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33.レイは耳がいい

「…婚約、破棄に国外追放…あのア…ース王子…」


 …今絶対アホって言おうとしたでしょう?!

 あれから、呆然とするエルグラント様を引っ張ってソファに腰かけさせて、私たちは四人でマリアの入れてくれた紅茶を飲んでいた。当たり前だけど、水がおいしいから紅茶もとてもおいしい。

 ざっとだけれど、婚約破棄からの流れを説明するとエルグラント様の眉間にどんどん深い皺が寄ってきた。

「なんてこと…シャロン陛下の顔に泥を塗るようなことを…」

 エルグラント様が頭を項垂れて、ものすごく大きなため息をついている。

「エルグラント様はご存じなかったの?」

「ブリタニカを出てからは、どの国でも王都周辺では生活していませんでしたから。今日大使館に行ったのも、滞在の延長の申請に行っただけでしたのですぐ外に出ましたし、耳に入ってくることはなかったです」


 その言葉に私はあっ!と肝心なことを思い出す。

「そういえば、大使館を出てからレイとマリアが何かに気付いたじゃない?それで走り出したって…まさかエルグラント様に気付いて…?」

「いえ、俺はさすがにエルグラントさんだと思っていませんでした」

「私もでした。ただ微弱にこちらを伺っている気配に気付いたもので」

「そ、そうなの…?私全然気付かなかったわ…」

「気付かなくて当たり前です。よほどの訓練を受けていなければ、あの気配はわかりません」

 レイが言ってくれてほっとする。

「むしろお嬢様は敏感なほうです。ヴォルト酒場の帰りの尾行もすぐに気付いていたじゃないですか」

「あー確かに。あれはほんと凄かったです。一介の令嬢にできることじゃないです」

 お、これは褒められてる?えへへ、と笑っていると、目を丸くしているエルグラント様と目が合った。

「?エルグラント様、どうなさいました?」

「はっ!これは大変なご無礼を。あなた様を凝視するな…」

「バラすわよ」

 もー本当このやり取り疲れる。あっ…とか、え…っとかめちゃくちゃ慌てているけどそんなのどうでもいいから普通に接してほしい。

「…失礼ながら、その…マリアとレイは、普段からお嬢様に対してそのような言葉遣いを?」

「ええ」

 エルグラント様がいよいよ信じられないといった顔をして私とマリアとレイを交互に見ている。

「私は、正直もう次期女王でもないし、ただの公爵家の令嬢。爵位を持っているわけでもないし、エルグラント様に敬意を払われる立場ではないわ。お願いだから、普通にしていただきたいのだけれど」

「エルグラント。諦めなさい。お嬢様はこういったらもうあなたが態度を軟化させるまで言い続けるわよ。最終手段に何か弱み握って脅してくるくらいはするわよ」

 あ、それさっき実行済みでーす。

「…サラ様は、そっちのほうが喜ばれますから」

 レイが援護射撃してくれる。いいぞもっとやって。

「…本当に構わないのですか?」

 おお!エルグラント様が動き出した!私は前のめりになる。

「もちろんよ!お願い。私、あなたと仲良くなりたいの。できれば敬称と敬語もやめてほしいわ」

「いやそれはさすがに…駄目だよな…?」

 マリアに助けを求めるように視線を送るが、当のマリアは涼しい顔をしている。


 うーん、と私は唸る。と、一つのことを思い出した。

 隣に座っているレイに耳を貸して、という。

「どうしました?」

 そういいながらも、自然に体を傾けてくれた。

「エルグラント様は知ってるの?」

 なにをですか?とレイが仕草だけで尋ねてくる。

「あなたが、王弟ってこと」

「あぁ、はい、知ってますよ。俺が交渉団に入るときに姉君がエルグラント団長にだけは言ったらしいです。バレないように助けてくださったことも何度もありましたし」

 レイが今度は私の耳元で囁いてくれる。ふふ、くすぐったい。

 ほら!やっぱり!やろうと思えばできるんじゃない!私はエルグラント様に向き直る。


「王弟のレイに普通にできるのであれば、私にもそのようにできるのではなくって?」


「なっっ…ぜ、それ、を!?」

 エルグラント様の目がグワリと開かれレイに向けられる。動揺しているのがありありとわかる。

「…ご存じだったとしか言いようがないですね」

 レイが笑って返すと、今度はマリアに向かって声を投げた。

「この、ご令嬢は…一体?」

「ちょっと記憶力と勘がいい子です」

「ちょっとじゃないでしょうちょっとじゃ」

 レイのツッコミが入る。

 もう目の前のやり取りに思考を停止させたのか、エルグラント様がはーーーっと大きなため息を吐いて俯いた。そして数秒の間ののちに顔を上げて私の目をまっすぐ見て言ってくれた。

「わかった。それならサラ様…サラ嬢は俺への敬称もやめてくれ。エルグラントでいい」

「やったわ!マリア!勝った!壁崩落よ!」

 マリアに向かってガッツポーズをしてみせる。とっても嬉しい!

「エルグラント!改めまして!サラよ。ねえ、今夜一緒に食事しましょうよ。マリアとレイにも聞きたいことたくさんあるんじゃないかしら?会うのも久しぶりなんでしょう?」



「お嬢様、いいですよ、食事は」

「いいですね!嬉しいです!」



 マリアの声とレイの声がまた仲良く重なったけれど、内容が一致しない。初めてじゃないかしらこんなの。ええと、マリア…?

「マリアは嫌なの?エルグラントと食事するの」

 私の問いにマリアがぐっと言葉に詰まる。本人を目の前にして嫌というわけがないとは思うけど…いや、まぁマリアだから言うかもしれないけど…

「…い、やでは…ないですが」

「それなら決まりね!今までどう過ごしてきたかなどの会話はその時にゆっくり楽しみましょう。まだゆっくり時間はあるから私はそれまで本でも読みたいわ。ねえ、レイこのホテル図書館もあったわね。付き合ってくれるかしら?あと、カフェもあったわよね。軽く甘いものが食べたいわ」

 そう言って私はレイの腕をとって立ち上がった。すんなりと一緒に立ち上がってくれることが嬉しい。

「??構いませんが、え?俺だけですか?」

「私もご一緒します」

 マリアも慌てたように立ち上がるが、私はそれを制した。

「こちらがエルグラントを夕飯に招待したのよ?それまでもてなすのが礼儀でなくって?マリア」

 公爵令嬢の威厳をここで使わせてもらう。

「それなら、私でなくともレイでも」

「現役のレイなら、マリアより今流行りのスイーツ知っているもの。エスコートお願い」

 レイに言うと、わかりましたと言って歩き出してくれる。



「それじゃあ、マリア、エルグラント。()()()()()



 そう言って私とレイは部屋を出た。



――――――


「サラ様、あの…」

 階段を先に降りながらレイが声を掛けてくる。私の手を取って速度を合わせてくれているから、とてもゆっくりだ。抱っこしましょうか?と言われたけれど丁重に断った。時間はたくさんある。

「ん?なあにレイ」

「俺、確かにクーリニアに頻繁に来てはいますが、さすがに流行りのスイーツとかはわかってませんよ??」

「知ってるわ。あなた甘いのあまり得意じゃないものね」

「なら、なんで…」

「…だいたい、察しているのではないの?」

 レイが息を呑んで私のほうを振り返った。足が止まり、私たちの動きが止まった。レイが先を歩いていたので、ちょうど目線の高さが同じになる。

「私がクーリニアに行きましょうと言ったときのあなたの言葉」

 その美しい蒼の瞳が零れ落ちるのではないかというほどレイの瞼が開かれる。

 

 

 


『俺…は構いませんが、マリア殿は?』




「行先の決定権は私が持っているわ。つまり私が行きたいといえば、マリアは絶対に首を横に振ることはない。あなたはそれを知っているはずなのに、マリアに問うたわ。『ただの憶測だけど、エルグラントさんがいるかもしれないクーリニアに行ってもいいのか』と。あの言葉は私にそう聞こえた」

 マリアは気付いていないでしょうけど。私は笑う。

「エルグラントからどんなこと聞いてたの?」

「…相手がマリア殿だとはっきりは教えてはもらいませんでしたが。…世界一惚れた女性がいる、と。もう遠くに行ってしまったが、心から愛していた。と。勇敢で、高潔で、自分よりもはるかに優れていて強い女性だったと」

「まあ、情熱的」

 私は頬が赤くなってしまう。

「…なんとなく、初代の女性団長のことかな、とは思っていました。エルグラントさんより強い女性なんて、初代団長以外いないと思ったので」

 まさか初代団長がマリア殿だったとは思ってませんでしたが、と言ってレイは笑った。

「サラ様はどこで気付いたんですか?」

「…んー…さすがにあの情熱的な視線を見てたら気付かないほうが無理っていうか…」

 あっ、とレイが声を出す。

「そうでしたね…あなたは読めるんだった…」

「マリアがあんな態度だから…夕食は楽しくいただきたいじゃない?おせっかいとはわかっているけれども、二人の間にはなにかあったようだし、話し合うことで解決してくれたらなって思って」

「きっと届きますよ。いい方向に向かうといいですね」

「ええ、そう願っているわ」

 レイがエスコートを再開する。再び私たちは階段を降り始めた。

「どうして仲良くなりたかったんですか?エルグラントさんと」

 不意打ちなレイの質問に私は返す。

「マリアってね、とっても落ち着いてるでしょ?常に冷静で、感情を表に出さない。そんな彼女がエルグラントにだけは感情をむき出しにするの。…それってとても信頼している証拠なんじゃないかなって。マリアにそこまでさせる人物よ。私も仲良くなってみたいと思うのが普通じゃない?」

「普通の令嬢は侍女の人間関係に興味など持たないとは思いますけど」

 レイがふはっと笑いながら言う。その笑い方本当に好き。

「俺も、サラ様とエルグラントさんが仲良くなってくれたらとても嬉しいです。…まさか仲良くなりたくてあんな情報使って脅すとは思ってませんでしたけど」

 今度は私がびっくりしてしまう。サーっと血の気が引いた。

「えっ!き、聞こえてたの!?」

「聞こえてたんじゃなくて聞き取れちゃったですよ。俺、耳がいいんです」

「ま、マリアにも聞こえてたかしら…?」

「いや、俺は特別耳がいいので、マリア殿には聞こえてないと思います。あ、もうこの際だから言っちゃってもいいですか?」

 そう言ってレイが振り向いて、私はドキリとしてしまった。

 見たことがないほどいたずらっぽくとても子どもっぽく笑ったから。


 でも次の言葉に私は一気に現実に引き戻された。




「『やっぱりどうしようもないアホ…』」

「!!!!????!?!?」

「…アースに言ったの、聞こえてました」






 ―――――ぎゃああぁぁあああぁあああぁああ!!!???


 心の中で私は悲鳴にならない悲鳴を上げた。



――――――――


 



 その耳に私は彼の弱点を話す。




「あなた、マリアのこと大好きで大好きで堪らないでしょう?」




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