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24.何かしてあげたかっただけなのに

「二人とも…目がめちゃくちゃ腫れてるわよ…?」


 今日も憲兵のところに行かなければならない。昨日夜遅かったのに朝早く起きなきゃいけないのはきついわ…そう思いながらもマリアに起こされ、ぼんやりと寝ぼけ眼のまま支度をしてもらう。

 レイも支度が終わり、コンコンと私の部屋の扉をノックしてくれた時も、まだ目が開かずにぼんやりとしていた。はーい、と返事をすると失礼しますとの声と共にレイが部屋に入ってきた。

「おはようございます。サラ様。よく眠れましたか?」

「ええ、ありがとう。ぐっすりよ…ってどうしたの、そう言えばマリアも!」

 そして冒頭のセリフに戻る。

「二人とも…目がめちゃくちゃ腫れてるわよ…?」

 私の言葉にレイとマリアは一瞬お互いに視線を合わせ、ふっ、と笑い合う。え、な、なに?なんかめちゃくちゃ疎外感…


「レイに泣かされました」

「マリア殿に泣かされました」


 二人の声が揃った。私はポカンとしてしまう。私が寝てる間に何が…

「喧嘩…しちゃったの?」

 不安になりそう聞くと違う、と返される。

「じゃ、じゃあマリアが何か言っちゃった?」

「なんで私が泣かすこと前提なんですか。レイに泣かされたと言ったじゃないですか」

「なんで俺のせいみたいになってんですか。マリア殿が泣かせたんでしょう」

 おっと、なんかこれは…とても仲良くなってない?言葉はトゲトゲしてるけど、なんかわかり合った者同士みたいな……はっ!ま、まさか。一つの可能性に思い当たり、私は悲鳴をあげそうになる。

「え、い、いつから?えええ、ちょっと待ってね。そんな要素あったかしら…」

「お嬢様?」

「大丈夫!あの!ちょっとびっくりしちゃったけど、うん、とてもお似合いだと思う。あ、あのでもイチャついたりは目の前ではやめてね。ちょっとまだ私そういうのは苦手というか、恥ずかしくて…」

「サラ様?」

「祝福するわ、大丈夫。ちょっと寂しいけど…うん、幸せになってね。おめでとう」

 そう言って二人に笑ってみせる。瞬間。


「「いやいやいやいやいやいやいやいや」」


 二人の声が揃った。え?そういう話じゃないの?

「勘弁してくださいお嬢様。レイは私よりも十七も下なんですよ。ヒヨコですヒヨコ。まず『ない』です。そしてそもそもまっっったく好みじゃありません」

「そうですよ、マリア殿はとても魅力的な方ですが、初代団長と恋仲なんて畏れ多すぎるしそれを抜きにしてもマリア殿は姉みたいな感じです」

 んん、さすがマリア。王弟にも容赦なくヒヨコ呼ばわりな上にこれほどのイケメンを前にして好みじゃないなんて。

 そしてレイもさすが。そこまでけちょんけちょんに言われたら普通は意趣返ししたいところだろうけれど、女性を貶めるような発言はしないのよね。こういうところにほんと育ちの良さが現れてるわ。

「あと、私はお嬢様に残りの一生を捧げると決めているので。恋人とか結婚とかもういいです」

「…?『もう』いい、ということは、そういう相手がいたことはあったんですか?」

 おっとレイ鋭いツッコミ。とは言え、私もマリアからそういう話を聞いたことはない。

「マリアの恋バナ、聞いたこと…なかったわね?」

 ききたいなーききたいなーと背中にセリフが見えてるわこれ絶対。私が畳み掛けると、マリアは涼しい顔をして言い放った。

「まだまだお二人には刺激が強いお話なので、聞かない方が身のためです」

 う…っ、うまくかわされたけど、聞きたい…

「お嬢様こそ、早く次の相手を見つけないと行き遅れてしまいますよ、私のように」

「…私こそ、しばらくはもういいわ」

「サラ様は、アースに恋心を?」

 レイが何故か不安そうに聞いてくる。国王陛下とシャロン女王以外で、アースを敬称無しで呼ぶ人初めて会ったわ…そうね、アースからしたら伯父になるのね。なんか不思議…なんてどうでもいいことをぼんやり思いながら答える。

「…恋心、とは違うかもね。女王になるための婚姻、と最初からシャロン女王に言われていたし。…一生を添い遂げる相手なんだと意識してわくわくしていた時期はあったけれども、…うん、お互いにダメだったのよ。歩み寄りが足りなかったのね。恋心を抱いていればもっと簡単な話だったのに」

 私の言葉に二人が沈黙する。

「あっ、でもアースがほら、あんなことしてくれたおかげで私はレイに出会えたし、逆に良かったなって今では思っているのよ、だから、お願い二人ともそんな心配そうな顔、しないで?私なら本当に大丈夫なの」

 私の言葉をじっと聞いていたレイが、意を決したように私の前に片膝をついた。

「えっ、ど、どうしたの?」

 じっと、迷いも嘘もないその美しい蒼の目が私を見つめてくる。

「…俺も、マリア殿と同じです。あなたに残りの一生を捧げます」

「レイ…」

 感動してしまう。そんな風に私のことを思ってくれているなんて。

「…ありがとう。私もあなたには一生そばにいてほしいわ」

 そのとき、突然マリアが言い放つ。

「お二人ともどうせなーーーーーーーーんの意味もないんでしょうが。どうせ語尾に(護衛として)が付いているんでしょうが、そしてお互いに気付いていなくてとっっっても面白いんですが、」


「遅れますよ」


 はいっ!と私とレイの声が重なった。


――――――


 憲兵の聴取は割と簡単なものだった。昨日のうちにほとんどの聴取は終わっていたが、夜間だったこともあり、昨日はできなかった現場検証が行われた。改めて連れ込まれた酒場の地下に入るとき、ほんの少し寒気がした。なんだか今更になってちょっと怖くなってくる。

「大丈夫ですか?」

 地下での検証が終わり、レイが階段を上がるのをエスコートしながら聞いてくれる。こくり、と頷くとそのまま彼の手に軽く乗せていただけの手をぎゅっと握ってくれた。本当に安心する。と、同時に彼の左手を後ろからそっと見る。巻かれた包帯がとても痛々しくて、目を逸らしそうになってしまう。

 でも、だめ。目を逸らしちゃ。あれは私の無鉄砲さが招いた結果だったのだから。

 ふと、考える。レイは身の回りのことをどうしているのかしら。いくら利き手は自由だとは言え、さすがにいろいろ不便よね…


「レイは、不便なことない?」

 憲兵から解放され、シュリー市場の外れにあったちょっとかわいい系のカフェに入って昼食をとっている時に、思い切って聞いてみる。

「不便なこと、というと?」

 パンを丁寧にちぎりながらレイが聞き返してくる。あまり気にして見ていなかったけど、本当に所作が美しい。付け焼刃のものじゃないわ。

「左手。傷が痛んで日常生活に支障をきたすこと、ない?」

 んー、と目線を上にあげて考えている。マリアが横からお嬢様これも食べてください、と野菜のオイル蒸しを皿に乗せてきた。うげ。

「今のところ、大丈夫ですよ。利き手は生きてますし」

「でも、何かあるでしょう?私に何かできることない?」

「サラ様がそんなことする必要ありません」

 問答無用、といった感じで返される。初めて会った時みたいな有無を言わせない物言いにう、と言葉に詰まる。

「でも、それじゃ私の気が済まないわ。湯あみを手伝ったり、御髪を整えたり、お着替えを手伝ったり、なにかすることない?」

 私の言葉にレイがごほっと盛大に咽せ込んだ。

「だ、大丈夫?はい、お水」

 慌ててレイの目の前にあったグラスを差し出す。レイは咳込みながらすみません、と言ってグラスを受け取ると、ほんの少し落ち着いてからごくごくと飲み干した。そんなまずいことを言ったかしら?いえ、そんなことはないはずだけど…

「お嬢様、本当に信頼なさっているのでしょうから、今レイに対して距離感ぶっ壊れているんだと思いますけど」

 マリアがため息交じりに私に向かって言う。あ、これなんか怒られるパターンだわ。

 マリアはパンっと手を打ち鳴らした。

「はい!今からあなたはサラ・ヘンリクセン公爵令嬢です。そして目の前にいる男性はレイじゃありません。レイに似た全く違う男性です!そこまで考えてから先ほどの発言を思い出してくださいはいよーいスタート!」

 え?ちょ、ちょっと待って。ええと、私は公爵令嬢、そう、公爵令嬢。そう思うと自然とすっと背筋が伸びるから小さなころからの教育って本当怖い。

 で、次はなんだったかしら?そうそう、目の前の男性はレイじゃない。彼によく似た男性。そう思ってレイを見ると、さっと心が一歩引く感覚が分かった。即座に令嬢らしい笑顔を顔に張り付ける。

 それから、さっきの発言…さっきの…



「~~~~~~~~~~っっっっっっっっ!!!!!!!!」



「やっと気づきましたか、お嬢様」

「や、やだ私ったらなんてはしたないことをっ!やだ、もう本当になんて恥ずかしい!ご、ごめんなさいレイ。あなたにもまるで…っ誘う…っ!ごめんなさいこれ以上はもう言えないわ!!ああ、でも本当にごめんなさいっ~~~~~!!!あぁ、もう本当になんってこと…っ!」

「…お気づきいただけたのなら結構です。俺は大丈夫です」

 いまだ頬を赤らめるレイに必死に謝る。穴があったら入りたい。

「お嬢様はいまそんなに恥じらっていますけれど、またすぐ距離感ぶっ壊れるので、そのたびある程度は矯正させていただきますね。レイの心臓が持ちませんので」

 はい…よろしくお願いします、と言って私は俯きながらパンを齧るのだった。

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