59.お買い物と、
私たちはジットの中心部にある三階建ての大きな建物に来ていた。衣類から食料、家具から宝飾品に至るまで沢山の店がその中に入っていて、ここにくれば全てが揃うのではないかと思うほどだった。
「クーリニアは建造物に関しての知識がずば抜けているのね。ホテルもそうだったし、建物が全て丈夫で大きいわ」
「地震の多い国ですからね。耐震を第一に考えて建物が建設されていきますから、次から次から新しい技術が取り込まれていくんです」
私の言葉にレイが答えてくれる。こんな情報は文献には載っていなかったわ。百聞は一見にしかず。見聞を広げる旅、今のところ順調のようね。
そして私たちはマリアの乗馬服を選ぶべく、女性用の服飾店へと来ていた。
店内の奥の部屋で着替えを済ませたマリアが私たちの前に登場すると、私とレイは思わず歓声を上げた。
下は白いズボンに黒いブーツ。上は赤色の乗馬服だ。所々に黒や金の飾りや刺繍が施されていて、なんというか…とてもカッコいい。私が男なら惚れてる。
それにいつもは肩まである髪の毛を上に一つ結びにしているのがとても凛々しい。私はマリアの団長姿を知らないけれど、こんな感じだったに違いない。とにかくめちゃくちゃ素敵だわ。
「マリア、なんって素敵なの…」
「…俺の憧れが目の前にいます…」
二人してあまりにもマリアが素敵で語彙力がなくなる。そんな私たちにマリアは照れたように笑ってくれた。
「こんな服も何年ぶりでしょうか。久々に着るとなかなかいいものですね」
「とっても似合ってるし、とても素敵だわ、ね、エルグラント!」
私はそう言って後ろにいるエルグラントに振り返って、その表情に少し驚いてしまう。どうしたのかしら、とても微妙な顔をしてるわ。…と思った途端、
「〜〜〜〜〜っっ!!!」
エルグラントが突然片手で顔を押さえながらその場にしゃがみ込んだ。
「エルグラント?どうしたの?!傷が痛むの?」
「違う…サラ嬢」
「じゃあどうし…」
「綺麗すぎて死ぬ!!!!!」
店中に響くような声でエルグラントが叫んで私は悶えてしまう。
ーーーーこの!!!このカップルほんと可愛いんだから!!!
愛されているマリアを見るのはとてもとても嬉しい。私は思わずエルグラントに向き直り、彼の肩に手を置いて後押しする。
「わかるわエルグラント!!!綺麗すぎるわよね!死ぬわよね!」
「死ぬ。まじで死ぬ。今クッソ抱きしめたい」
「いいわよいいわよやっちゃえやっちゃえ!」
「やっちゃえじゃありません」
冷静なマリアの声が届いて、私とエルグラントは固まってしまう。そぅっとマリアを見ると、目が据わっている。
「お嬢様もエルグラントも!ここはお店の中なんですよ!自重なさい!」
「「はいっ」」
私とエルグラントの声が重なった。
…でもマリア。確かにあなた怒ってるけど、頬がいつもより少し赤いわ。あとで存分に抱きしめてもらってね。
じゃあこれに決めます。いったん着替えてきますというマリアを三人で待つ間、私はなんとなく言ってみる。
「それはそうと、乗馬服、いいわね…私も一着買おうかしら」
「でもサラ嬢は乗れないんだろ?」
「そうね。誰かが手綱を引いてくれて、歩いてるだけの馬なら何度か乗ったことはあるけれど、駆ける馬に一人で乗ったことはないわ」
乗馬は確かに貴族の嗜みではあるけれど、必修ではない。基本的に馬車移動だから乗る必要もない。
「なら、レイ。乗せてやれよ。ついでにサラ嬢の乗馬服も見繕ってやれ」
その予想外の言葉に私はバッとエルグラントの方を向いた。
「えっ!だってエルグラント、乗馬しちゃダメって言ったじゃない!」
「サラ嬢が一人ではな。シオンは乗り慣れていない人間には危険すぎるんだ。だが、シオンはレイには懐いてたからレイと一緒に乗るんなら乗ってもいいぞ」
「ほんと?ほんとうに?エルグラント、いいの?」
嘘みたい!夢みたい!
私だってレイやマリアみたいに疾走感感じたい!
はしゃぐ私にエルグラントが優しい顔で頷いてくれた。
「レイ、聞いてた?聞いてた?」
私は反対側のレイに向かって頭をぐりんと回転させた。
「聞いてましたよ。本当に大丈夫ですか?」
心配そうにするレイに笑ってしまう。
「あなたがいて、不安なことなんてあるわけないじゃない。ねっ、一緒に服を見に行きましょう!私はレイの瞳と同じ色の蒼がいいわ!!」
そう言って私はレイの手を取り、彼の指に自分の指を一つずつ絡めていった。これで解けにくいわ。
「行きましょう!レイ!あなたが選んでね!」
はしゃがずにはいられないわこんなの。レイと一緒に馬に乗れるなんて!ほんのり頬が赤くなったレイをぐいぐいと引っ張り、私は服を選んでもらうべくまた店内を散策するのだった。
ーーーーーー
「あら?お嬢様とレイは?」
手にまだ購入前の乗馬服を持ったままのマリアが着替えから帰ってきて、俺に向かって問いかけた。俺は遠目に見える二人を指差す。
「あぁ、ほら。あそこ。サラ嬢の乗馬服を選びに行ってる。レイが一緒なら安全だろうと思って乗馬の許可を出したんだ」
「あら。シオンはレイにも懐いてたの?珍しいわね」
「わりかし懐くのが早かったぞ。というか、レイは乗馬もかなりうまいからな。手懐けられない馬はいなかったな」
「…ほんっと、顔もいいし頭もいい。才だって多方面で抜きん出ているわ。七年で新兵から団長になるほどのものすごい人間なのに…」
マリアの諦めたような言葉に俺もだはっ、と噴出してしまう。そうなんだよなぁ…
「「ヘタレ」」
声がハモった。俺たちは思わず笑ってしまう。
「そうだマリア。あいつ今交渉団でなんて言われてるか知ってるか?」
いいえ、とマリアが答えてきて、俺は思わず笑ってしまう。
「ーーーいつでも冷静で寡黙な交渉団団長、だとよ」
「ブッ!」
マリアが噴き出す。
「ほんっと、サラ嬢の前にいるレイを皆に見せてやりたいよ。冷静どころかいつでも乱心中だ。さっきもな、サラ嬢があいつの手を引っ張って、『乗馬服はレイと同じ瞳の色がいいわ』的なこと言うもんだからな。致命傷負ってた」
「あはははは!!」
「嬢は知らないのか?瞳の色と同じ色のものを贈るのは恋人がすることだって」
「知識としてご存知かもしれないけれど、それが自分とレイに当てはまるとは全く思ってないわね」
「鈍いのか鋭いのか本当にわからんなあの嬢は…」
思わず溜息がでてしまう。
「それがお嬢様よ。ま、似たもの同士お似合いだと思うわ」
マリアの言葉に俺も頷く。確かにレイもサラ嬢も凄い人間でありながら、変なところで鈍臭い。それがとても微笑ましいと思う。
ーーーー若き二人の人生がこの先ずっと共にあることを願う。
それと、と俺はマリアをそっと見つめる。あぁ、やっぱどうしようもなく好きだ。
「ん?なぁに?エルグラント」
俺の視線に気付いたマリアが首を傾げた。
「マリアのああいう服、久しぶりに見た。…本当に綺麗だった」
ぽっ、とマリアの頬に朱が刺した。ありがと、と小さく呟く唇がとてつもなく可愛い。
「…抱きしめてぇなぁ」
「相変わらず、思ったことがそのまま口に出てるわよエルグラント」
「いいじゃないか。本当のことなんだから。十五年だぞ?十五年近くお預けくらってたんだ。少しくらい暑苦しい愛情表現でも我慢しろよ」
俺は自分で言って笑う。だが。
「…我慢してるわよ」
マリアから放たれた言葉にさっと顔色が変わってしまう。
「嘘だろ、マジか?ちょっと暑苦しすぎるか?それなら自重する」
やばい。久しぶりに会えて嬉しすぎて俺はしょっちゅう可愛いだの綺麗だの大好きだの連日連呼している。まさか不快な思いをさせていただろうか。そんなのは本意じゃない。
「ち、違うわ。そういう意味じゃなくて」
急にマリアが目を逸らしながらどもり出した。
「言葉では言ってくれるけど…その、抱き締めたりとか…あまりしてくれないから……」
ーーーーー?????
「あまり、二人きりになる時間ないから、仕方ないってわかってるんだけど…」
ーーーー!!???
「口付け…とかもっ、全然ないし…」
ーー!!!!!
「…結構、私だって我慢してる」
「よしあいつら置いて帰ろう。すぐベッド行こう」
おいおいおいおいおいおいおいおい!!!なんだよこのあり得ないくらい可愛い生き物この世界に存在してていいのか???犯罪だろ。ダメだもうホント今すぐ抱き締めたいめちゃくちゃ抱き締めたい。めちゃくちゃに愛の言葉囁いて落とせるところ全部に口付けを落としたい。
「ベッ…ドは!結婚してからでしょ!!」
「もういいんじゃねぇ?」
「ダメ!あと、お嬢様を置いて帰るのもダメ!」
「ならとりあえず帰ったら隙を見てめちゃくちゃ抱き締める」
俺の言葉に赤くなっていたマリアが笑い出す。
「隙を見て…って!」
くつくつと喉を鳴らして笑うマリアを見つめる。本当に奇跡みたいな日々が戻ってきたのだと、未だに俺は信じられない気分になることがある。でも、確かに今目の前にマリアはいる。
ーーーああ、なんて幸福だ。
マリアの手の中から乗馬服を取り、ガラ空きになったその手の指に俺は自分の手の指を絡ませた。
途端にマリアが慌て出す。なんだよ、我慢してたんだろ?
「エルグラント…っ?!ちょ、さ、さすがに…っお嬢様の前でこれは恥ずかしいわ!」
「いいじゃねえか。あいつらだって手を握ってんだから。ほら、会計行くぞ」
「えええ、ちょっと…」
「悪いが、俺だってもっと触れたいと思ってんだからな。正直全然足りてねえからな??これくらい許せよ」
「……許してるじゃない」
そう。マリアは怪力だ。外そうと思えば俺の手から自分の手をすり抜けさせるなど造作もない。
でもそれをしないということは。
ーーーホント…可愛いやつ。
そのまま会計に連れて行き、一瞬だけ手を離して俺は懐から財布を取り出す。
「んっ???エルグラント?!いいわよ、これは自分で…」
「黙って奢られてろ。お前が金持ちなのも知ってるが、俺だってそこそこ持ってんだよ」
「でも、安いものじゃないのに…」
「それ以上喋るんなら唇を塞ぐぞ。唇で」
にや、と笑って見せるとマリアは一瞬頬を朱に染めてぐっと唇を噛んだ。
「好きな女に何かしてやりたい気持ちも汲んでくれ」
そうやってマリアの頭をポンポンと叩くと、結んでいた唇をそっと開いて、小さな声でありがとう、と言ってくれた。