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66.月日は流れて

 エルグラントの家に来てからすでに四ヵ月が経とうとしていた。季節は夏から冬へと変わろうとしている。私もその間に十七歳になった。今ではエルグラントが大怪我したことが遠い遠い昔のように感じる。


「マリア…気が付けばもう少しで国外追放されてから一年なのね…」

 夕食の後のティータイムでマリアに言うと、マリアも大きく頷いてくれた。

「本当に早いですね」

「クーリニアにも長いこといるわね…」

「お?そろそろどこかに出発するか?」

 エルグラントが言って、私はうーんと声を漏らす。

「…正直、最近とてもとても寒くって。ブリタニカでも感じたことのない寒さだから…ちょっとでも温かい国に行きたいなぁ、とは思ってるの」

 私の言葉にレイがうんうんと頷く。

「クーリニアの冬は極寒ですからね。ブリタニカの冬とは全然違いますから」

「そうだなぁ…」

 エルグラントがうーんと考え込んでいる。

「南の方の同盟国でパッショニアがあるんだが…」

 パッショニア。聞いたことがある。冬場でも日中はとても温かい国だと聞いたことがある。でもなぜだろう、どことなく歯切れが悪い。


「…パッショニア…ですか…」

 レイが急に渋い声を出すものだから私はびっくりしてしまう。心なしかレイの周りがひんやりしている。

「ど、どうしたの?」

 だけど私の問いに答えたのはレイではなくエルグラントだった。

「…レイのことをお気に入りにしている王女が一人いてな…行くと、なんていうか…とにかく毎回すごいんだ」

「王女?…パッショニアの王女って言うと…メリー王女?」


 

 確か王女教育の時に教えてもらった記憶があるわ。パッショニアの王女、メリー・ダグラン・パッション第一王女。たしか王女は一人で残りは全員王子だったような…

「ん?メリー王女は私と同じ年齢だったわよね?」

「はい、今年十七歳です。なんですが…とにかくサラ様とは全然違います。王女が一人しかいないので、これ以上ないくらい我儘に育てられてまして…。毎回毎回パッショニアに行くたびにその我儘に付き合わされていて…」

「任務が滞ることも多かったからな。…最近はずっと副団長のマシューがパッショニアの任務は受け持ってたな」

「それでも、マシューばかり行くと王女の機嫌を損ねて大変なことになるので、数回に一回でもいいから俺に来るようにとパッショニアの王から直々に連絡が来たりして…」


 王族に全く関係ない任務のときでも、わざわざ会いに来るのだという。

 …す、すごいわ。最近の女性はとても情熱的なのね…


「というわけでパッショニアはやめませんか…?パッショニアほどではないけれど、パッショニアの隣のスプリニアもなかなか温かい国です。少なくともブリタニカよりは」

「おお!スプリニアいいな。スプリニアにはお前と仲いい…ええとなんだっけ。ヒューゴ?いたよな」

「ええ、まぁ、向こうも任務でいるかはわかりませんが」

「お友達なの?レイ」

「はい。向こうはスプリニアの外交官で。俺と同じ年です。会えたら紹介しますよ」

 楽しみだわ、レイのお友達。仲良くなれたらいいな。


「そうと決まれば本格的な冬が来る前にクーリニアは脱出しないとな。あと一月もすれば降雪が始まる。そうなると国外に出るのはだいぶ困難になるぞ」

「そんなにすごいの?」

「雪が俺より高く積もる」

 エルグラントが言い、私はびっくりしてしまう。でもエルグラントより大きい積雪…見てみたいわ。

「まぁ、荷物もそんなにないしな。…一週間くらいしたらクーリニアを出るか」

「そうね…出るならそこが最後のタイミングかもしれないわね。…どうでしょうお嬢様」

 マリアの問いかけに私はもちろん頷く。


「ぜひ!いきましょうスプリニア!」


 ーーースプリニア行き、決定です!



ーーーーー


 

 パッショニア王国。王宮。


 この国の第一王女、メリーは最近どうしようもなく苛ついていた。理由は明確だった。彼女の今の一番のお気に入りがここ最近ちっとも姿を見せないからだ。


「ねぇ、ここ一年ずっと言ってるじゃない?レイモンド様は来ないの?ブリタニカの交渉団は出入りしているんでしょう?」

 あまりにもイライラした声に側近のハリスとエリクソンは跪きながら肩を強張らせる。この状態の彼女は何をしでかすかわからない。

 壁の側面に控えている数人の侍女たちも顔を青くさせて下を俯いている。不機嫌な時の彼女に目をつけられたら最後、クビは確定だ。

「…はい。マシュー副団長はいらっしゃいますが。レイモンド団長は…なんでも、ある令嬢の護衛でブリタニカ国外にずっといるとのことで」

 バシャン!と言う音と共にグラスが今しがた言葉を放ったエリクソンに向かって投げられ、中に入っていたワインがぶちまけられる。


「…令嬢?」


 王女の言葉が怒気を孕む。


「私を差し置いて?他の女とずっと一緒だというの?」


 ーーーそんなこと知るか!もう一人の側近、ハリスは心の中で思う。だが、顔にも声にも出さない。そんなことをしたら首が飛ぶ。


「答えなさい。その令嬢は何者なの」

「…申し訳ございません…そこまでは…」


 ガタン!!!という音とともに今度は王女の前にあったサイドテーブルが倒れた。我儘な、その王女の足蹴によって。


「令嬢が何者か調べてきなさい。どんな手を使ってでもいいわ。必要ならブリタニカの大使館に開示要求でもなんでもしなさい」

「いや…しかし、それは…」

「首を飛ばされたいの?」


 冷たい無情な声が部屋に響く。

 今まで口を閉ざしていたハリスは覚悟を決めて言葉を発する。

「お言葉ですが、メリー様。大使館への開示要求はお父上である国王陛下を通さなければなりません」

「だからなに?知ってるわよそんなこと」

「国王陛下が、ブリタニカにおいて重鎮であるレイモンド様が護衛につくほどの令嬢の情報に関して開示要求をされると、ブリタニカに不信感を抱かせることになるかと。…我が国とブリタニカは長年不戦の誓いを交わし、友好関係を続けています。ですが、それはブリタニカという大国の温和な姿勢あってのこと。不信感を抱かせて、不戦の誓いが仮に反故になってしまった場合、国交間で大きな争いが生じるかもしれません。そして、もしそうなった場合に、我が国パッショニアは大きく不利な状況となり得ます」


「小難しいこと言わないで。しなさいと私が命じたのならあんた達はそのようになさい。開示要求ができないのならあんた達が情報を集めなさいよ」


 ーーこの王女は、俺の話を聞いていたのか…

 ハリスは歯噛みしたい気持ちに駆られる。


「はっ!仰せのままに!」

 不意に隣から声が聞こえ、ハリスは驚いて隣のエリクソンを見遣った。


 ーーークソ、こいつは余計なことを。


 エリクソンはハリスと違い、メリーに傾倒している。ワインをかけられようが無理難題を強いられようが、まるで忠犬のように我儘王女についていく。


「なんとしてでもレイモンド様を見つけるのよ。その令嬢の情報も手に入れなさい。…全く。私の愛しのレイモンド様を独り占めだなんて身の程知らずもいいところだわ」


 我儘王女、メリーは窓の外を見てうっとりとした顔を見せる。


「ああ。愛しいレイモンド様。早くお会いしたいわ」


 ーーーこの王女は我儘の域を超えている…もはや、あのレイモンドとかいう男に狂ってる。


 ハリスはその心の内に、この王女に対する軽蔑にも似た気持ちが沸き上がるのを感じていた。

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