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51.タネ明かしその3

「サラ嬢は…なんでわかったんだ…その…俺が」

「マリアを大好きで大好きで堪らないってこと?」

 これは聞かれるだろうな、と思っていたから、私は悪戯っぽく笑って返した。


「大…っ好き…っ、なのは間違いないが…」

 エルグラントが一瞬赤くなり、声をどんどん小さくさせて返してくれる。

 か!わ!い!い!!!優勝決定この二人優勝決定私の最推しカプ決定!!

 鼻血が出そうになるのをぐっとこらえる。顔がニヤけそうになる。

「マリアから、聞いたわけじゃないんだろ?その…俺と恋仲にあったって」

「ええ、いつもはぐらかされてたもの」

「じゃあなぜ」

「目が読めるの。エルグラントがマリアのことを見て愛情を隠しもしてなかったからよ」


 …。



 ……。



「なあ、もういろいろ理解できないのは俺だけか…?」

 エルグラントがぽつりとつぶやき、レイとマリアが頷いている。

「大丈夫、慣れよ慣れ」

「俺もだいぶ慣れましたね。最初のうちはしばらく今のエルグラントさん状態が続きます」

「…なんだよそれ」


 エルグラントはしばし眉間にしわを寄せていたが、不意に顔をしっかりと上げて私の方を見てくれた。その茶色の目が真剣なまなざしになっている。なんだろう。何かを決意しているわ。


「サラ嬢、今だけ、一瞬だけ、敬意を表すことを許してはもらえないだろうか」


 ぴり、と空気が変わる。エルグラントの視線が断ることを許さない。それ以上に真剣で真摯な思いが伝わってくる。

 正直、私が敬意などを示される対象だとは思えないけれど、マリアのことも含め、そうしなきゃ彼の気が済まないのだろう。

 それなら断る理由も特にない。退ける理由にはならない。

 だから私も答える。精いっぱいの威厳を持って。



「―――許します。エルグラント・ホーネット」



 びくり、とマリアとレイの肩が震え、二人の背筋が伸び、緊張を纏うのが分かる。エルグランとの頬に若干の汗が滲んでいるのを見て少し心配になる。傷が痛むのだろうか。


「感謝いたします。サラ・ヘンリクセン様」

 そう言ってエルグラントはゆっくりとソファから立ち上がり、私の前へと来ると優雅な動作で私の前に跪いた。

「ここにエルグラント・ホーネット。最大級の称賛と賛辞と敬意をあなたに表す許可をいただきたく存じます」

「許可します」


 私はゆっくりと彼に左手を差し出した。恭しく彼がその手を取ってくれる。

 そうして、そっと手の甲に口づけが落とされた。やがてスローモーションのように彼の唇が私の手の甲から離れていくのを見ていると、彼の顔が私に向かって上げられた。

 


 ―――感謝と敬愛。

 


 間違いなくその二つが瞳にありありと映し出されていて、私は泣きそうになってしまう。

「今回のこと、あなたがいなければ私たちはすれ違ったままでした。そして私はこの先おそらく地獄のような日々を送っていたことでしょう。感謝しても感謝してもしきれません。私たちを助けてくださり、マリアを助けてくださり…心より感謝いたします」

 そう言ってエルグラントは再び深々と頭を下げた。

「…レイが力を貸してくれたからです。マリアが、素直に心を開いてくれたからです。そして、あなたが本当にぎりぎりまで努力したからです。エルグラント。私一人では何も成し得ませんでした」

 そっと手が離れる。ふふ、と笑ってしまう。


「…はい、おしまいよ。ありがとう、エルグラント。とっても嬉しかったわ」

「こちらこそ、無理を言って悪かったな。少し気が済んだ。…っておい!レイ!」

 エルグラントが私の背後のレイに向かって半ば呆れたような声を出す。

 思わず振り返ると、レイが面白くなさそうな顔をしてエルグラントを睨んでいた。え、え?どうしちゃったの。


「お前なぁ。いい加減にしろよ?そこまで心の狭いやつだとは思わなかったぞ」

「…嘘でしょう?今のも無しなの…?」

 エルグラントが呆れたように言い、マリアも若干驚いた顔をしている。

「俺もなんだかもうわかりませんよ。でもなんかまたもやってして…!」

「またもやっ!?」

 私は頓狂な声をだしてしまう。

「ちょっとレイ、こんな短時間に二回ももやっ、はおかしいわ。お医者様に見てもらいましょう」

「見てもらったほうがいいんですかね…?」

 胸のあたりを押さえながらレイが首を傾げる。


 のを見ていたら今度は違う方向から笑い声が聞こえてきた。


「ブハッ!」

「ブッ!」


 マリアとエルグラントが同時に噴出している。ど、どうしちゃったの皆。大丈夫?なんか私この二人の感情の変遷についていけてないのだけど。

「駄目…もう、エルグラント…この三代目のヘタレっぷり…っ!死ぬわ…っ」

「ぶぶっ…っ!そりゃ、こいつ女から死ぬほど言い寄られることはあっても…、ぶっ!自分からってのは、俺が知る限り初めてだからな…っ!やべぇ、腹痛い…っ!」

 二人とも笑いをかみ殺して顔が真っ赤だ。三代目というのはレイのことよね。ヘタレだなんて失礼な。そんなわけないじゃない。


 …って!!!!!!


「エ、エルグラント!!!!!血!!!血が出てる!!!!」

「んあ?」

 私の声に跪いたまま笑っていたエルグラントが間抜けな声を出す。

「右わき腹!血が!大変!」

 そう、今の笑ったので縫合が解けたのか、エルグラントの白いシャツに血が滲んでいた。

「うおっ、やっべ。開いたなこれ」

「レイ!!急いで衛兵に連絡を!担架を運ばせて!!」

「は、はいっ!」

 私の言葉にレイが慌てて立ち上がり部屋から出ていく。

「もう、笑いすぎよ」

 マリアが立ち上がり、エルグラントの腕をとって立つのを助ける。

「マリア…マリア、血が…大丈夫なの?」

 私がひやひやしながら聞くが、当のマリアもなんならエルグラントも涼しい顔をしている。

「大丈夫です、傷口が塞がらないうちに勝手に動いたこの人の責任ですから。もう、エルグラントはソファに座っておきなさい。タオル持ってくるからちゃんと押さえるのよ。今日から救護室にトンボ返りね。医者にきちんと謝りなさい」

「へいへい」

 おお…これこそまさに奥様の尻に敷かれる、というやつね。

 そう思っていたら。


「…ずっと、付いててくれるんだろ?」

 エルグラントがタオルを取りに行こうとするマリアの腕をそっと掴み尋ねる。

 途端にマリアの頬に赤色が差す。ん!も!う!か!わ!い!いい!!!!

 悶えそうになっていると、マリアが私に伺いを立てるように視線を送ってきたので、頷く仕草だけで大丈夫よ、と返す。

「…特例よ。本来ならあんな危なっかしいレイを置いておくのは心配なのだから」

「大丈夫だよ、あいつなら。わきまえるべきところは知っている男だ」

「それはわかってるんだけど…たまにお互いに距離感ぶっ壊れてるのよ」

「まあ、サラ嬢が相手じゃな。だが、大丈夫だ。レイを七年間見てきたんだ。そこは安心していい」

「…わかったわ。あなたからももう一度釘を刺して置いて頂戴」

「わかった」



 なんだか、息子の相談をする夫婦みたい。あまりにも微笑ましくて笑ってしまう。



 それからタオルで止血をしている間に衛兵が来てくれて、エルグラントは再び救護室送りになった。


ーーーーーー

 

 夜になってから、もうエルグラントが逃げる心配はありませんからと、マリアがゆっくりと私の寝るまでの世話をしてくれる。すべての世話が終わった後、それでは行ってきますと言って部屋を出て行ったのを見送ってから、私は背後に控えるレイを振り向いて言った。




「ちょっと、祝杯をあげない?」

 

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