49.タネ明かし
部屋の中から咽び泣く声が聞こえてくる。
私は隣で手を握っているレイを見上げた。心得たように頷いてくれる。
そっと扉の横の壁に移動して、そこに背中を預けて時間が過ぎるのを待つ。
「…うまくいってるかしら」
「はい。大丈夫です。…よかったですね」
「ええ」
レイの腕にこてんと頭を預ける。
「ありがとう。レイ…ごめんね、あんな役回りをさせて。しかも私前に印璽は使わないからしまっておいてって言ったのに…自分で自分の言ったこと捻じ曲げるようなことしちゃって」
レイがお返しと言わんばかりに体をぐいと傾けて自分の頭を私の頭にコツン、と押し当ててくる。ふふ、くすぐったい。
「いいえ、大丈夫です。俺に使える力なら何でも使って下さい。それに、そっちのほうがエドワード義兄さんも喜びます」
「あなたは王族として表に出て生きていこうとは思わないの?…レイの威厳、すさまじかったわ。もったいない」
「そうですねぇ…今のところは、交渉団のほうが楽しいです」
王族って肩凝りそうじゃないですか、と笑うレイに笑ってしまう。
「あ…でも」
レイが言葉を続ける。
「サラ様が女王として統治するなら、俺も王族として生きようかな、くらいには最近思ってきました」
言葉の響きが、本気ではない。…いたずらっぽく言ってくれているのが嬉しい。私が気負わないようにだろう。
…正直、まだ決め切れていないから。
――――
「お嬢様、レイ、入ってください」
マリアが、泣き腫らした顔で扉から顔を出してくれたのはどれくらい経った後だろうか。
「お話は、きちんとできたの?」
マリアに問うと、笑ってはい、と頷いてくれた。よかった。ほっとしたわ。
部屋に入ると、エルグラントがとてもいい笑顔で私とレイを迎えてくれた。
「サラ嬢!レイ!」
「エルグラント!!!!」
喜びのあまり、私は駆けだしてエルグラントに抱き着いてしまう。あ、怪我人だったわ、と思ったけどもういいわ。それよりも嬉しさのほうが強いもの。
「よかった!!よかった!本当に心配したのよ!目を覚まさなかったらどうしようって本当に思ってて…」
「そうか、サラ嬢とレイは地震以来入れなかったんだってな。…悪かったな、サラ嬢。不義理にも挨拶もしないで去っていこうとしちまって」
エルグラントが優しく抱きしめ返してくれる。とても幸せな気持ちになる。
「本当よ!許さないんだから…って!ご、ごめんなさいマリア!私ったら人の殿方になんてことを…って、あのうまく…いったのよね??」
思いっきり抱きついていたことに気が付いて、私は慌てて離れてしまう。エルグラントはお父さまみたいな安心感があって、なんにも考えずに抱きついてしまったわ。あと一番気になっていたことをマリアに尋ねると。
「大丈夫ですお嬢様。…私の大切な人同士が仲がいいのはとても嬉しいので」
「…もう、そんな嬉しいこと言わないで。泣いちゃうじゃない」
私だけではなく、エルグラントのこともきちんと『大事な人』と言って答えてくれた。そのことが途轍もなく嬉しい。と、ふとレイにも視線を送ると…
「レ、レイ???」
な、何か怒ってない?なんか不機嫌な顔をしているんだけど。
マリアもエルグラントも一瞬きょとんとしたが、やがて二人とも「ああ」と声を出すと、肩を震わせて笑いだした。
「おい…っ、レイ…っ!おま…心、狭いなぁ!」
「どう考えても、ぶっ、今のは親子のアレでしょう」
ええええ?ちょっと待って、なんで二人はわかってるの?しかも二人の言葉にレイがさらに顔を渋らせるから、私は慌ててレイに尋ねる。
「どうしたの?レイ…」
「何でもないです…なんかちょっともやっとしただけです」
「も、もやっ?それは私のせい?」
「いや、ちょっと自分でもうまくは説明できないんですけど、なんか、こう、もやって。おもしろくないなぁって」
「大丈夫ですお嬢様。レイのことは放っておいてください。こういうのは自分で気づいて納得するのが一番の薬ですから」
マリアが言うので、まぁそんなものかしらと納得してしまう、と。
「ブッ!」
とまたマリアが噴出した。ま、マリア?
「レイ、あなた…っ、最初に馬車の中でお嬢様を抱きしめた時のあの距離感はどこに行っちゃったのほんと…っ、ああもうだめ、おかしすぎる」
「あの時は!まだほぼ初対面で…っ!」
レイをマリアが茶化して楽しんでる光景が微笑ましい。でも、なんていうか…
「マリア、なんかとてもいい顔しているわ」
エルグラントと思いが通じたからだろうか。過去の後悔を乗り越えて生きる道を見つけたからかしら。本当に今まで見たことがないような晴れ晴れとした顔で笑っている。
私の言葉に、マリアはそっと笑いを止めた。優しく微笑んだまま、私へと向きなおり、視線を合わせてくる。
そうして、ゆっくりと頭を下げた。
「お嬢様のおかげです…今回のいろいろ、本当に感謝しています。この御恩、一生忘れません。私の人生をこれからもお嬢様に捧げることを誓います」
「お嬢様に、じゃないでしょう?」
私が言うと、マリアは、肩をピクリと震わせてから、きちんと言い直してくれた。
「はい。お嬢様と、…エルグラントに」
「ええ、期待しているわ」
「つきましてはお嬢様」
マリアがそう言って顔を上げた。真剣な顔をしている。
「…いろいろお聞かせ願えますか?」
そうね、ちゃんと説明するといったんだもの。
「じゃあ、タネ明かしをしましょうか。…それじゃあマリア、まず紅茶が飲みたいわ」
「かしこまりました」
マリアが深々と頭を下げてくれた。
―――――
テーブルを中心に、私とレイ、マリアとエルグラントという組み合わせで向かい合って座る。
テーブルの上には紅茶と、クッキーが並べられている。私も初めて知ったけど、ここファボリの全ての客室には簡単につまめる甘味が常備してあるらしい。
エルグラントは傷がひどく痛むようだからベッドに寝てていいと言ったのに、「そんなわけにはいかない」と言って、頑なに座ると言うんだもの。
それならマリアを隣に置くことという条件でこういう並びになった。
今朝のマリアと別れてから今までの私たちの流れを一通りエルグラントに説明し、私は紅茶を一口飲んでからソーサーに置いて仕切り直した。
「そうね、ええと、まずなぜエルグラントの部屋番号を知っていたかということだけど。まぁ、答えは簡単よ。見たから」
「いやいやいやいやいやいや」
お、最近このツッコミ多いわね。声の主はエルグラントだわ。マリアとレイはもう突っ込むのも諦めてる顔をしている。
「なにを、どこでどう見たら部屋番号がわかるんだ?顧客名簿なんて受付にしか」
「あ」
レイが不意に声を上げた。