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67.スプリニア入国

 パッショニアを避けたルートでスプリニアに入る。道をだいぶ迂回しての旅程はおおよそ二十日間に及んだ。シオンも、私以外の三人に交代交代乗り継いでもらい道中を共にした。長旅、とてもよく頑張ったと思う。

 冬へとむけてどんどん気温が下がるのに、南下すればするほどどんどん温かくなっていくのがとても面白い。

 スプリニアでももちろん冬を迎えているので、暑いわけではなかったが、クーリニアに比べると気温は雲泥の差だった。初春のような気候がとても過ごしやすい。


「すごいわ…なんて美しい街並みなの…」

 スプリニアの首都、フローラルに入った途端に私は思わず歓声を上げた。たくさんの水車にたくさんの花々。小さな水路が町中に張り巡らされており、小舟で移動している人もいる。

「水車が自転しているわ。水の落ちる量、掬う量、本当に緻密に計算されているのね」

「水車を見るのは初めてですか?」

 レイの問いかけに私は頷く。

「ええ、文献で読んだことはあったけど、本物を見るのは初めてよ。粉挽きなどの動力にするのよね。なんて合理的なのかしら」

 本当に感動する。国が違えばまるで景色が違う。

 スプリニア滞在も楽しみだわ!存分に見聞致しましょう!



ーーーーーーー


「わぁ、可愛い大使館!!」

 シオンを町中の厩舎に預けてから、私たちは大使館へと報告へと向かった。

 赤いレンガで作られ、白い窓枠がところどころに散らばって添えつけられている、まるで御伽噺に出てくるような建物が目の前にどどんと見えて、私は思わず歓声をあげてしまう。

 入り口に衛兵が立っている。エルグラントとレイモンドを見た瞬間、何の質問をされることもなく中に通された。そうよね。この二人が揃ってたら否が応でも顔パスよね。


 大使館の中に入った途端にざわついていた空気がしん、となった。そりゃそうよ。十四年間交渉団をまとめ上げたに相応しい絶対的な風格をもつエルグラントと、その麗しい見目に反して最短で新兵から団長へと昇格を遂げた現ブリタニカ王国交渉団団長レイモンド。


 …いや、こんな二人が揃っているのを見たら黙ってしまうわ…圧巻の一文字に限るわ…


 マリアは今侍女としてすました顔をしてるから気付く人はいなさそうだけど、古参の職員さんとか心の中でもしかしたら…とか思ってるのではないかしら。



「…うわ。実物やばくないか?」

「めっちゃ綺麗だな…同じ人間か?!」



 職員さん達が顔を赤くして呟いているのが聞こえる。

 うんうん、やはりエルグラントとレイを見ちゃうとそういう感想になるわよね。…でも心なしか私もたくさん見られている気がするんだけど。こんな重鎮付けて何偉そうにしてんだ、くらい思われてるかもしれないわね。


「ブリタニカ王国ヘンリクセン公爵家が長女、サラ・ヘンリクセンにございます。スプリニアの滞在許可をいただきたく参りました」

 受付で軽くお辞儀をすると、職員さん達がガタガタと椅子を鳴らして一斉に立ち上がった。そして全員が私に向かってお辞儀をした。



 …めちゃくちゃ既視感。


 国王陛下、本当にこれやめて欲しいわ…

 ため息を吐きたい気持ちを押さえて、皆に着席を促す意も込めて礼を返す。ほっとしたように椅子に座る職員さんたち。うう、申し訳ない。

 

 そのとき、不意に遠くの方から随分とのんびりした声が聞こえた。

「あれぇ??だんちょーじゃないっすかー!」

 私たちは一斉に声の主を見る。赤に近い茶色の髪に少しだけ日焼けした肌色。背丈はレイモンドと同じくらいか少し低い。くりくりとした大きな目が特徴のその男性は、ブリタニカ王国交渉団の団服を身に纏っていた。


「マシュー!」

 レイが驚いて大きな声を出している。マシュー…マシュー!!あ!思い出した!交渉団副団長殿だわ!

「なんでお前がここにいるんだ?」

 わ、レイ口調が少し変わった。なんだろう、ちょっとドキドキ。

「僕はちょっと王国からの伝言を伝えにきたんですよー。ん…っ??エルグラント団長もいらっしゃるじゃないっすか??」

「元だ元。久しぶりだな、マシュー」

「久しぶりっす!」

 そう言ってマシューはにっと笑う。

 うーん、一目でわかった愛されキャラだわこの人。年齢はレイより少し上くらいかしら?

「…ん、待てよ。団長がいるってことは…」


 マシューと呼ばれたその男性が視線をエルグラントから私へとゆっくり移した。


「!!ヘンリクセン嬢!」


 彼が慌てて跪こうとするものだから、私が逆に慌ててしまう。

「ま!待ってください。マシュー様!ここではあまりに人目につきますわ!おやめくださいませ!」

「…ですが…っ」

「マシュー、サラ様のご意向を尊重しろ」


 おお…レイのキャラが…全然違う…!!

 だがここはそれに便乗させてもらいましょう。


「マシュー様、本当におやめくださいな。私は今やご存知の通り国外追放の身ですもの。蔑まれることはあっても、敬意を示される身ではございませんわ」

「そうは仰いますが…」

 情けない顔をしながらマシューが顔を上げる。

 次期女王になる予定だったってあの席で陛下がバラしちゃったものね。そりゃ、敬意を示したくなる気持ちはわかるけど…もうそんな身分でもないし。うーんどうしたものかしら…


「マシュー様は、この後お時間があって?」

 私が尋ねると、彼は首を縦に振ってくれた。

「はい、本日はここスプリニアに留まり、明日の朝一番に隣国ウェスティニアに向かいますので、それまでの間でしたら」

「それでしたら、昼食などご一緒にいかが?」

「私に断る権限などございましょうか。見に余るほどの光栄なお言葉恐悦至極にございます。ご迷惑でなければご一緒させてください」


 …かっっっった…。硬すぎるわ。

 あの「だんちょー」の緩いノリはどこに消えた。


「用事は済んだのか?」

「あ、終わったっす」

 レイの問いかけに即座にキャラが戻る。いいなぁ、そっちで接して欲しいな。

 よし、エルグラントの時みたいにこの人の弱みでも握って、普通に接してくれないならバラすぞかと脅してみようかしら…って嘘偽りない目ー!

 交渉団…そうよね。そのトップに近い人間がそうそう簡単に疚しいところとかがあるわけないわよね…正攻法でお願いしてみましょう。


「それじゃあ、マシュー様のおすすめのお店などありますか?できれば貴族が使うようなところではなく、気軽に食事できるところがいいわ。ほら、私もこんな格好ですし」

 冬物の一般的なドレスは持っていなかったので先ほど購入したのだ。スプリニアの気候に合わせて、すぐに脱ぎ着できる厚手のショールも羽織っている。ちょっといいところのお嬢さんではあるが、貴族というにはほど遠い恰好だった。


「ヘンリクセン公爵家ご息女ともあろう方が…そのようなところでいいんですか?」

「むしろそのようなところでお願い、あ、お酒も飲みたいわ」


「「「駄目です」」」


 おっと。私以外の三人の声がハモった。その突っ込みにマシュー様が驚いている。

 まあ、普通に考えれば身分的には私が一番上。この反応からすると、レイが王族だということはおそらくマシュー様は知らないのだろう。

 そんな私がお酒を飲みたいと言ったら、否定をしてはいけない。不敬にあたるものね。

「こんな感じなので、マシュー様。あなた様もどうぞ気負わず接してくださいな」

 動揺した感じではい、と言ってくれたけど。うーん、道のりは遠い、かな?



―――――


 二時間後。

「いやーーー!お嬢がこんな気さくな人だと思わなかったっす!」


 おーう。思った以上にフレンドリー。食事開始ものの三十分で壁崩壊。ま、とても嬉しいんだけどね。


 あれからマシューの行きつけだという昼からやっているバルに連れてきてもらった。レイは「酒場じゃないか」と小言を言っていたけど。

 もちろん私以外の全員がお酒を飲んでいる。マシューもほかの三人と同様ザルだった。

「交渉団って皆そんなお酒強いの?」

「僕はエルグラント元団長と団長に鍛えられたクチっす。この二人バケモンっすよね」

 マシューの言葉に私はうんうんと頷く。

「私なんかちょっと飲んだだけで人様にご迷惑をおかけしちゃうのに…」

「お?お嬢は酒乱なんすか?」

「うーん、どうかしら。そこまではないと思うけど」


「口の利き方に気をつけろ、マシュー。さすがにそれは砕けすぎだ」

 即座に鬼上司レイが窘める。

「いいのよ、レイ。レイもいつも通りになさいな」

 私は笑ってしまう。マシューと会ってから、レイのいつものほんわり空気が鳴りを顰めちゃってるんだもの。

「…なんとなく団員がいるとこんな感じになってしまって…」

 ため息交じりのレイの言葉にエルグラントが声をあげて笑う。

「無理だ、サラ嬢。レイは団員を前にすると鬼だからな。それでも比較的マシューの前だと砕けているほうなんだ。男の矜持だと思って許してやってくれ」

「ええ…そんなものなの?」

「もう、恥ずかしいからあんまり俺に話振らないでください」

 レイが頬を少し赤らめてそっぽを向く。そんな彼を見てマシューが目を丸くしている。

「な、なんすかだんちょーどうしたんすか!なに頬とか赤らめてるんすか?!何キャラっすか!?」

「お前もあんまり突っ込んでやるなマシュー。サラ嬢の前だとレイはいつもこんな感じだ」

「エルグラントさん!!!」

 即座にレイのツッコミが入り、私は笑ってしまう。

「…いやー、すっごいもん見てる感じします。面白ぇー」

「それ以上言ったらお前、ブリタニカ戻った時に覚えてろよ」

 

 ふふっ、レイが本当に上司然としている。なんだか見慣れないけど、こういうのもいいわね。


「――――あ」

 ふと私は声を上げる。


「面白いと言えば、もっと面白い方をご紹介致しますわ」

 そう言ってマリアをちら、と見る。

 私の視線と意図に気付いたマリアは一瞬『えー…』という顔を見せる。

 今は完全に侍女として振舞っているため、食事に同席はしているものの会話にはほとんど入ってこない。でも、そんなのつまらないじゃない?

 しばらくしてやがて諦めたように頷いてくれた。だって遅かれ早かれわかってしまうことだものね。よし。



「紹介しますわ。マシュー。こちらはマリアンヌ・ホークハルト。私の侍女をしてくださっている方よ」


 さ、まずは名前だけで気付くかしら?


「おお!僕もちょうど名前お伺いしようかと思ってたっす!よろしくお願いします!マリアンヌ・ホー…」


 あ、早。これ気付いたわね。

 マシューの言葉がそこで止まると、その大きな目が信じられないものを見るかのようにさらに大きく開かれていく。


「まり、アンヌ・ホークハルト…?」


 エルグラントが視界の端っこでくっくっくと肩を震わせて笑っている。レイも心なしか笑いを堪えた顔をしてお酒に口をつけている。


「マリアンヌ・ホークハルト!!!???えっ!?え???」

 首をきょろきょろさせてエルグラントとレイを交互に見るマシュー。うんうん、予想通りの反応で嬉しいわ。

「ちょちょちょ、ちょっと、え?…あの、まさか????エルグラント元団長!!??だんちょー!??」

「そのまさかだ」

「ああ。お前の思っているマリアンヌ・ホークハルト殿で間違いない」


「マジかよ!!!!!!!!!いや!マジっすか!!!???」

 言い直しても大して変わってないんだけど。私も思わず笑いをかみ殺してしまう。

「本当に、本当にあの…マリアンヌ・ホークハルト様っすか…」

 ふふ、マリアを見られなくなってる。なぜ本人じゃなくてエルグラントに問いかけてるの。…まあでも当たり前よね。交渉団の人たちからしたら、初代団長は英雄だもの。マリアが初代団長だと知った時のレイの反応もこんな感じだったもの。


「…夢、じゃないっすよね…?」


「まぁ、一応本物だ。すごいなマリア、お前そこら辺の珍獣より珍しい生き物扱いになってるぞ」

 エルグラントをじろりとにらんでマリアが返す。

「一応て何よ一応て」


「あ…あの、マリアンヌ…様」

「マリアでいいわ」

「いえ絶対無理っす!絶対に呼び捨てなんか無理っす!!!!!!」


 慌てふためくマシューがかわいい。

「あ、挨拶してもいいっすか…」

「おい、マシュー。きちんと礼は通せ。そんな挨拶の仕方があるか」

 即座にレイからの指摘が入る。鬼上司、容赦ないわ…


 弾かれたようにマシューが姿勢を正して、言葉を言い直す。

「…失礼しました。王国交渉団四代目が副団長マシュー・クーパー。初代団長マリアンヌ・ホークハルト様にご挨拶の許可をいただきたく存じます」

「儀礼は受けるわ。ただ、こんな人目に付くような店の中だもの。そのまま。座ったままで。声は抑えなさい。跪くことは許しません」

 マリアが威厳たっぷりに言う。たまに思うけど、私なんかよりよっぽど女王っぽいんだけど。


「は、心より感謝いたします」

 マシューの言葉を受けてマリアは首からペンダントを外す。

「王国交渉団初代団長マリアンヌ・ホークハルトが許可します。四代目副団長マシュー・クーパー。貴殿から我が『印』への口づけを」

 そう言ってマリアはマシューにそれを手渡した。

 震える手でマシューがそれを受け取る。 

「身に余る…光栄でございます」

 声まで震えている。そっとそれに口づけを落としたのちに、マシューはそれをマリアに返す。なんだか今にも泣きそうな顔してるんだけど…


「はいはいもう終わり。もーいちいち面倒ったらありゃしない」

 受け取ったペンダントを再び首にかけながら心底面倒そうに言うものだから笑ってしまう。

「そんな言うなよ、マリア」

「そうですよ。交渉団の人間にとってマリア殿は伝説なんですよ」

 即座にエルグラントとレイから窘めの声が入るが、マリアは意にも介さない。


「ん!ま、マシュー??????」

 三人のやり取りに気を取られてて、私は全く気付いてなかった。

 マシューが感動してぼろぼろと泣いている。

「おいおいおい、マシュー泣きすぎだろ!!!」

 エルグラントが大笑いしている。

「まあ、気持ちはわかるけどな」

 確かに。レイもマリアに挨拶した後、マシューほどではないけど泣いてたものね。


「ちょっと泣かないでよ、鬱陶しい」

「鬱陶しいとかいうなよ」

 ここでエルグラントが二つ目の爆弾を落とした。



「悪いなぁ、マシュー。『俺の婚約者』が超絶塩対応で」


「……は?」


 泣き濡れた顔を思い切り振り上げたマシューの口から、間抜けな声が漏れた。





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