61.シオンとの再会
「さ、じゃあそろそろシオンを連れてくる。あいつもおまえがいない間寂しそうだったぞ」
ヘンリーさんがそう言って厩舎の奥へ歩いて行った。やがて一番奥から茶色の毛並みに濃茶色の鬣を靡かせた堂々とした馬を連れてきた。近づいてくるとちょっと怖い…馬ってとても大きいわ。
「シオン!!」
エルグラントさんより先にマリアが声を上げ、駆け出して行った。
すると急にシオンが高く高く嘶き、前足を高く上げてから、地面を掻きだした。耳をマリアの方にピンと向けて、何度も何度も前足を高く上げては地面を掻く。
「うわわわわわっ!」
ヘンリーさんがシオンの動きに付いていけてない。手綱を必死で離さないようにとするが、今にもこちらに駆けだしてきそうだ。
「ヘンリー!手綱を離して大丈夫だ!」
エルグラントが叫び、「マジかよ!」と叫びながらヘンリーさんが手綱を離した、途端。
――――ものすごい勢いでシオンがマリアに向かって駆けてきた。
「きゃああっ!マリア危ない!!!」
私は思わず大声をあげてしまう。
「大丈夫ですよ、サラ様。シオン大喜びしているだけですから」
念の為だろう。レイが守るように私をそっと背後に回してくれながら言う。
「ほ、本当に?」
私がレイの服の袖をつかみ、彼を見上げながら言うと、
「本当ですよ、ほら」
そう言ってレイが目線をマリアのいるほうに持っていく。つられて私もそちらに視線を戻すと。
「あ、あれ???」
さっきまで二人とも全速力で駆けてなかった??
先ほど見ていたのが幻想だったのではと思うほど、マリアとシオンがじゃれている。マリアはシオンの首に腕を回して抱きついて久しぶりね、元気にしてた?と頬をすり寄せているし、シオンはその鼻面を何度もマリアにすり寄せている。馬のことをあまりよく知らない私でもわかる。
…ものすごい両思いだわ…
しかも心なしかマリア、エルグラントといる時よりデレデレしてない?
「馬相手ってわかってても嫉妬すんなぁ」
エルグラントが笑いながら言い、レイも笑いながらそれに返す。
「しかもシオンは牡馬ですからね。わかります。あれだけ見せつけられたら。エルグラントさんが交渉団に入団したときからの馬なら、マリア殿のことも知ってるはずですよね。俺全然考えてませんでした」
「最初にシオンがなついてたのはどちらかというと俺じゃなくてマリアの方だったからな。でも、マリアには騎士団の時から乗ってたヴィオレットっていう牝の白馬がいたから、マリアの馬にはならなかったんだ」
「マリア殿と白馬…カッコよすぎませんかそれ…」
「いやーめちゃめちゃ似合ってたんだよ。見せてやりてえなぁ」
うん、私も見てみたい。絶対に素敵だわ。
「さて、と。そろそろ浮気の現場を取り押さえに行くか」
エルグラントが言い、私とレイは声を上げて笑ってしまった。
――――
「そんじゃ、ヘンリー世話になったな」
「おう!また来いよ!馬に蹴られんなよ!」
と、ヘンリーさんがジョーク(?)を飛ばして私たちを見送ってくれる。
ヘンリーさんと別れ、私たちはジットの町中に止めている馬車に向かって歩く。
「ねえ、エルグラント、そろそろ乗っていい?走らないから」
マリアがシオンにぴたっとくっつきながら、手綱を引くエルグラントにおねだりをした。さっきからうずうずしていたものね。私は苦笑してしまう。
そう、そのためにマリアは厩舎に向かう前から乗馬服に再び着替えることまでしていたんだから。
「あんまりいちゃつくなよ」
エルグラントが笑って言う。
「ありがとう!!」
マリアが満面の笑みでエルグラントにお礼を言い、うっとりとしながらシオンに声を掛けた。
「シオン、久しぶりにあなたに乗ってもいい?」
マリアの言葉にシオンが一度鼻を鳴らした。いいよ、って言ってるみたいに聞こえて私は微笑んでしまう。なんて賢い子かしら。
ありがと、と言って、マリアは鐙に足を掛けるとひょいっと軽くシオンの背にまたがった。
…す、すごい。あんな動き出来ないわ。乗りたいって言ったけれど、本当に私にも乗れるのかしら。
「あぁぁーーーー!!!懐かしいいいいい!!!」
マリアが本当に本当に嬉しそうに声を出す。大はしゃぎするマリアなんてレアだから、私まで嬉しくなってしまう。それに…
「本当に美しいわ、マリア」
きっと団長だったときは今の何倍も何倍も美しくカッコ良かったんだろうと思うけれど。
サマになる、とはこういうことを言うのね。
ピンと伸ばされた背筋に、きりりとした横顔。馬の上にのるとさらに堂々としていて、威厳さえ感じさせる。小柄なマリアが実際の倍以上に大きく見える。
「カッコよすぎます…」
レイが隣で声を漏らすのが聞こえ、笑ってしまう。レイにとっては憧れの光景だったはずだものね。
「…久しぶりに見ると、なんかクるなぁ」
エルグラントも眩しそうにマリアを見ながら言っている。
「歩いてるだけじゃない」
そんなエルグラントの反応にマリアが苦笑している。
「いや、なんかそうやって俺たちを先導していたなぁ、なんて思い出してな。…変わらないな。皆が憧れたマリアンヌ・ホークハルト団長そのままだ」
マリアを見つめながら言うエルグラントが微笑ましい。
やがて、馬車が止まっているところに着き、私たちはそれに乗り込んだ。
「エルグラントさんはマリア殿と一緒に馬に乗ってこなくていいんですか?」
乗り込みながらレイがエルグラントに問うと、エルグラントは笑って言う。
「いいや、おそらくマリアは馬車なんか無視して全速力で走りたいだろうからな。俺が乗ってると邪魔になる。…まぁ、お前が俺を邪魔っていうなら、俺は歩いて帰るが?」
最後の方はなんだか意地悪な響きで聞こえたけど…エルグラントはニヤニヤしているだけだわ。
「怪我しているエルグラントさんを差し置いて俺たちだけが馬車に乗れるわけないでしょう!?そんな意味じゃありません!!」
レイが赤くなりながら怒る。ごもっとも。
「わかってるよ、ま、そんなわけでマリア!好きなだけ走っていいぞ。そこらへんぐるっとしてこい」
馬車の窓から顔を出してエルグラントがマリアに声を掛けた。
「徒歩ニ十分の距離なんて、馬ならすぐですからね。マリア殿には物足りないかもです」
レイが私に教えてくれる。
「そうなの?」
「ええ。いいなぁ、早く俺も乗りたいです」
レイがうずうずしている。確かに交渉団にいたら乗馬は当たり前のように毎日していただろうし、私と合流してからはずっと馬車移動だから色々と身体も鈍っているのだろう。
「明日乗ってやれ。一通り走らせたら帰ってきて、サラ嬢とのんびり遠乗りしてくると良い。草原だらけだからな。気持ちいいぞ」
エルグラントが素敵な提案をしてくれる。
「わぁ!それ素敵!ねぇ、レイお願いしてもいい?」
「もちろんです。デートしましょう」
「ええ!」
「ブッ!」
エルグラントが急に噴き出した。いきなりどうしたのかしら?
「お前…、ほんっと天然だよな?!」
エルグラントが、レイに向かって言うが当の本人もきょとんとしている。
「いいや、なんでもない。こっちの話だ。おーい、出してくれていいぞ」
エルグラントが御者に向かって声をかける。はい、出ますね、という御者の声と共に馬車が動き出した。
同時にマリアも併走を始める。
「じゃあエルグラント、レイ。お嬢様のことは頼んだわよ。お嬢様すみません、少しばかり走ってきます」
馬上から窓越しにマリアが声を掛けてくれる。私は頷いて言った。
「ええ!楽しんでね!」
「ありがとうございます…いくわよ!シオン!」
マリアの掛け声に、シオンが一声高く嘶いたと思ったらあとはあっという間だった。
まるで風のようにマリアが駆けていく。見たことがないほど凛々しくて美しい表情をみせながら。
「ーーー本当に、とてつもなく綺麗だ…」
エルグラントが遠ざかっていくマリアを見ながら優しい顔で言う。
私とレイも、そっとそれに頷いた。