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32.エルグラント・ホーネット

 …これはどういう状況かしら。


 目の前にイライラしたマリアと、にっこりと笑うエルグラント様。横に困惑顔のレイ。

「と、とりあえず俺は部屋を取ってきますね」

 レイが言うので、そのままこの場にいるのも気まずいし、とりあえずエスコートされていたから手は繋いだままだし、と、レイの後をついて行くことにする。

「ね、レイ…あの人はエルグラント前団長よね?」

 小声で尋ねる。

「そうです…顔をご覧になったことは?」

「初めてよ。書類でお名前だけは拝見したことがあったけど…とても豪快な方ね…」

「そうなんです。とにかく豪快です」

「でも、嘘がなくて素敵な方」

 ぱっといつもの習慣で初対面の人は目を見てしまう。嘘の全く無い、美しい茶色の目をしていた。

 年齢は三十五から四十くらいだろうか。体格はレイより遥かに大きい。筋肉質!という言葉がとても似合う。身長もレイより十センチは高そうだ。

 茶色の目がとても素敵で、そこまで長くはない銀色の髪を頭の中間部分で一つ括りにしている。はっきりした顔立ちをしておりおそらく女性にかなりモテただろうな、と思う。笑顔を見せた時の笑い皺が彼の人生が良いものであったことを物語っていた。

「そうです。真っ直ぐで実直で嘘のない、最高にカッコいい人です」

 大好きなエルグラント様を褒められて嬉しいのかレイが照れたように笑う。本当に尊敬してるのね。ふふ、と笑ってしまう。


「すみません、特別室を一つと、その隣に護衛室があるところは空いてますか?」

 レイがフロントにいた受付の男性に尋ねるのを聞いて驚いた。このホテルにはそういう部屋組があるのね。というか、仮にも(?)レイは王族なんだから特別室に泊まればいいのに。

 言っても聞かないだろうからもう言わないけど。


「少々お待ち下さい」と言って、男声が帳簿のようなものを一枚一枚めくっていく。なるほど、これで管理しているのね。

「十階の最上階のフロアが空いております」

「ではそちらで。支払いはこちらで」

 そう言ってレイが懐中時計を出す。かしこまりました、とすんなりと受け取るところを見ると、きっとこの受付もレイのことを知っているのだろう。

「交渉団の紋章って支払いにも使えるのね」

「流石に市場とか、普通の店では無理ですけどね。こういったところでは可能です」

「あ…っ、ていうかお金…」

「俺は護衛中なのでこれは経費です」

 なので気にしないでください、と言われる。

 国外追放中に経費で国のお金を使うなんて聞いたことないわ、と笑うとこれくらいしてやらないと義兄さんが泣きますから、と返された。


 フロントから鍵を二つ受け取り、マリアとエルグラント様のところに向かうと、エルグラント様がマリアに向かってニコニコ笑いながら話している。

 久しぶりだなぁ!十四年ぶりか?とかレイといつ知り合ってたんだ!とかいちいち声がでかい。

 そんなエルグラント様の言葉にマリアはあーそんくらいかしらね、とか、まーいろいろあってね、とか適当に返事を返している。

 

 なんだかとても微笑ましい。そう思いながら私はマリアに声を掛けた。

「マリア。わたしもご挨拶をしても?」

「お嬢様、こんなのに挨拶をしなくてもいいです」

 そんなこと言わないの、と言いながら私は軽く膝を折りスカートの裾を摘んだ。目の前の素敵な男性に敬意を示したかった。

「はじめまして、エルグラント様。サラ・ヘンリクセンと申します」

 ここは異国。目上だの目下だの公爵だのなんだの付ける必要はない。そんな畏まらなくていい。そんなことよりも私個人『サラ』としてこの人と仲良くなってみたかった。

 知らない令嬢からいきなり挨拶されたことにびっくりしているのだろう。エルグラント様がぽかんとしている。

「いや、これは参った…こんな美しい御令嬢からいきなり挨拶されるとは…ん…?サラ・ヘンリクセン!??」

「そのサラ・ヘンリクセン嬢よ」


「…こ!れは…っっ!大変なご無礼を!!!!!」


 大声でそういうと、エルグラント様は地面に穴が空くのではないかというほどの大きな音を立てて跪いた。周囲の人間が目を丸くしてこっちを見ているのが判り、私は慌ててしまう。

 仮にも罪人、国外追放の身だ。目立って変な噂でも立てられたらたまったもんじゃない。

「ちょ、やめ、目立ちます…っ!マリア!」

 慌ててマリアに助けを求めるとマリアが即座に制してくれる。

「エルグラント!やめなさい!」

「しかし…っ!」

 だめだ、頭を上げてくれない。これは彼の中で即座に序列が出来てしまっている。

 …ならば、きちんと私が言わなきゃ。すう、と息を吸い込む。出来るだけ凛、と響くように。彼の耳の奥の脳に届くように声を出す。

「エルグラント様。おやめいただけますか?私はそれを望んでいません。もしよければ先ほど取りました部屋に参りましょう」

 びくり、とエルグラント様だけじゃなく、マリアとレイも顔を強張らせる。

「…よろしいですか?」

 私の問いかけに、ようやく覇気を収めてくれたエルグラント様が、「はっ」と普通の声で返してくれた。まだ頭は上げてくれないけれど。

「参りましょう。レイ、案内を」

「はい」

 レイが私の手を取ってくれる。周りの人達にお騒がせして申し訳ありません、と言ってから私は部屋へと向かう。後ろでエルグラント様が立つ気配がして、とりあえずほっとした。



ーーーーーーー


「はぁ、はぁ…」

 私はホテルの部屋でソファに体をぐったりと沈ませていた。

「は、初めて登ったわ一気に十階とか…」

「だから途中で俺が運びましょうか?と言ったのに…」

「普通の道ならまだしも階段まで甘えられないわ…もう無理…マリアお水ちょうだい…」

「はい、どうぞ」

 マリアが水を持ってきてくれる。んく、と一口喉に流し込んでから私は目を見開いた。

「これ…!!!やだ!すごく美味しい!それにすごく冷たいー!」

 思わずはしゃいでしまう。「マリア、これって…!」

 私が言うとマリアは察してくれる。

「ええ、クーリニア名物の水です」

「素晴らしいわ。こんな豊かな資源があるだなんて。これは氷室で冷やしてあるの?」

「いいえ、山から流れてくるそのままの水です」

「すごいわね、だから自然な冷たさなんだわ…この国の人は幸せ者ね。こんな美味しいお水を毎日飲めるなんてそれだけでなんて豊かな人生。羨ましい限りだわ」

 そう言って笑うと、マリアもそうですね、と同意してくれる。さて、と…


「エルグラント様」

「はっ」


 部屋の入り口の扉にきちりと背を伸ばして立つ彼の返事に苦笑してしまう。初めて会った時のレイを思い出したからだ。


「どうぞこちらにいらしてください。もう一度ご挨拶させていただいても?」

「いえ、それには及びません。貴方様のことはよく存じております。それよりも私にご挨拶の許可を」

 だめだこれきちんと挨拶の許可を出さないと動かないパターンだわ。この人はシャロン前女王が私を次期女王として任命した時に団長だった人だし、きっとシャロン女王にも私にも忠誠心のようなものが強いのだろう。

 …困ったなぁ。この人とは仲良くなりたいのになぁ。ガチガチだわ。

「エルグラント様?私あなたと仲良くなりたいわ。…

それなら私から行きます」

「な…っ?!」

 困惑するエルグラント様は放っておいて、私はソファから立ち上がり、彼の元へと歩く。そばにきて見上げると、やっぱりとっても大きい人だ。

「エルグラント様、身長どのくらいです?」

「はっ…百九十三ほど」

「ふふっ、とっても大きいわ。ねぇ、少し屈んでくださるかしら。お耳をいただいても?」

「?構いませんが…」

 そう言って、思い切り腰を曲げて耳を貸してくれる。その耳に私は彼の弱点を話す。




「―――――――」




 バッ!!!と即座に顔を上げて、彼は驚愕の顔を見せた。

「合ってる?」

 私が聞くと、

「いや…あのっ…合ってますが、それをどこで…っ!!なぜ…!!!」

「気楽に接してくれなきゃこのネタで散々追い詰めるわよ」

 我ながら最悪だけど、ここまですれば嫌でも仲良くしてくれるんじゃないかしら。

「いや、それは、困ります…っ!」

「でしょ?じゃあもう私が公爵令嬢だとか、シャロン前女王から選ばれたとかそういうのぜーーんぶ忘れて欲しいんだけど」

「いや…でも、しかし…」

 お、これでも食い下がる?あっ、そうか。これを伝えれば変わるかもしれない。


「あのね、私アースに婚約破棄されちゃって、もう次期女王じゃないの」


「…は?」

 目が零れ落ちそうなほど開かれ、エルグラント様の口から少し間抜けな声が漏れた。やっぱり知らなかったのね。


「あとついでに言えば私、アースの想い人に嫌がらせ

しちゃった罪で国外追放中なの」




「………は…?」


 今度ははっきりと間抜けな声が出た。

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