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4.王国交渉団団長

 私の言葉にお父様が「陛下」と声を掛けた。え、お父様、陛下に直々にお願いしちゃったんですか?と目線だけで問えば、お父様がその端正な顔立ちでウインクしてきた。いやウインクじゃなくて。私個人の我儘なお願いに国家最高権力使うなんて何を考えてるの。

「レイモンド・デイヴィス、入れ」

 陛下の声掛けに、扉の向こうから、「はっ」という声が聞こえた。失礼しますという声ののちに、扉が開けられ一人の青年が入ってきた。金色の髪を短く刈り上げている。陛下よりやや薄いアイスブルーの瞳がとても印象的だ。とても端正な顔立ちをしている。モデルと言われても頷いてしまうかもしれない。綺麗な人、と最初の印象がそれだった。顔つきはとても優しいのに反比例して体つきがまるで鍛え上げたように筋肉質で、高身長な彼によく似合う白い団服を着ている。ん?団服?とそこまで考えて思わず声が出てしまう。

「へ、陛下!お父様!この方は…っ!」

 私の言葉に目の前の男性が跪き、頭を垂れた。

「お初にお目にかかります。レイモンド・デイヴィスと申します。この度国王陛下より勅命を受けましてサラ様の護衛並びに従者として同行させていただく栄誉を承りました。誠心誠意務めさせていただきます」

 うむ、と陛下が神妙に頷く。いや、うむじゃなくて。この人は。

「まさに適任だな」

 とお父様が言う。いや、適任どころじゃなくて。

「不足はありませんね」

 続けてお兄様も言うものだからどんどん頭が痛くなってきた。

「どうかサラ様。私のことはレイとお呼びください」

 わかったわ、レイこれからよろし…ってそうじゃなくて!


「な、なにを考えてらっしゃるんです?お三方とも!こ、この方は!」


 心なしか目の前の三人が当然だといわんばかりの顔をしている気がするが、それは気のせいだろうか。


「我がブリタニカ王国交渉団の三代目団長様じゃありませんか!」



 ブリタニカは接面するすべての隣国と同盟を結んでいる。十数年前、前女王、現国王の意志によりブリタニカは不戦の誓いを近隣の国々と結んだ。戦争では何も生まれない。血を流すことは倫理に違反する。悠久なる平和を、このブリタニカと近隣の諸国に。

 甘言だと誰もが思った。だが、前女王はその誓いを見事に果たしてみせた。一から信頼関係を築き上げ、敵対関係だった国を友好関係に好転させた。見事な手腕だったと、その王政の元女王に仕えていた臣下たちはいまだに口を揃える。

 不戦の誓いにより騎士団の縮小が行われたが、それに伴い一つ騎士団より上位の新しい組織が作られた。それが「交渉団」だった。戦争が必要なくなったとはいえ、国家間の諍いがゼロになるわけではない。それらの諍いの収拾を行うのが交渉団の仕事だ。だが、この交渉団に求められる資質は騎士の比ではなかった。騎士のような強さに加え、外交術、交渉術、人心掌握術、話術、すべてを一定以上クリアしてなければこの交渉団に入ることはできなかった。つまりエリート中のエリートだ。

 王族の下に位置するあらゆる機関の最上位にある交渉団。さらにそのトップともなれば、仕事の量、責任、どれか一つだけを考えたとしても一公爵令嬢の国外追放についてくるような人物であるはずがない。しかも記憶によれば…

「れ、レイモンド様」

「レイとお呼びください」

 いまだに頭を垂れたままの目の前の男性に恐る恐る声を掛ける。が、瞬殺で訂正された。

「れ、レイ…」

「はっ」

 いや、はっじゃなくて。

「貴方様は、この間三代目の団長に就任したばかりじゃありませんでしたか?」

「はい、そうです。敬語はおやめください。敬称も。不要です」

 すぱっと敬意を無駄なものだと切り落とされる。容赦ないわこの人。そして逆らえない。

「そ、それなのに私なんかの護衛について大丈夫なん…の?トップがいなくなると組織的にまずいんじゃないの?」

「トップが不在なくらいで崩れるような組織ではありません」

 いやそりゃそうだけど。でも…

「でも、私は国外追放なのよ?冤罪だとしても表向きは大罪人よ?そんな人間に付いて動くだなんて、あなたの評判や経歴に傷がつくわ」

「そんなものになんの価値がありましょう?」

 そういってレイはにこっと笑って上を向いた。この目は、嘘やその場しのぎの言葉を言っている顔じゃない。あまりの端正な顔立ちの笑顔の破壊力に言葉がうっと詰まり押されそうになる。でも、ダメ。私が勝手に起こした問題でこんな善良で有用な人を振り回しちゃいけない。

「だって、でも…あなたは…」

「サラ、愛しい義娘(むすめ)よ」

 なおも続けようとする私の言葉を陛下の穏やかで、でも有無を言わせない重厚な言葉が遮る。その言葉の響きを聞いた途端、ああ、もうあがくのは無理なのだわ、と悟った。

「私は、まだ諦めてはいないのだ。そなたを女王とすることを。シャロンに誓ったのだ。そなたを女王にすると。シャロンも言っていた。「次期女王はサラしかいないわ、と」」

 一語、一語、噛み締めるように、私に言い聞かせるように国王が言葉を紡ぐ。

「私も、次期女王はそなた以外に考えられないのだ。サラよ」

「ですが、アース様との婚姻がなくなった時点で私にはその権利は…っ」

「どうにでもなる。そなたを養子にしてもいい。第二、第三王子に嫁がせても構わない」

 断固とした物言いに、国王の意志がゆるぎないものだと確信して私はゴクリ、と喉を鳴らした。

「だが、その前に片づけなければならない問題がある。そなたの冤罪を晴らすことだ。時間はかかるだろう。だが、必ず無実を証明して、わが愚息アースの言葉を撤回させる。それまで国外追放という無理を強いることになる。…だからこれはせめてもの私からの罪滅ぼしだと思ってくれ」

 陛下の声が消え入りそうになる。どれだけ今回のことで心を痛めたか、手に取るようにわかるようだった。

「今のそなたにこういう質問は酷だということだけは重々承知している。どうか、我が最も信頼する側近レイモンドを連れて行ってくれ。そして、どうかすべてが終わった時には」

 言われる言葉がわかって、身構えてしまう。だめ、もうすでに一回捨てたその可能性を考える余裕はないわ。



「女王として戻ってきてはくれないか?」


 返事は、できなかった。


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