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27.おうちの中でお引越し

「マリア!」

「はい」

 レイの寂しそうな声を聴いた私は一も二もなくマリアに声を掛けた。

「行くわよ」

「はい」

 ど、どうなさったんですか?と困惑するレイをよそに私は立ち上がる。

「レイ、ちょっとあなたの部屋にお邪魔するわね、マリア行くわよ」

「はい」

 私がどういう行動に出るかすでに分かっているマリアは即座にずんずんと歩く私の後ろについてきてくれる。

 えっ、ちょっ、サラ様?動揺しながらだがレイも付いてきてくれる。渡り廊下を歩き切り、私はレイの部屋の扉をバン!と開けた。

 殺風景な部屋。それが第一印象だった。小旅行用の革の鞄がぽつん、と置いてあるだけ。それ以外の荷物が今回新たに購入したベッドと、元々ついていたサイドテーブルが一つ。

「れ、レイ…荷物これだけ?」

 信じられない。どうやって生活しているの。

「…遠征の時は荷物は小さくまとめるのが基本ですので、その癖が付いていて…」

 後ろで申し訳なさそうにレイが言う。別に申し訳なさそうにする必要なんてないのに。まぁ、それならちょうど都合がよかった。

「マリアとレイはベッドをもって!私は鞄を持つわ!」

「お嬢様、ベッドは私一人でも運べます。レイは鞄を持って。お嬢様は信じられないくらい非力ですので鞄は持てません」

「わかったわ。はい!レイ!荷物を持つ!」

「は、はい」

 ほとんど私に威圧されるようにしてレイが鞄を持つ。

「部屋はどこになさいますか?」

 マリアが聞いてくれて、私は考える。後空いている部屋は三つほどだ。

「私の隣の部屋にしましょう」

「ちょ、ちょっと待ってください。なんの話をなさってるんですか?」

 レイが聞いてくるが無視をする。私の部屋の隣にレイの部屋を引っ越しだなんて言ったら、レイが畏れ多いだのまた未婚の女性の部屋の隣が云々言ってくるだろうから。ここは強行突破だ。

「かしこまりました。ベッドを先に運んできますね」

 マリアはそう言ってベッドをひょいと持ち上げて部屋から出ていく。さ、さすが怪力。こんなの大人の男性が二人がかりで運ぶものじゃないのかしら。

「サラ様、説明してください。これは一体…」

 レイが困惑している。とりあえずこの部屋からレイを連れ出さなきゃ。

「話は荷物を動かしてからよ!行くわよ」

 そう言って私はレイの手を取って繋ぐ。そのまま引っ張るようにしてレイ諸共部屋から出た。レイの力で振り解けば簡単に離れてしまうのに、彼がそうしないのが嬉しかった。

 ずんずんと渡り廊下を抜けて、本邸に入る。元々何かあっても護衛しやすいようにと、離れに一番近い部屋が私の部屋になったのだ。だから、レイの部屋にはすぐに到着した。

 部屋に入ると、マリアがベッドをきちんと配置して、シーツを伸ばしているところだった。さすが、仕事が早い。

「ありがとうマリア。はい、レイも荷物を置いて」

 私の言葉に未だ理解が追いついていないレイだが、ドアの脇にそっと鞄を置いてくれた。

「ねえ、レイ。ベッドに寝てもいい?」

「なっ…にを」

 私の言葉にレイが一瞬にして真っ赤になる。

「レイも、マリアも一緒に寝ましょうっ!」

 繋いだままの手を無理矢理引っ張り、レイのベッドに一緒に倒れ込む。本当に迷惑なら嫌ですと言って力づくで止めればいい。でもそれをしなかったから、こうしていいのだと思えた。

「マリアも、ほら、早く」

「とりあえず、ルームシューズは脱がせてもらいますよ。失礼するわね、レイ」

 そう言ってマリアは既にベッドの上に転がっていた私とレイのルームシューズを脱がせてくれる。それから寝転びはせずに、私たちの頭の方に回ってきて、ベッドにそっと腰掛けた。

「あら、寝てくれないの?」

「四十の女がベッドにダイブは絵面的に少し」

 それに、とマリアは言葉を続ける。

「お二人をこうやって少し離れたところから見るくらいが私は好きです」

 そうなの?と私は言って、レイの方に視線を戻す。お互い向かい合って横になっているとパジャマパーティーみたいでワクワクする。

「サラ様、説明してください」

「だって、寂しいって言ってたじゃない。私だって寂しいわ。レイだけ離れているなんて。だから隣に来てもらおうと思って」

「寂しさを思い出すと言っただけで、もう流石に寂しくはないですよ…」

 はー、とため息をレイがつく。ため息を吐きたいのはこっちだ。本当に無自覚なのね。

「とにかく、未婚の女性の隣の部屋に寝るなど、あってはなりません。今日はもう遅いですから戻すことはしませんが、明日部屋を離れに戻しておきます。…ありがとうございます。サラ様。その優しさだけで、十分すぎるほど救われてい」

「ねえ、レイは私が寂しいと、寂しい?」

 レイの言葉を遮り私は問いかける。

「それは…勿論です」

「どのくらい寂しい?」

「…とても、寂しいです」

 まだ要領を掴めていないレイのために私は言葉を変える。

「…そうね、実は黙ってたんだけど、私が家族と離れたことが寂しくて毎晩毎晩泣いて辛くて死にそうになってるってあなた知ってた?」

 私の言葉にレイの顔つきが変わった。目を見開いて軽く開いた口元が小さく震えている。

「…そう、だったんですか?」

 そう言って繋がれていない方の手が私の頬に伸びてくる。そしてそのまま優しく温かい手が頬に添えられた。

「…そんなの耐えられません。毎晩あなたが寝付くまでそばにいて抱きしめて髪を撫でて少しでも寂しさを和らげてあげたい。寂しい思いなんかさせたくないのに…そんなあなたを見るのも身を切られるより辛い…なんで早く言ってくれなかったんですか。甘えてくださいと言ったじゃないですか…!」

 しまった。これは思ったより効果がありすぎだわ。私は慌てて訂正する。

「ご、ごめんね。レイ。その、これはちょっと例えというか、冗談よ。大丈夫。私が寂しい思いをしてる時のレイの感情を聞きたかっただけなの。ごめんなさい、もう寂しいわけではないわ」

「…本当ですか…?」

 ぶんぶんと首を縦に振る。強火私担だったのを忘れていたわ。

 ほっと息を吐きながら私の頬に添えられていた手を離してレイが言う。

「…確かに、その逆を言えば、俺が寂しいとサラ様も寂しく思ってくださるということなんでしょう。でも、それとこれとはまた別です。何回も言いますけど、俺は寂しさを思い出す、と言っただけで寂しさを感じたりはもうしてませんよ。繰り返しますけど、未婚の…」

「未婚だかみかんだかどうでもいいけれど、寂しさを思い出す時、レイの心はウキウキしてるの?」

 レイの言葉を遮り私は問いかける。

「…そうではないですけど」

 レイの口調が少し拗ねたようになる。私より七つも上なのにこの人は時々恐ろしく可愛い。

「私も違うわ。寂しさを思い出すととっても寂しくなる。嬉しいことを思い出すと、心が嬉しくなる」


 言葉を、続ける。どうか、レイに届きますように。


「だから、レイが寂しさを思い出すとき、それはあなたが今その瞬間に『寂しい』と感じてるということだわ」


 レイの蒼い目が大きく開かれて揺れる。何度見ても何度見ても綺麗な色だわ。

 私は言葉を続ける。


「さっき言ってくれたわね。私が寂しいのは身を切られるより辛いと。早く言ってくれと。寂しい思いをさせたくない、と」




 

 だからね、どうか伝わって。







「………私に寂しい思いをさせたくないならあなたが寂しい思いをしちゃダメ。あなたが寂しいと、私がとてつもなく寂しい思いをするのだから」





 渡り廊下で見た彼の目を思い出す。

 寂しい、寂しい、嫌だ、帰りたくないと言葉より雄弁に語っていた彼の目を。

 おそらく本人も無意識だ。大人になって、理性的に行動できるようになって隠れてしまったんだろう。五歳のとき感じたどうしようもない寂しさが。でも、それは消えることなく心の深い深いところで燻っていたはずだ。

 その燻っていたものがあの時、彼にあんな目をさせた。




 わがままな令嬢でごめんね、と言うと、レイは小さく首を横に振る。

「あなたがあの渡り廊下の離れを見て少しでも寂しさを思い出すなら、あの部屋は二度と使っちゃダメ」


 息を一回吸い込む。


「あなたの部屋は、ここ。私の部屋の隣よ」



 ぽとり、と。

 まるで音が聞こえるようだった。

 目の前の蒼い瞳が一度大きく揺れ、その目から涙がぽとりと音を立てて落ちた。一つ、二つ。ぽとぽとと流れる涙に一番理解ができてないのは目の前にいるレイだった。

「え…俺…なん…」



 私は繋いでいた手を離し、両腕を伸ばして彼を抱きしめた。ぎゅう、とその頭を胸の中に抱き締め声を掛ける。二十三歳のレイではなく、五歳の彼に。

「ずっと辛い思いをしたんでしょう。楽しい思い出もあったと言い聞かせて。それも本当だわ。でも、五歳の男の子が同じ敷地内でも家族と離れて暮らすだなんて、耐えられるはずがないのよ。寂しくて寂しくて死ぬほど辛くて毎晩泣きたかったはずだわ。いいの。泣いていいの。泣き喚いていいの。あなたはそれをしていいの。…我慢しなくていいの」

 私の言葉に強張っていたレイの体が少しずつ、少しずつ弛緩していく。大の大人だ。さすがに五歳の子どものように泣き喚いたりはしなかったけれど、歯を食いしばって体を震わせて涙を溢れさせるレイを私はそっと抱きしめ続けた。

 


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