40.夕食と、突然の
私はレイに手を引かれ、十階の廊下をレストランに向かって歩いていた。どこもかしこもきちんと掃除されているのがとても好ましい。
そっと後ろを伺うと、嬉しそうな、でもとても寂しい顔でマリアの手をそっと引くエルグラントが見えてしまい、私は思わず前を向く。
愛おしい人のエスコートであんな寂しい顔をしなきゃなんないなんて、寂しすぎる。悲しすぎる。
その表情に見てはいけない二人の過去を垣間見た気がした。
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「お嬢様達から先にどうぞ。先に行ってくださればあまり私たちも見られなくて済みますから」
マリアの言葉に私は首を傾げる。どういうことだろう。レイに目線で尋ねるが、レイも首を捻っている。
十階の奥角の方にそのレストランはあった。入り口に立っている衛兵に名前を告げると、レイが予約を取っていてくれたらしくてすんなりと通された。後ろを振り返り、どちらから先に入る?と尋ねるとマリアが即答したのだ。
首を傾げながらざわつく店内に入っていた途端、
シン、と音が止まった。
「…え?」
それだけじゃない。皆がポカンとした顔で私たちを見ている。思わずレイの方を見ると、当たり前のように「あなたに皆見とれてるんです」と言うけど、これ絶対違うわよね…!!!
ナメてたわ王族オーラ。
なるほど、マリアが先に行けって言ったのはこう言うことなのね。
やだわ、完全に私レイの引き立て役じゃない…
だって皆何故か頬を赤くしてるし、なんならちょっと鼻血出してる貴婦人とかいるし。殿方はいきなり頭髪や髭を整えだすし。いきなりエールから高級な蒸留酒を頼みだした人もいるし。
…これって絶対レイによく見られたいがための仕草でしょ。
「…レイは本当に自重しなきゃ…あなたみたいな美しい人が自分が食事しているところに入ってきたら誰だって驚くわ」
「何を言ってるんです?俺なわけがないでしょう。サラ様ですよ。あなたみたいな美しい令嬢が入ってきた方が何事かと皆思いますよ!」
私とレイは小声で言い合う。
と、後ろで声が聞こえた。
「なぁ、マリアもしかしてあの二人ってものすごく」
エルグラントの言葉にええ、と返すマリアの声が届く。
「似たもの同士よ」
お?マリアちょっと呆れてる声出してる。
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「それならエルグラントは退団後はずっとクーリニアに?」
私とマリア、レイとエルグラントという組み合わせで個室のテーブルに向かい合わせて料理とお酒を楽しんでいる。
ま、私だけジュースなんだけど。
あのあと、普通の席に座って食べ物や飲み物を頼んだり談笑していたら、なぜか何回か令嬢がレイの前によろけてきたり、よくわからない家紋入りの高級そうなブローチを何人かの男性が私のそばに落としてきたりして、全然落ち着かなかったのだ。
だから、店員さんが個室を用意しますと慌てて言ってくれて本当に助かった。
そうやって今私たちはのんびりと会話や食事を楽しんでいる。
通された個室は、またしても本当に豪奢な作りだった。マリアが今座っているところの後ろには、大理石で作られた相当な値打ちのものと見られるモチーフの大きな美術品があるが、そういった装飾ひとつひとつがとにかく美しい。まぁ、マリアの後ろにあるそれは独創的すぎて何を象っているかまではわからないけれど。
「ああ。エールがなんせ抜群に美味いからな。拠点はクーリニアだが、各地を転々と歩いてはここに帰ってくる。そんな生活だ。どうせもう働くこともない人生だ。あとはのんびり好きなことでもしようかと思ってな」
「なんて素敵な生き方かしら」
私がほう…っとため息をつくと、すぐさまマリアから、
「ただの酒好きですよ」
との横槍がはいる。んもうっ!マリアてば!自分だってそうじゃない!
本当にびっくりするほど二人は普通だった。…いや、普通にしてくれていた。
目の奥に寂しさをこれ以上ないほど含ませながら、通常の会話を交わす二人。なんて悲しい光景を私は見せられているのかしら。
ーーーなんでなの。なんでこんなにお互いに想い合っているのに、そっぽ向いちゃうの。
そう言いたいけれど、マリアのさっきの言葉を思い出す。
『お願いします。目は読まないでください。もし読めたとしてもお言葉にはせずお嬢様の心にしまっていていただけませんか?』
うん、約束だもの。そう思って私はグッと言葉を飲み込んだ。
「サラ様?」
レイが私の感情の機微に気付いて心配そうに覗き込んでくる。もう、ほんとこういうところ大好き。
「あっ、そういえば」
脳の思考を切り替えねばと私はレイとした約束を思い出す。
「レイとマリアの前ではお酒飲んでいいのだったわよね?…少しだけ飲んでもいい?レイ」
私の言葉に、レイがグッと言葉に詰まる。
「…お酒、ですか…」
「だめ?」
「んんんんんんーだめではないんですけど…」
「お?お前サラ嬢の酒量まで管理してんのか?なんだ、束縛したいタイプなのか?」
エルグラントが笑いながら言って、レイは慌てて否定する。
「違いますよ!そうじゃなくて!お酒飲んだ時のサラ様は、なんていうか…とにかく……っ!、!」
「お嬢様はお酒飲むとところ構わず誰かについて行くし愛想振りまくしとにかくべったりなので、毎回毎回耐えられなくなって爆発する被害者が主に一名出るのよ…」
マリアの言葉に私は頬を膨らませる。それは誇張しすぎよ。あ、でも…どっちにしろだめなんだわ。今日は飲んじゃいけない。
「そうか、今日はエルグラントがいるからお酒はだめね」
ふと呟くと、周りの三人が訝しげに私を見た。二人は訝しげに見るのはわかるけど、言った当人がそんな顔見せないでよ、レイ。
「だってレイが言ったんだもの。『俺以外の男の前で酒はやめていただけますか。その迷惑を他の男に向けられるのは俺がどうしても我慢できないので。俺なら全て受け止めるんで』って」
…ん?なんか私変なこと言ったかしら。
レイは顔を真っ赤にしてるし、エルグラントはぽっかりと口を開けてるし、マリアに至っては最上級に呆れた顔をしている。
「ちょ、ちょっと、どうしたの皆」
「お前…そんなこと…言ったのか…??それは、流石に俺でも言えないぞ…??」
「…距離感、と言ったでしょう??」
エルグラントとマリアからの言葉にレイがひどく動揺している。
「いや、お、俺もこんな、なんか、え?あ、こ、こんな他の人の口から出ると凄いこと言ったな…っていま自覚して動揺してるくらい、で…っ!…っ??!」
「なんで、レイが動揺してるの。それとも嘘だったっていうの?自分で言ったくせに」
私がむくれて言うと、レイは本当に慌てる。
「ち、違います!!本当に大事で愛おしくて、…お酒飲むと可愛くなりすぎて誰にも見せたくなくて…誰かに見せられるくらいなら、俺だけに見せて欲しいなと思ってるだけで…っ!本当にそこに他意などありませんから!」
エルグラントがそんなレイを見ながらマリアにこそこそ話しかけている。
「ちょ、っとまてマリア。この二人は、そういう、あれなのか?」
「いいえ。むしろその感覚すらないわ」
「他意だらけじゃねーかあいつ…。マジかよどんだけ鈍いんだよ…」
「こっちの嬢も負けず劣らずなので」
目の前の二人は何を言っているんだろう?そんな私が呑気に考えてた、
ーーーそのときだった。
私以外の三人の動作が止まる。顔つきが一瞬でバッ!と即座に変わった。椅子からいきなり立ち上がると、ぐるりと身を翻して放射線状にお互いに背中を向け合い、わたしを守りながら何かを迎え撃つ体勢に変わった。
…ど、どうしたのだろう。
「…なんだこの音」
「なんでしょう」」
エルグラントとレイが言っている。
「不気味な音。そしてこれは、なに?まるで地中を虫が蠢いているような感覚」
マリアの言葉に、私以外の皆がそっと頷く。なんなのだろう何が起きているんだろう、さっぱりわからない。
そして、それはいきなり来た。
ものの数秒後、
ゴオオオオオオオオオというものすごい強い地鳴りの音と、共に。