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39.久々の格好

「マリア、本当に大丈夫?無理しなくてもいいのよ」

「いいえ、大丈夫です。エルグラントとはきちんと話ができましたから。むしろ、機会を作ってくださってありがとうございます。有益な時間でした」


 ―――いや絶対嘘でしょう?

 そしてマリアも私が嘘だと気付くことをわかって嘘を吐いている。ということはこれ以上踏み込んでほしくないということだ。


 レイとあの後図書室に行って少し読書をしていると、支度の時間を入れても夕飯に向かうのにいい頃合いになった。またぜえぜえと息を切らせながら十階までを上り、部屋に戻るとエルグラントの姿はもう無かった。

「いったん、自分の部屋に戻るそうです。夕食にはエスコートの為にここにくると言っていました」

 そう、エルグラントはこのホテルに部屋を取っていた。

 そういえば確かに。普段王都の近くには住んでいないといっていたし、滞在の延長の申請に来たといっていたし、交渉団として使うことが多かったならまずここに泊まるだろう。


 でもそんなことよりも、マリアの雰囲気が全く変わっていてしまったことに私は胸を痛めた。明らかに泣きはらした顔は全然すっきりしていなかった。

 目を見なくてもわかる。何か悲しい決断をしたのだと。…だいたい予想は付くけれど。


 隣で立っているレイも心配そうな顔をしながら口を開いた。

「じゃあ、夕食の場所と時間を衛兵に言づけてもらいますけど、本当にいいんですね?」

 レイの言葉にマリアがこくりと頷く。


 ここのホテルは絶対に客の止まっている部屋番号を明かさない。

 そのため、泊まっている人間が知り合いなら個人的に聞くか、伝言があれば各階に待機している衛兵に言づけを頼むしかない。そうするとそこから一度受付へ連絡が入り、受付から言づけをする相手の階の衛兵へと連絡が入る。支度の時間を含めてもそろそろ言づけが必要だった。


「それなら、行ってきますね」

 そういってレイは十階で待機している衛兵へと言づけを頼みに出て行った。

 十階にある、レストラン『カーサ』。今日の夕飯の場所はそこだった。クーリニアの街並みを見ながら食事ができるそこは、このホテルに複数あるレストランの中でも人気のレストランだった。

 ん?なぜそこにしたかって?

 ごめんなさい!もう無理!もう無理!もう十階までの階段上り下りは無理!

 すでに足ががくがくプルプルしている。もう歩けそうになかった。


「マリア、私は余計なことをしてしまったかしら?」

 駄目、踏み込んじゃいけないとわかっているのに。こんなマリア、見たことない。

 かつてお父さまがマリアが来たとき『いつも何かを耐えている顔をしていた』と言っていたけど、こんな感じだったのかしら。

「大丈夫です。お嬢様、むしろ積年の思いをぶちまけましたのですっきりしました」

 

 だから、全然その顔納得してないから!全然すっきりした顔してないから!

「お嬢様、お願いです。夕食の席では私も普通にします。エルグラントも。…大人ですから。だからお願いします。目は読まないでください。もし読めたとしてもお言葉にはせずお嬢様の心にしまっていていただけませんか?」

 マリアのお願いに私は頷く。これは二人の問題だから、たとえ私が何か感じたとしても皆の前でさらすようなことはすべきではない。

「約束するわ」

 私の返答にマリアがほっとした顔をする。


「ありがとうございます。ではお嬢様、一度お着替えをしましょう。お久しぶりのドレスです」

「え?なんで?」

「カーサは少しですが格式が高いレストランです。といってもブリタニカでお嬢様がお使いになっていた程の格式ではありません。ドレスコードがあるくらいです。さすがにワンピースでは入れないので」

「うえ…そうだったの…酒場に行きたかったわ」

「うえ、とかいうんじゃありません。あと酒を覚えだした若者のようなこというんじゃありません」

 最近食事と言えば気軽なカフェやレストラン、もしくは家でということが多かったので、そう言ったレストランは久しぶりだ。もちろんドレスも。

「あ、てことはマリアも?」

「はい、私もドレスを着ます。さすがに侍女として後ろに立っているような場でもありませんので。同席させていただいても?お嬢様」

「何を今更」

 笑うと、マリアもまたふと優しい顔で笑ってくれた。そのことに少し安堵する。

「あっ!間違ってもレイに団服着ないように言わなきゃ。あの人護衛中ですからと言って団服着そうじゃない?」

「それは…そうですね。変に抜けてますからね。レイは」

「そうそう、ド天然」




「悪かったですねド天然で」




 不意に背後からぶすっとした声が聞こえ、私はびくっとして振り向いた。

「あ…レ、レイ」

 ていうか!背後に帰ってきてたの気付いてたでしょマリア!教えなさいよ。そう抗議の目を向けるがしれっとされている。

「俺のことをド天然と言いますが、サラ様だってどうです?先ほどもカフェで男の目線にも気づかない、俺にだって人前で平気であーんするわ、気の抜けた笑顔を振りまくわ、平気で俺に寄りかかってデートしましょうだのいってくるわどんだけ天然なんですか可愛いんですかいい加減にしてください」

「そ!それを言うならレイだって!!」

 これは言いっぱなしではいられない。そんなこと言うなら自分の方こそ!

「自分だって令嬢やご婦人方の視線に全く気付いてなかったくせに!あと、さらっと私の口元の残りを拭ってくれるしサラ様のことしか考えてないとか平気で嬉しいこと言ってくるし、デートみたいで楽しかったからって自分のお金出してくれるしそんなスマートなところもカッコいいし最後には頭コツンてしてくれるしそういう嬉しいことさらっとやっちゃう当たり全部ド天然なのよ!」




「はいはいはいはいはいはい」


 ん…?なんだろう。なんか背後から黒いオーラが。

 恐る恐る振り返ると、顔に「呆れた」と書いてあるマリアが冷たい声で突っ込んでいた。


 そしてマリアの目がこれ以上なく吊り上がる。あ、怒られる。

「このド天然カップル!ただでさえ目立つくせに人前でイチャイチャしてさらに目立ってどうするんです!!!どうせそんなことしててもお互いに無自覚でなんも考えてなくて何なら「楽しかったな~これがデートか~またしたいな~」くらいの綿菓子よりはるかにかっっっっるい気持ちなんでしょうけど…ってもう疲れたわこの流れ!!!」


「距離感!私がいなくても!距離感思い出す!!!!」




「「はいっ!!!!!」」


 史上最高に私とレイがハモった。





――――――――



「…これは、犯罪の匂いがしませんか?」

 目の前でレイが物騒なことをマリアに向かって言っている。

「一応自重したのよ、ドレスも比較的シンプルなもので。でもダメ。十六歳から十七歳になる間のこの美しさは特に隠せるものではないわ」

 マリアもはぁぁっとため息をついている。

 そんなこと言ってるマリアも、シックな水色のドレスで、髪の毛もハーフアップにしていていつも以上にとても綺麗なんだけれど。


「その…美しいといってくれるのは嬉しいけれど大げさでは?」

 私の言葉に目の前の二人は残念そうに首を横に振る。

「私も迂闊だったわ。最近はワンピースに薄化粧というスタイルが定着してたから、本気で着飾ったお嬢様がどうなるかすっかり忘れていたもの」

「…これは目を引きますね。ちょっと俺も護衛として気を引き締めないと」

「…まぁ、そんなこったろうとは思ってはいたけど」

 レイの言葉にマリアがさらに深い溜息をついた。



「あなたも自重してくれない?」

「へ?」

 レイに言い放つ。これに関しては私も激しく同感。


 だって!!!

 一言で言ってしまうと、もう、ものっっっっっっすごいカッコいい。

 今日のレイは王族のような服ではなくて、ごくごく一般的な上流階級のタキシードを着ているだけなんだけど、本気で物語の中に出てくる王子様ってこんな感じなのではないかしらと思うほどのカッコよさに加えて、王族としての気品、オーラ、すべてが駄々洩れていた。

 こんなのでホテル内を歩いたら目立つどころの騒ぎではないのではないかしら。死者とか出るんじゃないかしら…大丈夫かしら…


「お嬢様とレイが並んだら……いいえ、もういいわ、いろいろ諦めたわ」

 ため息を吐くマリアに何と声を掛ければいいんだろう。

 …え、ええと、なんだかごめんなさい?


 その時、ノックの音が鳴った。

 はい、と返事をすると、「失礼するぞ」という声とともにエルグラントが入ってきた。その姿を見て私は思わず声を上げる。

「エルグラント!すっごく素敵よ!」

「おう、ありがとうな。サラ嬢も…本当に美しい。こりゃあ、犯罪の匂いがするな…」


 ん??レイと同じこと言ってる。


「レイも相変わらず、駄々洩れ王族オーラ隠せよ」

 くっくっくっと笑ってる。ほんと、それには激しく同意。


「あと、マリア…」

 声音が、そっと優しくなったのが分かった。ちら、とエルグラントの目を見てドキリとしてしまう。

 本当に愛おしくて愛おしくて堪らないものを見る目。宝物を見るような。



 そして…こちらまで悲しくなってしまうほどの、ひどく寂しい目をしていたから。



「初めて見たな。そういう格好。……とても綺麗だ」

 ありがとう、とマリアがほんの少し頬を染めて視線を逸らしている。

 もう!もうもう!かわいいんだから!!!! 


「それじゃ、エルグラントはお嬢様のエス…」


 ―――…っ!!だめ!

 マリアが告げる前に私は素早く息を吸い、空気が変わるように言い放った。


「レイ、エスコートを」


 皆の肩がびくりと震えたのが分かった。レイが、いつもよりかしこまって「仰せのままに」と返してくれる。

 有無を言わせぬ言葉の放ち方をして申し訳ないと思ったけれど。

 



 でも、ごめんねマリア。

 きっとあなたは今何かの理由でとてもエルグラントと気まずいのでしょうけど。




 エルグラントが心から愛する人をエスコートするのを、見てみたいと思ったの。

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