57.エルグラントのお家
「…エルグラントも一緒に?」
数日後。
傷口もだいぶ塞がって、以前より楽に動けそうになったエルグラントの口から、旅に同行させていただけないかとの打診が来た。旅って。一応国外追放なんだけど。
「…なんで?」
私はとっても不思議な気分になる。だって…
でも私の言葉を聞いたエルグラントの顔に陰りが刺した。重々しくその口が開かれる。
「やはり…難しいでしょうか?」
んっ?!
「…とても身勝手なことだとは重々承知し…」
「ちょちょちょっと待って!何か勘違いしてるわ!違うわよ!なんでって、なんで今更そんなこと聞くの?ってことよ!?」
私の言葉に目の前の三人が首を傾げた。
「え…っと、だって、エルグラントは今退団してとても自由に動ける立場じゃない?それに、やっとマリアと長年のわだかまりが解けて想いあえるようになったのに、離れる理由がないじゃない….?…って!そうだわ!私ったら…!」
なんてこと。まるで当然のように考えていたけど、本人たちの意向を聞いていなかったことに今更気付く。
「ごめんなさい。…まるで当たり前のようにこれからエルグラントも一緒にいてくださると思っていたわ。なんて傲慢なのかしら…」
私はすっ、と姿勢を正し、エルグラントに向かって頭を下げた。
「こちらから願わなければならないことでした。エルグラント様。僭越な申し出と重々承知しておりますが、もしよろしければ、これから私たちに同行していただけないでしょうか?」
…。
……。
…ん?何で黙ってるのかしら…?あれ?エルグラントもそれを望んでいたのではなかったかしら…?
恐る恐る顔を上げると、エルグラントが目を点にして驚いた表情を見せていた。
「エ?エルグラント…?」
「いや…その、サラ嬢がほかの令嬢と違うのはわかっていたつもりだったが…まさか、逆に頭を下げられるなんて…思っていなくてな…」
私は首を傾げる。そんな不思議なことをしたつもりはないのだけれど。
「…本当に。サラ嬢のそばにいて仕えられる人間は幸福だな…」
ぽつりと言ったあとにエルグラントはニカっと笑って姿勢を正して言ってくれた。
「そのような申し出を頂き、身に余る光栄でございます。不肖ながらエルグラント・ホーネット、誠心誠意を持ってお仕えいたします」
私は頷く。ん?というか仕えてとはお願いしてないんだけど…?
しかもどう考えても交渉団の歴代三人しかいない団長が三人とも私と一緒にいるって物凄いことなんだけど。
「…私は贅沢者ね。あなた方のような偉大な人たちと共にいられるなんてこれ以上の幸せはないわ」
「それがお嬢様の人徳ということです。私たちこそ、あなたに仕えられて、これ以上の幸福はありませんわ」
不意にマリアが言ってくれる。彼女を見ると、とても穏やかに幸せそうに笑っている。
「私からも御礼を申し上げます、お嬢様。エルグラントの同行を許可いただき、ありがとうございます」
「当たり前じゃない。むしろ本当に別々になるなんて考えていなかったわ。でもエルグラント、あなた怪我の具合はどうなの?」
そこが心配なのよね。
「もし、もうクーリニアを旅立つというなら俺は自宅で療養して万全の体調に戻してから追いかけようかな、とは思ってる。やっぱり動けないと足手纏いになるからな。まだサラ嬢たちが滞在するならその間に療養して、一緒に出られたら、と思ってるんだが…ってどうした?」
うん、エルグラント以外の私たち三人、同じ言葉に引っかかったわよね?
「エルグラントさん…自宅って?」
そうそこ!そこ引っかかったわ!
「ああ、俺の家だ」
「え?ちょっと待ってエルグラント…あなたが所有する家ってこと?借家じゃなくて?」
マリアが尋ねる。無理もない。エルグラントの住民権はブリタニカにあるのだ。クーリニアに家を建てる理由がない。
「あぁ、住民権はブリタニカにあるから家はいらないっつったのにあいつらがなぁ…建てるって言い出して本当に建てちまったんだよ。別荘にしてくださいとか言って」
「あいつらって?」
「交渉団のやつらだ。もう、言い出したら言うこと聞かねえからなぁ」
「なんですかそれ!俺知りませんよ!」
レイが驚いて声を上げる。そうか、レイは現団長だからね。
「お前普段怖いからだよ。言い出しにくかったんじゃねーのか?」
もう少し優しくしてやれ。というエルグラントにレイが少しむくれる。うう…やっぱり見てみたい仕事中のレイ。絶対きりっとしてカッコいいわ。
でもこんな風にむくれる姿なんて団員たちは誰も知らないのでしょう。ちょっと優越感だわ。
それはさておき、エルグラントの家…どうしよう、ものすっごい見てみたいのだけど。
ーーーあ、いいこと思いついた。
「ねえ、エルグラント?私たちそこに滞在しちゃダメかしら?」
「俺の家にか?いや、そりゃ部屋数もあるし構わないが…マリア、……いいのか?俺たちは婚約したが、サラ嬢とレイは未婚同士だ」
そう、先日マリアとエルグラントから正式に婚約の報告を受けて私とレイは飛び上がって喜んだ。だからたしかに二人が同じ屋根の下で過ごしても問題はない。そして私たちも問題ない。だって。
「問題ないわエルグラント、私とレイはすでに同じ家で過ごした仲だもの」
隣でレイが大きく咳き込んだ。
「んなっ?!」
「なんなら一緒に寝たもの」
「ちょ…っ!サラ様!?」
「さらに付け加えるとレイは私の腕の中で寝たわ」
「ちょ、いや、それは!!」
「なぁに?レイ。本当のことでしょう?」
いかにも否定したげなレイに向かって私は口を尖らせた。
「いや…本当…ではあるんですが…っ」
「マジかよ…」
エルグラントが目を丸くしている。
「本当よ?だから問題はないわ。前例があるんだもの。ね?マリア」
私の言葉を受けたマリアがはぁぁ…と大きなため息をついた。
「まぁ今一番の問題はお嬢様の言葉不足のせいでエルグラントがものすごい誤解をしていることですけどね。…説明するわ。イランニアで借家を借りてそこに滞在してたのよ。そこで共に三人で過ごしたの。一緒に寝たというよりはベッドの上で会話をするために横になられたという方が適切ね。腕の中で寝た件に関しては、慰められたレイが泣き疲れて寝てしまったの。ちなみに全ての場面で私がいました」
「…びっくりした。流石にそのときはまだレイは無自覚だったんだろうが…やっちまっちゃいけないところまでやっちまったのかと…」
エルグラントが安心したようにレイを見る。
ーーそのときは?ーーまだ?
「するわけないじゃないですか!流石に自覚してもそんなことはしませんよ!?」
ーーー自覚?なにを?
エルグラントの言葉をレイが慌てて否定する。
「いや、まぁサラ嬢が言ったことが誤解だとしてもだ。…その時と今はお前の心持ちが違う。だからマリアに聞いてるんだ」
急にエルグラントの顔つきが厳しいものになる。ど、どうしちゃったの…?
「…レイを信じましょう。私たちも充分に気を配っていればいいわ。レイだってもう子どもじゃないんだもの」
「そうか、お前がそういうなら」
そう言ってエルグラントは私に向き直った。うん、皆なんの話をしてるのかちーっともわからないわ。めちゃくちゃ取り残されてる。
でもま、いっか。次にエルグラントが言ってくれる言葉がなんとなくわかるから。
「サラ嬢。歓迎しよう。俺の家に」
お邪魔します!!!