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34.マリアとエルグラントの過去【前編】

 十八年前、ブリタニカ王国騎士団団長室。


「本当にやっちゃったのね、シャロン…」

 マリアは今しがた手元に届いた王室からの便りを見て言葉を漏らした。

 良質な座椅子の背もたれに背を預けてふーっと息を吐く。

「さて、皆は身をどう振るのかしら…」

 目の前の便りにはこう記されてた。



『近隣諸国との不戦の誓い締結による騎士団縮小、並びに新機関発足について』



「マリア、入るぞ」

 こんこん、と扉をノックする合図とともに副団長のエルグラントが入ってきた。

「ちょっと、入室許可出してないわよ」

 マリアは怒気をはらんで言葉を出すが目の前の男は意にも介さない。しれっとしたまま言葉を返してきた。同期入団でいついかなる時も行動を共にしてきたマリアとエルグラントの間に遠慮などはない。

「五番隊の隊長が食あたりによる体調不良だそうだ」

「平和なこって」

「くさるなよ。俺たちの出番がないってことは、平和だって証拠だ」

「そうね。でもこれから先もっと出番がなくなるわ。あなたも身の振り方を考えなさい。エルグラント」

 マリアの言葉にエルグラントはん?と首を傾げる。

 王室からのお達しよ、と言ってマリアはエルグラントに今しがた見ていた書類を手渡した。それを興味なさそうに黙読していたエルグラントの目が見る見るうちに開かれていく。

「おい…これ」

「ええ、騎士団は縮小されるわ。おそらく現在の三分の一程度に」

「そんなに…」

「そして残りの三分の二は交渉団へ入る訓練を受けさせられる。…戦う必要が無くなったのだもの。騎士は必要ないわ。剣の代わりにペンを。盾の代わりに紙を持つ時代が来たのよ」

 マリアはふう、と息を吐く。解雇というわけではないけれども、騎士に誇りを持つ者が果たしてこの新機関に順応できるのか。そして、順応する、と言うレベルにさえ達しない者も恐らく出てくるだろう、と考える。

「ここにも書いてあるが交渉団とはなんだ…見たことも聞いたこともないぞ」

「シャロンが考案した新機関よ。そこに入る人間は騎士としての強さはもちろんのこと、交渉術、話術、人身掌握術全てにおいて長けていないといけない」

「そりゃあ…また」

 エルグラントが苦笑いする。

「中にはそういうのが得意な奴もいるが、半数の奴らはただの脳筋バカだ。…これは、騎士団に残れなかった奴は職を失うな…」

「頭が痛いわ」

 そう言ってマリアは再び溜め息をつく。

 もちろん家族がいる団員もいる。皆に生活があり、生きていかねばならない。辞めざるを得ない状況に陥らせるのはあまりにも不憫だった。

「マリアはどうするんだ?」

「交渉団に行くわ。シャロンが女王となって初の機関だもの。出来るだけ上にいる人間が彼女の王政を後押ししなければ」

「そうか」

「エルグラントはどうするの?あなたこそ脳筋じゃない」

「…言うなよ。確かに学はねえもんなぁ…」

「あなたなら騎士団に残れるわよ。技術面ではトップクラスじゃない」

「本当のトップのマリアに言われてもな」

 むしろバカにされた気分だ、とエルグラントが言い、マリアは笑ってしまう。

「あなたとトップを走るの、結構楽しかったのにね。残念だわ…まぁ今考えるべきは、どこにも属せなくなる可能性のある団員達のことよ」

 シャロンに話して受け入れてくれるような機関を考案してもらうか。もしくは縮小幅をもう少し広げてもらうか。

 マリアが思考の海に入り出したときだった。



「…お前が交渉団へと引率すればいいんじゃないか?」



 エルグラントからの不意な言葉にマリアは思考の海の入り口から引き戻される。

「どういうこと?」

「だから、お前が引率するんだよ。そういった落ちこぼれちまいそうな奴らを。知恵やあらゆる術を教え込み、叩き込み、何がなんでも手前の力で残るんだと奮起させてやれ」

 あまりにも当たり前のように言ってのけるエルグラントの言葉にマリアは笑ってしまう。

「寝言は寝てから言ってくれないかしら?責任負いきれないわ」

「…一緒に責任負ってやるよ」

 エルグラントの言葉にマリアは目を見開いた。

「あなた、騎士団に残るんじゃないの?」

「そんなこと一言も言ってねえだろ」

「学がないんじゃないの?」

「地頭はいいんだ。叩きこみゃなんとかなる」

「それ自分で言う?!」

 思わずマリアは声をあげて笑ってしまう。


 だが、その笑いもすぐに止まってしまう。エルグラントがマリアをしっかりと見据えて力強い響きを言葉に持たせて言ったからだ。



「命じろ、団長。自分についてこいと。俺だけじゃない。皆に命じろ。俺たちが心から尊敬してやまないあんたの言うことなら絶対皆は付いていく」



 あまりにも確固としたエルグラントの言い方に、マリアもごくりと唾を飲み込む。

 そのまま沈黙が流れる、一分、二分。時計の針がカチ、カチ、と音を立てているのすら聞こえる。

 ほんの少し長い沈黙を破ったのはマリアだった。




「…本当に一緒に責任とってくれる?」

「ああ」

 間髪入れずエルグラントが答える。



「団員皆を、皆の生活を守れるかしら」

「ああ。絶対にできる」



「もし出来なかったらどうやって責任取るの」

「最後の最後の最後に、どうしても残れない奴がいるならお前と俺の辞表と引き換えに、団員を守ってやろう」

 エルグラントの言葉にマリアは驚く。まさか自分たちのクビをかけるだなんて思っていなかったからだ。

「……本当に、私より貴方の方がよっぽど団長格だわ」

 マリアはほっと肩の力を抜いた。


ーーー確かに最後の最後の切り札だけど、なるほどそのカードを使えば全団員の生活を守ることはできるかもしれない。


 そう考えると急に楽になったマリアは思わず軽口が出てしまった。




「どうするの?二人とも無職になったらその先の生活は。いやよ、私二十二歳で無職だなんて」

「その時は俺が一生面倒見てやる」




 間髪入れずにエルグラントが笑顔で返してきて、マリアは言葉に詰まってしまう。

「また…そういう冗談を」

「赤くなりながら言ってんじゃねーよ」

「!!ちょ、やめてよ!私免疫ないのこういうの!」

「可愛いなぁ!」

「だからやめてってば!」

 マリアが全力で怒り、エルグラントががははと笑う。ひたすら笑った後、またいつも通りのおおらかな顔に戻りエルグラントは言った。

「…さてと、そうと決まれば俺は全団員に集合をかけておく。二十分後だ。いいな?」

 即座に切り替えたエルグラントにマリアも神妙な顔を取り戻し頷く。


 じゃあな、と言って手をひらひらと振りながら団長室を出て行こうとしたエルグラントが扉の前で振り返ってにかっと笑いながら言った。



「冗談じゃねーからな」


 ーーーパタン。

 扉の閉まる音と同時にマリアは机に突っ伏した。



ーーーーー

 二十分後。騎士団演習場大広場。


 整然と並んだ騎士達の前に団長のマリアは立っていた。



「本日、王室から通達があった!近隣諸国との不戦の誓いにより、これから先わがブリタニカでは悠久の平和が訪れるであろう!」


 誰も言葉を発さない。大勢の人間がいるのに、誰一人いないような感覚すら覚える静かさの中でマリアは一人声を放っていた。


「だが、それは同時に我々の力を必要としない時代が来たということだ!それに伴い、我らが騎士団は縮小されることが決定した!」


 わずかに息を呑む音があちらこちらからマリアの耳に届いた。そして青い顔をしているものも、不服そうな顔をしている者もいた。


「騎士団は縮小されるが、さらに高位機関である『交渉団』が設立される!望む騎士はその機関に優先的に入ることが許されている。しかし騎士として以上に求められることは多い!知識に加え話術、人心掌握術、交渉術あらゆる分野で秀でていなければならない!」


 ふう、とマリアは息を吐いた。そうしてもう一度声を張り上げた。


「交渉団へと高みを目指せる者はそのまま目指せ!騎士の道以外を考えられぬ者はそれを貫け!…だが!!」


 マリアは最後に一際声を張り上げる。

「自分には無理だと思う者!不可能だと思う者!望んだものの騎士としての道を諦めざるを得なくなった者は!!!!」



 凛、とした声が青空のもと遠く遠くへと届く。



「私に付いてこい!!!!!!」



 マリアは言葉を続ける。


「私は絶対にお前達を見捨てない!最後の最後まで共にあろう。女王が設立した新機関にて高みを見せてやる!最高を見せてやる!己の能力が解き放たれる瞬間を見せてやる!!!これから誰一人欠けることなくお前達の人生を守ってやる!!!!だから…」


 ビリリと空気が揺れているのを誰もが肌で感じた。




「私を信じて着いてこい!!!!!!!」




 おおおおおおおおおおお!!!!!!と誰もが高揚し、地を揺らすほどの歓声が上がった。一人一人が顔を輝かせ、新しい王政に期待に胸を躍らせた瞬間だった。

 



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