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31.こんにちはクーリニア、と。

 私がイランニアを出国すると言ってから二週間後、ゆっくりと荷造りをすませ、…といってもほとんど荷物はなかったのだけれど。

 不要な荷物はバザーなどに提供して、まだ使える必要な荷物を持ち出して私たち一行はグルニクの借家を出た。

「本当にもう出ていってしまうんで…?」

 と、管理人さんが泣きそうな顔をしていた。きっとイランニア国内だけではなく、ブリタニカにもこういう邸宅は沢山あるのだろう。何か有効利用ができればいいのだけれど…


 グルニクはとてもいい町だった。小さかったけれど人も優しくて、湖畔で跳ねる魚を毎日見るのが楽しかった。

 そんなグルニクを出て馬車に揺られて三日。



 とうとう今日はクーリニアに入国です!



ーーーーー


「わぁああ!見てみて!凄いわ。なんて壮大な山々なの?雪化粧がとっても美しいのね!!」

 イランニアとクーリニアの国境辺りからその片鱗は見えていたのだけれど、クーリニアに入ってしばらくすると、広い広い草原が目に入った。

 そしてその奥の視界いっぱいに入るアルプスの山々。ブリタニカでも見たことがないほどの高い山々が際限ないほど横に広がっている。とにかく、圧巻だった。しかも。


「とっっっても涼しいわ!!」

 馬車から窓を開けて空気を肺いっぱいに吸い込む。頬に当たる風が明らかにイランニアにいた時とは違ってひんやりしていた。


「ああ。はやくクーリニアのお水を飲んでみたい。ねえ、大使館に着いて、とりあえずの宿が決まったらまた酒場に行きましょう?」

「酒場、ですか?」

 レイが首を傾げる。

「ええ、だってマリアもレイもここの国のエール、飲みたいでしょう?」

「行きましょう」

 マリアの即答に笑ってしまう。楽しみだわ。



ーーーーーーー



 クーリニアの王都に着いて、陛下の指示通り大使館に入った途端に何故か職員さんたちの空気ががピリ…っと変わった。近くの机から、「おい…多分あれ」「マジか、こっちにきてくださったのか…」「いやでも庶民の服だぜ…?」「明らかにオーラが…」とか声が聞こえる。ざ、罪人が来ちゃってごめんなさい…

 受付に、『何だこいつ』と思われないために、優雅に見える挨拶を心がける。挨拶は肝心だものね。ほんの少し膝を折ってスカートの裾を掴み名乗った。


「ブリタニカ王国ヘンリクセン公爵家が長女、サラ・ヘンリクセンにございます。クーリニア国滞在の許可証を申請したくまいりました」


 そう言った途端、職員全てが立ち上がり、私に頭を垂れた。

「えっ?な、?え?」

 動揺する私に、奥の方から慌てて誰かが駆けてくる。

「サラ・ヘンリクセン公爵令嬢!!」

 パッとみた感じでもおそらくここにいる職員のなかで一番御歳を召しておられる。眼鏡をかけ白い口髭をたくわえた上品な男性が小走りで駆けてきた。


 ああ、そんな走っちゃったらお身体にさわってしまうわ…


 あわあわとしながら駆けてくる男性を見るが、彼は私の前に立つと、誰よりも深い深い礼をして言った。

「へい…とある方より仰せつかっております!あなた様がいらしたら丁重の限りを尽くせよと。さ、さ、奥にいらしてくださいませ」




 …今絶対『へい』っていった。



ーーーーーー


 


「もう…ブリタニカ大使館のあの仰々しさは何なの…」

 おそらく、同盟国全てのブリタニカ大使館に連絡がいっているのだろう。ちょっぴり過保護な国王陛下のせいで。

 イランニアではこんなことはなかった。陛下の通達の前に私たちが入国したからだろう。

 あのあと奥の防音設備ばっちりの個室に連れて行かれたあと、お疲れでしょうと謎のマッサージを受けたり、お腹空いていませんかだの何か不具合はございませんでしょうかだの、気がついたら意味のわからない最高の待遇を受けていた。



「私一応罪人なんだけど…?」

 クーリニアの王都を二人に挟まれて歩きながら私は言う。

「罪人だなんて誰も思っていませんよ。むしろ、貴賓くらいに思ってます」

 レイが宥めてくれる。私はため息混じりに返した。

「…なんか思ったより国外追放が快適すぎて困るわ…もっとなんやらかんやらもろもろ経験したかったのに。気がついたら陛下から諸国に根回しは行ってるわ、我が国の最高機関の重鎮が二人側についてるわ、なんだかどっかの御隠居さんの気ままな旅みたいじゃない」

 ぷぅ、と、口を膨らませるとマリアが笑った。

「いいんですよ。それだけ守る価値があなたにあるということです」

「陛下はまだ私を女王にする気だものね…もう見放してくださってもいいのに…いっそのことベアトリスちゃんに超ハイスペックな能力とかが発覚して、誰もがベアトリスちゃんを女王と認めて、皆に愛されるベアトリス女王になってくれないかしら…」




「それまんまサラ様じゃないですか」

「それまんまお嬢様じゃないですか」




 二人の声がハモる。ほんと仲良いんだからこの人たち!

「やめてよ…陛下もマリアもレイも買い被りすぎよ。それにアースがベアトリスちゃんを選んだ時点で私は女王じゃない道に行くんだわって切り替えたのに。今更また元に戻せないわ」

 私の言葉に共に並んで歩く二人が微妙な顔を見せる。何でそんな顔するのだろうと思いながらも私は目前の優先事項を思い出す。

「あ、そうだ。とりあえず今夜の宿はどうするの?」

 私が聞くと、レイが答えてくれた。

「とりあえず一番治安の良さそうな宿に連れて行きたいとは思っているんですがすみません会話の途中で………マリア殿」

「……ええ」

 そう言って二人はぴたりと動きを止めた。

 ん?どうした二人。何を?と考える暇もなく、すっ、と、二人を纏う空気の色と温度が下がった。ぴり、と刺すようなそれを肌で感じる。

 二人が腰を僅かに落とし、走り出す前のような前傾姿勢をとった。目つきが鋭くなる。すっっごい威圧感。めちゃくちゃ怖い。両腕に鳥肌が立つ。どうしちゃったの二人とも。

 

「…どうしますか。ファボリでいいですか」

「最適よ」

「どっちが」

「…現役のあなたの方が速いし、新しくできた道なども知っているでしょう。お願い」

「承知しました。サラ様失礼します」

 レイはそう言って私をひょい、と横抱きに抱えた。「え?えっ!?」

「走ります!!!!」

 

 えーーーーっ?!!なに?何が起きてるの?


 と思う暇もなく、レイとマリアが同時に走り出した。そしてそのまま右の路地にマリアが、左の路地にレイが入るようにして二手に分かれる。

 

 速い速い速い速い。風を切る音が耳に届く。

 路地を曲がるときなんか、足の先や頭が壁にぶつかるスレスレを走るものだから本当に怖い。絶対にぶつかることはないんだろうけど。

 せめて邪魔にならないようにきゅ、と身体を小さくしてみる。

 少しずつ慣れてきて、ちろ、と上を見るとレイの端正な顔立ちが至近距離で目に入る。顎のラインがとてもしゅ、としてて美しい。まるで本当に彫刻で彫られたみたいな美しさだ。


 ーーー最初に会ったときより少し、髪が伸びたわ。散髪に行かせてあげないと。

 ふ、と手を伸ばしてその髪に触れたくなり、私は慌てて感情を制した。


 なにか緊急の事態が生じたのだろう。そんな時にわたしだけお気楽に気を緩ませちゃだめだわ。


 どれくらいの時間だっただろう。ものの五分程だったと思う。狭い狭い路地をいくつも抜けて、最後の路地を曲がって袋小路を抜けると、視界がいきなり開けて大通りへと出た。

「わぁ…」

 大通りには、人、人、人。人がたくさんだ。

「ここまで来れば安心です」

 そう言ってレイは私をそっと降ろしてくれた。お手を、と言われたのでそのままエスコートしてもらって歩く。数歩歩いた先に、とても大きな建物が見える。

 宿だわ。作りが豪奢で、両脇に衛兵が立っている。部屋数がどれくらいあるのだろう。パッと表面から見えるだけでも二百…いえ、それ以上ではないかしら。


【ホテル・ファボリ】


 建物の正面にそう書いてある。本で読んだことがあるわ。異国では宿のことをホテルと呼ぶこともあると。

「今日の宿です」

 レイが言ってくれるけど、ええと、レイ…

「あの、レイ…私たちここ入れるの?だって思いっきり庶民の服…」

 そう、目の前のホテルファボリに入っていってるのはかなり裕福な層と見られる人たちばかりだ。中には貴族もいる。

 かたや私たちはどこからどうみてもただの庶民だ。衛兵が通してくれるだろうか。

「問題ありませんよ」

 そう言ってレイは懐から懐中時計を出し、衛兵に見せる。衛兵がすぐさま頷いて中へと通してくれた。


 

 …そりゃ入れるわ。交渉団団長だったわこの人。



 だめね、最近すっかり忘れてしまう。


 …本当にレイがただの男の人に見える。


 王弟やら団長やら凄い肩書きを持っている人なのに、それをひけらかしたりしないからかしら。それとも素のレイを見てるからかしら。わからないけど、最近『国の最高機関の団長』とも、『王弟殿下』でもないレイとして接している気がする。

「…だめね。こんなの失礼だわ」

 今更戻せないけど、とこっそりと呟く私をレイがエスコートしてくれる。

 


 中に入ると圧巻だった。とても美しい作りだった。床に柱に壁に大理石が使われている。隅々までとても手入れが行き届いており、沢山の窓が天井まで伸びているので明かりがふんだんに入っている。とても開放的な空間だった。ソファがあらゆるところに置いてあり、人々がそこに思い思いに腰掛け談笑している。カフェのようなものも併設されている。装飾のための花や置物がとてもセンス良く配置されているのも好ましい。

「わぁ…素敵ね」

 思わず感嘆の声をあげる。

「ここは警備がしっかりしてますからね。仕事で来る時もよく使います。部屋数が多いので団体でも泊まれますし。俺はマリア殿の分も部屋を取ってきますので、ソファで…」

 そこまで言ってレイは言葉を止めた。

「どうしたの?」

「……」

 レイを見ると、目を丸くして私の背後を見ている。

 その視線を追って私も後ろを振り返った。

 


 視線の先にはげんなりした顔のマリア…と、







「おお!!!!レイ!!!!!久しぶりだなぁ!!」







「なんでここにいるんですか…エルグラントさん…」


 レイの言葉に私は腰が抜けるほどびっくりしてしまう。名前しか知らなかったけど…間違い無いわ。マリアのあの顔と、レイの彼を呼ぶ名前。



 エルグラント・ホーネット。



 前交渉団団長が、そこにいた。



 

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