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30.さよならイランニア

「はー、流石に疲れたわね」

 馬車の中に積まれた箱を見ながら私は背もたれに背を預けて伸びをした。

「ほんと、買い物をするのにもこんなに一苦労だなんて知らなかったわ…何もかも知らないことばかり。自信無くしちゃうわ…」

 公爵邸にいたときは、常に外商が来てたし、何かを欲しいと思えばマリアに言えば全て揃っていた。そんなに購買欲の高い人間ではなかったけれども。

「でも市場の適正価格を知るのはとても勉強になるわ。王宮と公爵邸の行き来だけではここまでは分かり得ないから」

 私の言葉にマリアが頷いてくれる。

「それでも普通のお嬢様はこんなことしませんよ。仮に他の公爵家の令嬢がこんなことになったら、国外追放された一日目で音をあげるでしょうね」

「俺もそう思います。というか、国外に出る前に音をあげます」

「ふふ、二人とも褒めてくれてありがとう。二人がいるからよ。…わたしのわがままに付き合わせてごめんなさいね。本来なら一人で国外に出るべきだったんでしょうけど」

 私の言葉にマリアが答えた。

「一人で出るつもりでも、私はついて行きますよ。言ったでしょう?残りの一生あなたにお仕えするって」

「そうだったわね。…マリア、本当にありがとう。レイも。団が心配でしょう?」

「いえ、むしろ俺がいなくてほっとしてのびのびやってるんじゃないかと…」

 レイの言葉にびっくりしてしまう。

「え、なんで…?」

「まぁ、そうでしょうね」

 マリアが分かったように頷く。え、どういうこと?


「『交渉団団長たるもの常に冷静沈着であれ。他者に軽率に心情を悟られることなくいつも威厳に満ち、周りを常に観察し慧眼を持ち、感情に振り回されることなく完全に任務を遂行できる者として団の頂に立つ者となれ』…っというのが私が団長だった頃からの言葉なんだけど今も変わらない?」

 マリアがレイに尋ねると、レイは頷く。


 ん…んんんん?


「ええと、ごめんなさい。それって誰のこと?」

「「交渉団団長のことです」」


「ええと、それはレイのことも含まれるのよね…?」

「そう…ですね。一応団長なので…」

 どことなくレイが気まずそうに返事を返す。

「ということは、レイはめちゃくちゃ厳しい上司なの?」

「一応…団員には鬼団長とかは呼ばれてるのを…知ってます」

 信じられない。こんなふうに笑って優しくて穏やかなレイが『鬼団長?』

 あっ、と私は思い出す。そうだ。初めて会ったときのレイは確かにその言葉に違わぬ振る舞いだった。

 あの威厳に満ちた話し方を思い出す。逆らえない、と思ったものね。そういう「団長」としての顔があるのもうなずける。

 

 …どうしよう、すごく見てみたい。絶対かっこいいわ。

 ブリタニカに帰ったら国王陛下にお願いしてこっそりのぞきに行ってみよう。


「そういえば交渉団は確か剣技とかもあるのよね?あなたは「不戦の契り」を交わしたから、他人に剣は振るえないはず。そこらへん訓練などはどうやってるの?」

 そうだ。そこらへんはとても気になっていた。確かに交渉術がメインとは言え、実技がないわけではないはずだ。現に初めて会った時も彼は剣を持ってきていた。私が取り上げたときのほっとしていた顔を思い出す。

「確かに訓練はあるんですが、基本的に対物で行います。主に戦う、というよりも身を守る訓練のほうが多いです。投石から逃れられるか、とか、数メートル高さのがけから飛び降りられるか、とか。交渉団は「交渉」がメインです。やはり対人で訓練を行ってしまったら姉君の不戦の誓いの意味がなくなってしまいますから。そういうのもあって、「騎士団」より「交渉団」に入りたいと思ったんです。それでも血反吐吐くような訓練な上に、半年に一回残留できるかどうかの試験があるのでやはり皆強いですね」

 予想以上に険しい道だわ…

「本当に改めて、目の前の二人がすごい存在なんだと考えさせられるわ…」

 私が言うと、レイはぶんぶんと首を振った。

「やっぱり一番はマリア殿ですよ。本当にいまだにマリア殿の功績を顔を輝かせて語る人たちがいますから」

「だから、もうその話やめなさい」

「あと、やっぱエルグラント前団長もすごくて。もうあの人は見た目から体格から本当に『団長!』っていう風格でした。ね、マリア殿」

 レイがマリアに笑いかけるが、マリアは苦虫を噛み潰したような顔で返す。そして、



「私あいつクッソ嫌いだから」



 突如としてマリアの冷たい声が放たれた。

「ええっ、な、なんで?マリア」

「生理的に無理なんです。考え方がまるで違うし合いません。話が通じないんですよ。もう人間として合わないんだと思います」

「ん?ま、マリア?」

 ん?こ、これは?ん?えっと…?ま、まぁそこは色々とあったのだろう。

 レイは大丈夫かしら。大好きな前々団長と、前団長がいがみあってるだなんてマリアの口から聞いてて辛いんじゃないのかしら。


 そう思ってレイを見ると、レイも頷いている。

「あれ?レイはエルグラント様とマリアが仲良くないのは別にいいの?」

「あ、いや、俺は確かにお二人が仲良しだったらすごい嬉しいとは思うんですけど、まぁ、話が通じない…というのは何となくわかるかと…」

 そんな問題人物なのかしら。私は資料で名前しか見たことがないのでご本人にお会いしたことはない。

「なにか人間的な問題でも…?」

 私が尋ねると、いえ、そういう訳じゃないんですが、とレイが言った後に、二人とも諦めたように口を開いた。





「「暑苦しいんです」」




 お、おおう。絶妙にハモったわね。

「とにかくオフの時は緩いんですよね…。なにか大変なことがあってもがははと笑ってるだけというか…仕事中は皆の声に耳を傾けて本当に完璧な団長なんですが…オンオフの使い分けが激しいです」

 それあなたに言われたくないんじゃないのレイ。

「本当暑苦しい。思い出しただけで鳥肌立ってきた」

「マリア殿…」

 レイが苦笑している。

「一回お会いしてみたいわ。マリアがそこまで肩入れするエルグラント様に」

「あんなのに敬称は不要です。あと肩入れもしてません」

 ふふふっ、と笑ってしまう。マリアらしいわ。

「今はブリタニカに?」

「さあ…俺も知らないんです。マリア殿は?」

「さあ、…エールが好きな男だったから北の水が美味しい国にでも行ってるんじゃない?」

 そういえば、ヴォルト酒場でも言っていたわね。北のアルプスがあるところの水が美味しくて、そこで作ったエールだろうからおいしいと。

「!!!!!」

 突然私は閃いた。

「ねえ、マリア、レイ!次はそこに行きましょう!」

「お嬢様?」

「サラ様?そこというのは?」

「そこよ。北の水がおいしい…だってイランニアとても暑いんだもの…涼しいところに行きたいわ。アルプスがあるのなら涼しいのでしょう?同盟国で、そういうとこっていうと…ひょっとしてクーリニアかしら?」

「はい、クーリニア国です」

 レイが頷いて答えてくれた。私はもう一押しする。

「だめ…?涼しいところでおいしい水、飲みたいわ」

 私の言葉にマリアとレイが視線を合わせる。

「俺…は構いませんが、マリア殿は?」

「私も…構わないけど」


 決定ね!そう言って私は笑う。



 いざ!クーリニアへ!



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