意を決して言う。
「それならば許すのに条件をつけても?」
「なんなりと仰ってください。すべて受け入れます」
うっふっふ、言ったわね?
「――――私、あなたとお友達になりたいです」
まさかの申し出だったのか、ヒューゴ様が驚いた顔を見せている。
「レイのお友達と、私もお友達になりたいのです。私に敬語は使わないでいただきたいのですが…駄目でしょうか?」
「そんなのは…条件にならないのでは…」
「じゃあいいです。許す条件はこれ以外にありませんもの。私が許さなければレイも許さないでしょうから。大事な友人が離れることになりますけどよろしくて?」
そういってぷいってそっぽを向いた。あああ、こんなのヒューゴ様の大嫌いな我儘令嬢そのものじゃない…いいえ、今は目を瞑りましょう。
…。
……。
「…ふっ」
ん?ヒュ、ヒューゴ様が笑ってる!?
口元に手を当てて、本当に柔らかい笑顔で笑っている。ええええなにこの破壊力。不愛想大魔王がいきなりかわいい笑顔を見せるとか反則じゃない!?
わ、わ、今すぐ誰か肖像画家を呼んで頂戴!!!そう言いたいのを必死でこらえてその笑顔を目に焼き付けようと私はヒューゴ様を凝視した。
「…本当に、レイは素敵な女性を見つけたものだ」
ん?なぜそこでレイ?
「…わかりました、サラ殿。…年の離れた友人ですが、それでもよろしければ。…いいや、よければ、友達になってほしい。どうかな?これで許してくれるか?」
ヒューゴ様が受け入れてくれた。どうしよう、とてつもなく嬉しい!
「もちろんよっ!…あっ、も、もちろんですわ」
嬉しすぎてはしゃいで敬語を忘れてしまった。いけないいけない。
「もしよければ、私に対しても敬語はやめてくれるか?もちろん様をつけるのも。そのほうが接しやすい」
「…いい、の?」
まさかの嬉しい申し出に、喜びが止まらない。
「もちろんだ」
「…~~~~!レイ!私とあなたの共通のお友達ができたわ!!なんて素敵な日なのでしょう!ね!」
あまりに嬉しくなり、レイに話を振るが、レイからの返事がない。
…ん?どうしたのかしら。レイを見ると、なんだか途轍もなく面白くない顔をしている。
「ど、どうしたの?」
ヒューゴ様も「レイ?」と声を掛けたのちに、「ああ」とおかしそうな声を出した。
「安心しろ、レイ。俺は既婚者だぞ、忘れたのか?」
「ん?ん?どういうこと?」
きょとんとする私に、笑いをかみ殺していたエルグラントが教えてくれた。
「サラ嬢に既婚者とはいえど『年の近い男友達』ができたことが面白くないんだろ。お前、心せっまいなぁー!」
そういって堪えきれずがはは、と笑う。隣でマリアも笑っている。そんなものかしら?なんだかよくわからないけれど、皆が今のところ笑顔でほっとする。
―――ただ、問題は山積みだけれど。
…さて。とりあえずの話がまとまったところで。
「これからどうするか、話し合いましょうか」