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53.天然二人は斜め上の会話を繰り広げる

「これ、イチゴのお酒だわ!レイ!」

 嬉しそうに隣でぱああと顔を輝かせるサラ様に俺は笑ってしまう。あんまりにも可愛くて。

「俺のはミントの味です」

「本当にここのホテルのお酒は常備している種類が多いのね。それに果物やハーブを漬け込んで作るなんてすばらしい発想だわ。ブリタニカにもあるのかしら?」

「一応、一般的ですね」

 そうなのね、といいながら、サラ様がグラスにほんの少しだけ唇をつけ、すぐに離す。

 その様子を見て、俺はほっと安堵する。

「ちゃんと言うことを聞いてくださっていてよかったです」

「だって、レイに怒られるのは怖いもの」

 そう、一気に飲んでしまうと酔いが回りやすい。本当に舐める程度だけの量をゆっくりと時間をかけて飲んでください、と提言したのをきちんと守ってくださっているのだ。


「怒りはしませんよ」

 俺が笑って返すと、サラ様はなにか急に思い出したように手をパン、と叩いた。

「あっ!そういえば。怒るといえば、今日なんで二回も怒ってたの?」

「今日?俺がいつ怒りました?」

 そんなことがあっただろうか、と今日の自分を振り返るが、思い当たる節がない。

「ほらっ、レイが今日二回もやっとしてたでしょ?あの時。ちょっと怒っているような顔をしていたもの」

 あぁ、あの時か、と俺は考える。だけど、別に…

「怒っていたわけではないんですけど…なんか面白くなくて」

「面白くない?何が面白くなかったの?」


 俺は酒をあおりながら考える。

 …何が面白くなかったんだろう。そもそも何を見たときに面白くなかったんだったか。それならはっきりしている。一つ目は、そうだ、サラ様がエルグラントさんに抱きついたことだ。二つ目は、エルグラントさんがサラ様に敬愛の口づけをしたことだ。

 別に、そこになにか男女間の感情があっただなんて思いもしない。だけど、確かに俺はあの時面白くなかった。なぜだろう。思い当たることと言えば…


「レイ?」

 思考の海に沈んでいた俺をその愛らしい声が引き上げる。

「…正直、ちょっとうらやましかったんだと思います。だって、俺はサラ様にあんな風に抱きついてもらったことも、あなたの手の甲に口づけを落とす誉れもいただいたことがないので」

 そうか、言葉にするとなんだか納得した。エルグラントさんにだけそんな誉れが与えられたことが羨ましかったのだ。勲章や名誉と同じだ。

「そんなことが羨ましいの?」

 サラ様がびっくりした顔をしている。俺は頷いた。

「お仕えしている方からの抱擁や、口づけなどの誉れをいただくことは、やはりすごいことなので。俺より後からサラ様に出会ったはずのエルグラントさんが先にそんな栄誉をもらったことが羨ましかったんです」

 俺の言葉にどんどんとサラ様の顔つきが曇りだしてくる。どうなさったのだろうか。

「…ごめんなさい、レイ…」

「ど、どうされました?!」

 はぁ、とため息をついてサラ様がグラスをテーブルの上に置いた。コト、と小さく音が響く。


「私。無神経だったわ。そうよね。確かにそういったものは一番最初に、一番近くにいるあなたに向けられるべきものよね」

「あっ!でも、それは納得なんです。エルグラントさん、本当にすごい人ですし、今回のことだって、サラ様に感謝する気持ちもものすごいわかるんです!」

 俺は慌ててしまう。しまった。今さっきの言い方だと、完全に誤解されてしまう。まるで自分が先にもらえなかったことを拗ねて、強請っているように聞こえてしまう。違う!そうじゃない…!こともないか?あれ、ダメだわかんなくなってきた。

「それに…抱擁はしていただいたことも、ありますし…」

「一緒に寝た時の?でもあれは慰めの抱擁だもの。エルグラントに向けた抱擁とはちがうから。だからあなたも羨ましいと思ったのでしょう?…でも困ったわね」

 サラ様が急に声の質を変えた。

「困ったわ、レイ」

「どうしました?」

 今度は何を考えていらっしゃるのだろう。

「エルグラントにした抱擁は完全にお父様にするような気持ちでの抱擁だったのだもの。レイをお父さまとは思えないし、これだけ知り合ってしまったら、もう最初のようにお兄さまのようだとも思えないのよ…あれと同じ抱擁は無理だわ」

「無理…ですか」

 残念そうな声が自分からでてきて、俺は我に返る。馬鹿か俺は!何を考えてる。しっかりしろ!

「サラ様、すみません。本当に、抱擁や口づけの権利を願いたいわけじゃないので。もうこの会話は終わりに…」

 すべてを言い終える前のことだった。




 ――――ふわ、と柔らかいものが抱きついてきて、俺は思考が停止してしまう。


「サ…ラッ様…?」

「ふふ、レイ。大好き」


 んなっ!?!?

「大好きよ、レイ。大好き。一番大好き」

 …ん?

 すりすりと、サラ様が猫のようにすり付いてくる。まて。これには覚えがある。

 俺は冷や汗を垂らしながら、そうっと抱きついてくるサラ様の肩越しに、テーブルの上のグラスを覗き見る。



 ――――空っぽじゃないか!!!!!いつの間に!!!

「酔ってますね!?酔ってますよね???!!もう!いつの間に飲んだんですか!」

 やばい、早く寝かせないとこれは四六時中ぴったりべったりコースだ。そんなことになったら俺の心臓が持たない。エルグラントさんとマリア殿にもめちゃくちゃ叱られる。しかもめちゃくちゃ怖いんだよエルグラントさん!!!ああ!もう!本当にいつの間に飲んだんだ!




「それとね、私はレイとする口づけは形式的なものより、やはりこういうほうが嬉しいわ」

 不意打ちだった、どうやって寝かせようか、どうやって怒られるのを回避しようかということに全神経を持っていかれていて、どこか遠いところでサラ様の声を聞いていた。だから反応が遅れた。




 ―――ちゅっ。




 頬に落とされた、イチゴの香りの口づけに。

 


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