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71.不穏な芽

 私の言葉を受けてから慌ただしく私たちは荷造りを済ませ、諸々の手続きを終えて真夜中に宿を出た。

 皆、私の言葉を聞いてから『なぜ』とか『どうして』とか一言も言わず付いてきてくれている。おそらくただの勘だとしても、あそこの宿に留まるべきではないと全員が察知している。


 次に入った宿も今までの宿と同様、警備が十分で格式高い宿だった。通常一般人は夜中に入ることは出来ない。申し訳ないけれど、そこはレイにお願いして交渉団団長の権限を使ってもらった。

「ごめんね、レイ。こんなことにあなたの権限を使わせてしまって」

「今は護衛任務中ですから、これは使っていい権限です。それに任務中は少なくないんですよ、真夜中に宿に入るなんてことは」

 気にしないでください、と笑ってくれるレイだけど、どこか元気がない。

 …うん、無理もないけれど。


 部屋に入り、私たちはほう、と息を吐いた。ソファに全員座るように促すと、皆が暗い顔をしながらも座ってくれた。

 さてと、まずは…

「皆、ごめんなさい、いきなり宿の移動なんかお願いしてしまって」

 それぞれがいいえ、とか大丈夫ですよ、とか言ってくれる。本当に優しい人たちだと思う。

「…状況を整理したいと思うの。レイ…あなたが黙っていることを教えてもらってもいい?」

「…はい」

 こうなってしまった以上、もう観念してくれたのだろう。レイが重々しく口を開いた。



―――――

「…そう、メリー王女がそんなことを」

 まさかの方向からのアプローチに私は思わず絶句してしまう。レイだけならともかくなぜ私まで狙われてしまうのかちっともわからない。もうそういう人物だと割り切るしかないのだろう。

「知らないうちにあなた方にたくさん守られていたのね、…ありがとう、三人とも」

 私が笑うと、三人とも目を丸くさせた。

「ど、どうしたの?」

「いえ…仕方がないとはいえ、お嬢様を軟禁するような形になっていたので…不満を言われることはあってもまさか感謝をされるとは思っていませんでした」

「ああ、かなり無理を強いていると思っていたからな。嬢は外に出たい人間だから」

「…俺のせいでこんなことになっているのに怒らないんですか?」 

 思わず笑ってしまう。

「私どんな人間だと思われてるのよ。ここで怒ってしまったらそれこそヒューゴ様のいう『我儘令嬢』だわ」


 『ヒューゴ』という名が出た途端、三人の空気が変わった。レイが、特に。


「…ヒューゴ。申し訳ありませんでした…あの…」

「大丈夫よ、わかっているわレイ。ええとね、そうね。…じゃあまずはあなたの意見を聞かせて頂戴」

 レイが俯く。考えをまとめているのだろう。

 ややあって、レイがそっと顔を上げた。なんだかひどく傷ついているように見えて、こちらまで胸が苦しくなってしまう。


「…ヒューゴ、本当にいいやつなんです。愛妻家で、不愛想だけれど真面目で、実直で実はものすごく愛情深くて…俺は、本当にあいつのことを好きなんです」

 だから…とレイは言葉を続けた。


「…ヒューゴが、あの宿を訪ねてきたとき、信じられませんでした。外務館で会った時、俺はあいつに宿の場所や部屋番号は教えませんでした。…でもあいつはそれをわざわざ調べてまで俺のところにやってきた。どんな手を使ったかはわかりません。でも、簡単に知れる情報じゃない。…そこまで執念深く調べたことに最初に激しい違和感を感じました。だが、知られているのなら追い払って疑念を抱かせることのほうが下策だと思い、俺は部屋に通しました。…そして、明らかにサラ様に対してだけ感情をむき出しにしていた。考えたくはないんです。…でも、『そう』としか考えられないんです、あいつは…」


 レイの目が大きく揺れる。私はゆっくりと頷いてみせた。その仕草にレイの瞳の奥に諦めが宿る。


「…あなたの居場所を突き止めに来た」


「ええ、そうよ。レイ、あなたの判断は適切だったわ。あそこでヒューゴ様を追い返したりしたら、あの方はどんなおそろしい手段を使ってでも私に接触してきたことでしょう」

「……やはり、そうですか」

 明らかにレイが落胆の表情を見せる。

「…メリーの差し金でしょうか…ヒューゴ。繋がっていたのか…?信頼していたのに」



「そうとも限らないわ、レイ。もしかしたらヒューゴ様の行動は本意ではないかもしれない」



 私の言葉に三人が驚きの表情を見せる。特にレイは。その瞳の奥に一縷の希望が宿っているのを見て私は微笑んでしまう。

「すべてはヒューゴ様に聞かなければならないことだけど…ここから話すことはすべて私の憶測よ。だから話半分で聞いてね」

「お嬢様の憶測を話半分で聞いていたら、真実を半分しか聞かないことになります。あなたがした憶測が大幅に外れることがありましたか?」

 マリアがため息交じりに言ってくるものだから笑ってしまう。久々の強火マリア。

「なんか、久々だな。この、嬢の奇怪なナゾトキを待つ感覚」

 エルグラントが笑って言う。よかった、皆表情が柔らかくなった。なんだかんだで気にしていたのだろう。ヒューゴ様はレイの大事な友人だから。彼の行動が彼の意志でないのだとしたら、それだけでもまだ救いの糸口は見つかるから。

 それに彼は昨夜私を訪ねてきただけで、実際には何もしていない。すべて未遂だ。大丈夫、まだ何もかも取り返せる。

 まぁ、何かされる前に念のため宿だけは移動させてもらったけれど。

 


「…結論から言うとあの方、最初から最後までずっとずっと何かに怯えていたの。それがずっとわからなかった。でも、ある言葉を投げかけた時、ヒューゴ様の目が大きく揺れたことがあったの。ひどく動揺していた」

「それは…」

 レイのどこか確信したような言葉に頷く。


「身籠った奥方の話をしたときよ」


 そう、あのときの尋常じゃないほどの目の動揺。

「焦り、怒り、動揺。ありありと目に浮かんでいたわ。考えられる理由は一つ」

 ごくり、と誰かが喉を鳴らす音が聞こえる。おそらく皆勘づいているのね。本当に話が早くて助かるわ。



「…ヒューゴ様の奥様は人質に取られているわ。もしくは脅迫されている。レイと私の居場所を調べないと何かするとでも脅しをかけられているのでしょう」

「ちょっとまて、サラ嬢。それはあり得ないのではないか?」

 エルグラントが口を挟んだ。

「言い方は良くないが、そこらへんの一般人とはわけが違う。外交官の奥方だ。もし誘拐だ監禁だなんてことになったら大事(おおごと)になっているはずだ。ヒューゴが単身で動くわけがない」

「…ええ、だから本当に憶測なんだけれど、奥様は自分が人質にとられているという感覚はないのではないかしら…つまり、どなたかのところに滞在という形をとっているのではないかと。それこそメリー王女のお客様として、パッショニアに呼ばれていたりしないかしらね?大義名分はどのようにでも作れるわ」

 私の言葉にレイがはっと目を見張る。

「そうか…そうすれば表向きは『他国の王女から客として呼ばれてのんびりと滞在している外交官の奥方』という図式が出来上がりますね」

「ええ、身重ならなんだかんだ理由をつけてスプリニアに返さないことは可能だわ。それを盾に取り、ヒューゴ様は脅されているのかもしれない。表向きはなんの証拠もない。証拠がないのに騒ぎ立ててもヒューゴ様の立場が悪くなるだけだわ。相手は王族だもの。だから単身で動くしかないのよ…不憫だわ」


「ヒューゴ…」

 レイが呻くような声を出す。

「それでも…あなたを売ろうとするなんて、…許せない」

 私は努めて声を穏やかにしてレイに伝える。

「大丈夫よ、レイ。あなたの友人は、とても理性的な方だわ。…おそらくあの値踏みも、私の本質を測ろうとしていたのでしょう。売っても当然だと思うほどの我儘で傍若無人な令嬢だったらあの方は間違いなく速攻で私の情報を脅している相手に流していたでしょう。むしろそうであることを望むような口調だったもの。…でも、おそらくそうではないと判断してくださった」

 あのときの三人の殺気を思い出して笑いそうになってしまう。レイやマリアはともかく、エルグラントも最近強火私担になってないかしら。


「ヒューゴ様は最後に滞在時間を聞いてきた。奥方もいきなり命を狙われたりはしないでしょう。ほかの策を練るのか、やはり私を売ることにするのかわからないけれど、あの方はぎりぎりまで粘るつもりだわ。…まだ猶予はある。それにね、レイ。ヒューゴ様はまだ何もしていないわ。…大丈夫、救えるわ。彼のことも、彼とあなたとの関係も」

 レイの目がみるみる開かれていく。


「…大事なご友人なんでしょう?…助けて差し上げましょう」


 感謝、します、と消えそうな声でレイが言う。


「一ついいですか?」

 不意にマリアから疑問を投げかけられた。

「なぜお嬢様は、ヒューゴがあなたの居場所を探しにきたとわかられたのでしょうか?今はレイの話を聞いたからこそ、ヒューゴがあなたを探してたことに気付きました。ですが、あのとき、あの状況下では、ただ単にヒューゴは「友人のレイを訪ねてきて、レイが我儘令嬢に振り回されていないか心配になっている」ただの友人でした」

 マリアの言葉にうんうん、とエルグラントも頷き、レイも、「そういえば、そうか…」と呟いている。


「ああ、それはね。ヒューゴ様、ぽつりって言っちゃったのよ。『レイから公爵家の令嬢の護衛をしているって聞いた時に、『()()()()()()』一令嬢の護衛だとは思わなかった』って。…誰かから事前に私の情報を聞いていなければ、あの言葉は出てこないわ。だから、訪ねてきたこと、私を値踏みしてきたこと、ずっと怯えて、何かを躊躇っていて。うん、総合的に判断してね、ああ、私を探しに来たんだろうなぁ、って」



 私の言葉に目の前の三人がぽかんと口を開けている。


「え、ええと、どうしたの?」

「最近平和だったからすっかり忘れてました…そうですよね、サラ様はそういう令嬢でしたね」

「…平和ボケって怖いな…忘れてた」

「これだけ長く一緒にいても驚きの連続よ…」

「んん!?皆ちょっとどうしたの!」


 はーっと大きなため息を吐いたのちにマリアが言った。


「まぁ、不穏な芽は速いうちに摘み取りましょう。…レイ、明朝早々にヒューゴと接触できるかしら?」


 不穏な芽って。




 

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