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52.エルグラントとマリアのこれから

「祝杯ですか?」

「ええ!いいお酒を飲みましょうよ!」

 私の言葉にレイが苦笑いを見せる。

「…もう今日はいろいろあってお疲れでは?」

 あれ?珍しい。いつもなら笑っていいですねとか言ってくれるのに。

「…嫌?」

 ちょっと悲しい気分になって、しょんぼりしてしまう。そんな私を見てレイが慌てて顔を横に振った。

「いえっ、嫌…とかではないんですが…その、マリア殿とエルグラントさんに先ほど言われまして。距離感をきちんと保つように、と」

「確かに、私もレイも距離感はよく壊れるけれど…エルグラントからそう言われたのならレイはきちんとするでしょう?」

「俺は、きちんとしたいとは思ってるんですけど…その…お酒が入るとサラ様は…」

 あああっ…!!

「そ、そうだわ。私お酒飲むと距離感を忘れていつもご迷惑をおかけするものね…」

「そ…うですね。で、俺もそんなサラ様に近づかれると正直、距離感を忘れないでいるかっていうと自信がなくて…って!勿論エルグラントさんたちが心配しているようなことは絶対しませんが!!なので、今日はやっぱりもう休みましょう?」

「よし飲みましょう」

「俺の話聞いてました!!!???」

 

 即座にレイのツッコミが入って私は思わず笑ってしまう。

「だって、嬉しいんだもの。約束するわ。甘いお酒をほんのちょこっとだけ。レイは酔わないでしょう?私がおかしいことになったらきちんと止めて頂戴ね」

「なんでおかしくなる前提なんですか…」

 レイが一瞬頭を抱える。

 だけど、「わかりました」と言って顔を上げてくれた時に、レイが私の望みを叶えてくれるのだと確信する。

「今日のこと、俺も本音をいうととても嬉しいので。だけどサラ様がおかしくなったらすぐベッドに連れて行きます。いいですね?」

 念を押され、私ははいっと大きな声で答えた。




―――――



「サラ嬢とレイは今頃どうしてるかな」

 ベッドに横になり、エルグラントが尋ねてくる。

 私はベッドの横のソファに腰かけてエールを飲んでいた。俺にも一口くれとかエルグラントがふざけたことを言うので無視で返すことに決める。


 レイが朝に王族の権限とやらを使ったので、私たちは必然的に貴賓扱いになり、エルグラントは救護室から特別救護室へと移された。

 元々いた救護室は簡易ベッドに簡易椅子だけというシンプルなものなので、私は今夜椅子に座りながら壁にもたれて眠る予定だった。だが特別救護室には立派なベッドに、私が足を伸ばしても体が納まるほどの大きくて上等なソファが用意されている。おかげで私は今夜ゆっくりと眠ることができる。


「さぁね。おそらくだけど、お嬢様がお酒を飲みたいとか言ってレイを付き合わせてるんじゃないかしら」

「ぶっ!!!」

 エルグラントが噴き出す。

「また傷口開くわよ」

「あぁ、だがおかしくてな。『俺以外の男の前で酒は飲むな』だったか?いや、正直驚いた。あいつにそんな相手ができるだなんてなぁ」

「レイはモテてたのよね?あなたも幾人か紹介したのではなかった?」

「…ああ。それはな」と前置きしてエルグラントが話し出した。

「いや、ひどかったんだよ。そりゃーもう。あいつが十六歳で入った時からとにかくモテて凄かった。まぁ、あの容姿に加えて才能も頭脳も実技も何もかもがほかの誰よりも抜きんでていたからな。それで交渉団の女性たちが揉めたことがあってな…んで、苦肉の策に俺が仮の令嬢をでっち上げたんだよ。あいつには相手がいるぞーって見せて」

「そんなに…」

 確かにレイは素敵な男性だとは思う。どうしても私の年齢からすると「男性」というより「男の子」という感覚が強いけれど。

 でも、同年代の女の子たちからすればそれはそれは魅力的だったのだろう。揉めるほどに。

「で、ついでにあいつが女性にズボラだとか大事にしなくて別れたって噂もつけてやったんだよな。そしたらあいつの上辺しか見てない奴は、さーっと離れていくんだよ。実際退団したやつもいた。まぁ、そいつらはそれだけの人間だったってことだな…それもあってあんまり女性が好きじゃなかったんだよなレイ…。だから、正直ここで再会して、サラ嬢に対するあいつの態度見て驚いたってのが本音だ」

 エルグラントがくっくっ、と嬉しそうに笑う。

「レイが女性に対して素で接する姿なんて初めて見た。惚れた女の前だとああなるんだなあいつ」

「…最初のうちはまだ、お嬢様の発言や行動を咎めたりしてたことも多かったんだけど、もう最近はだめね。全くの無自覚で口説いているわ」

 とうとう堪えきれずにエルグラントが大声で笑った。

「いいじゃねえか。別に障害はないだろ?身分も問題ない。二人とも王族という道を選ぶも選ばないも自身の意思が尊重される立場だ」

「そう、障害はないのよ。あるとしたらお互いに全く自分の恋愛感情に気付いていないことね。あと、相手からの好意にも全く気付いていない」

 再びエルグラントが声をあげて笑う。本当に嬉しそうなのを見て、なんだか私も嬉しくなる。

 七年で新兵から団長になるほどだ。レイのことは特に手塩に掛けて育てたのだろう。思い入れも人一倍強いはず。そんなレイが大事な人を見つけたことが、きっとエルグラントは嬉しいのだろう。


「不思議な人だな、サラ嬢は」

 エルグラントの言葉に、私は頷きながら二本目のエールをグラスに注いだ。これが終わったらもう少し強いお酒を飲もうかしら。

「…まだいろいろ信じられねえよ。絶対記憶能力に、誤差のない読心術。あと恐ろしく頭が切れる。…あんな令嬢初めて見た。」

「そうでしょう?」

 なんだか私が褒められているようで得意気な気分になる。

「…あと、あれには驚いた。最初、あまりの威厳に頭すら上げられなかった」

 いつの話かしら…と私はエルグラントとお嬢様が初めて会った時まで記憶を戻していく。

「ああ、最初の?」

「ああ、俺が跪いたときのあれだ。あとさっきの口づけを許可されたときも。…正直、威厳だけで言えばシャロン陛下に匹敵するか、それ以上だ。…冷や汗が出るほどの威厳なんて、感じたことがない。王というのは斯くも違うものなのかと思った。まるで別の生き物だ」

「本人も、ある程度意識してあの威厳は出せるみたいよ。私でさえいまだに体の芯が震えるわ」

 エルグラントが深いため息を吐く。

「ほんと、あのアホ王子は…あれほどの器を放棄するなど…国民にとっても痛手だぞ…どうするんだ」

「エドワード陛下が、今お嬢様の冤罪を証明するために奔走してらっしゃるわ」

「そうか…でも、当のサラ嬢の感情はどうなんだ?」

 エールを飲み終わった私は立ち上がり、部屋の隅にある収納庫から高級そうな蒸留酒を取り出す。よし、次はこれを飲もう。

「悩んでいらっしゃるわ。決め切れないみたい」

「そうか…」

 きゅっとコルクを回して栓を開ける。うーん、いい香りだわ。

「女王であろうとなかろうとどっちでもいいわ。私はお嬢様に付いていくだけよ」




「……俺とのことは、これからどうする?」



  不意にエルグラントから真剣なまなざしで言われ、私は瓶をもったまま固まってしまう。

「これから、というと?」

「…結婚とか」

 

 ―――――ゴンッ!! 


 しまった、あまりの不意打ちに瓶をテーブルの上に滑らせてしまった。直下で落ちたので、倒れなかったのだけが幸いだったけど、衝撃でテーブルの上に高級そうな蒸留酒がちょっとだけ零れた。  

「けっ、結婚???」

 顔に熱が集中するのが分かる。こんなの不意打ちだわ。

「いやマジな話さ。どう考えてるんだ、そこんとこ。俺はもう決めてるぞ。お前と結婚するって」

「いや…それは、そうだけど。そんな朝ごはん決めるような感覚で話されても…それに、結婚っていっても、おそらくブリタニカに帰ってからじゃないとできないから、まだだいぶ先になるわよ…?」

 そう、私はもちろんのこと、エルグラントも滞在延長の申請を大使館に提出にいかねばならなかったということは住民権はまだブリタニカだ。ブリタニカの法律で、国内に住民権を有する者は国内で婚姻の届を出さなければならない。そして私たちは今国外追放の身だ。国に戻って婚姻届けを出すことは、大義名分上できない。

 私の言葉にエルグラントは横になったまましばらく考え込む顔をしていたが、やがてゆっくりと起き上がった。

「ばか、寝てなきゃ…」

「ちょっと、マジな話したいから」

 そう言って真剣な表情を見せてくる。

「こっち座れるか?」

 エルグラントが手招きする。ベッドに腰かけろという意味だ。私は恐る恐る立ち上がると、そばへ行き、彼に背を向けてベッドにちょこんと腰かけた。なんか居心地が悪い。


「マリア」


 エルグラントの甘ったるい声が耳に届く。そして、そのたくましい腕がぎゅう、と私を後ろから抱きしめた。


「お前がサラ嬢とこれから先も共にいたいってわかってる。その望みを邪魔する気は毛頭ないんだ」

 うん、と私は頷く。

「でもな、俺ももう一分一秒もお前と離れたくないんだよ」

 …うん。

「クーリニアの滞在が終わったら、また違うところに行くんだろう?」

「…お嬢様がそう望むのであれば。私は付いていくわ」




「…俺も付いて行ったらだめか?」




 その言葉に私は驚いて思いっきりエルグラントに振り向いた。

 穏やかに笑っているのに、その茶色の目が全然笑っていない。彼が本気なのだと知る。

「もちろんサラ嬢に伺いは立てる。彼女が駄目だと言ったら、諦めてブリタニカでお前の帰りを待っていよう。でも、おそらくサラ嬢は容認してくれるだろう。彼女は器の広い女性だ」

「わかっているわ……」

 それ以上言葉が出ない。だって。だってだって…

 

 それは私が言えることじゃないから。私はあくまでお嬢様の侍女だから。そんなことを願っても言える権利はないから。エルグラントに言うこともサラ様に言うことも諦めてた、のに。



 ―――……心のどこかで願っていた言葉をくれるだなんて思いもしなかった。





「…泣くなよ」


 ふっと、エルグラントが笑って私の眦に指を添えて、知らずに溢れていたものを拭ってくれた。

「いつ出発するかはわからねえが、それまでに必ず怪我を治す。治らないうちに出て行くのなら、治ってから追いかけてくる。もう、絶対にお前と離れたくない」

 うん…。うん。

「まだ先になるのもわかってる。この国外追放が終わって、堂々とブリタニカに戻れたその時に、もう一度言うが。…今からお前を繋ぎとめておきたい、マリア、」


 そう言ってエルグラントはゆっくり私を開放して、ベッドから降り私の前に跪いた。

 左手がとられる。だめ、泣きそう。もう泣いてるけど。また涙が溢れてしまう。




「俺と、結婚してくれ」




 ―――はい、と答える言葉が嗚咽に掻き消されずに、彼に届きますように。


 

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