23.マリアとレイの深夜酒
設定上の大きな落とし穴を発見して執筆済みのをこそこそと修正しました。お暇があれば戻ってみてください
あーーーーー(凹
「そういえば、レイ。私あなたに何回か会ってるわ」
ふて寝の後そのままサラ様がすやすやと寝入ってしまい、さすがに未婚の令嬢がお休みになっているところにこれまた未婚の男がいるのはまずいと思い、帰ろうとしたところをマリア殿に引き留められた。
「大丈夫。お嬢様、そんなの気にしないから」
「サラ様が気にしなくても俺が気にしますよ…」
ため息交じりに言うと、マリア殿は「一緒に飲むわよ」とまるで聞いていない。
「わかりました…」
ともう俺は半ば投げやりに返す。駄目だ。常識の通じる相手たちじゃない。それが心地よくもあるけれど。そんなことを考えているとマリア殿が俺に酒を注いでくれようとする。
「そんな、恐れ多くも初代団長に注いでいただくなんて…っ」
「それ言ったら、私は王弟殿下にお酌をしている幸福者ということになるんだけど?」
身分は忘れましょ、ただ私は飲みたい相手と美味しいお酒を飲むわ。とマリア殿が言う。
「…そうですね、すみません」
身分は気にしないで普通にしてくれと自分で言っておきながら、マリア殿が初代団長だと考えるだけで、頭が下がりそうになる。
「…ほんと、すごい憧れてて…またサラ様が起きてるときにきちんと理由とか言いますけど、俺、五歳から十六歳まで人前に出ちゃいけなくて」
「覚えてるわ。その頃、幼い王弟が病に伏せられたって通達が国中に出たものね」
「そうなんです、それ俺です。で、外に出られないから本読んだり、城下や王宮で流行ってる話を姉上や侍女とかから聞くのがすっごい楽しみで、で、必ずマリア殿の話出てきてたんですよ。凄腕の騎士団長だった女性が姉君の初めて考案した国家最高機関の団長になったって…もう本当に憧れて憧れて。十六になったら絶対交渉団はいるんだって。サインもらうんだって本気で思ってて」
俺の言葉にマリア殿がぶっと噴出す。心底おかしそうに肩を震わせて笑っている。
「ちょ、笑わないでください。本気だったんです!」
「はー王弟殿下にそんな言ってもらえるだなんて幸せ者だわ」
笑いすぎて出てしまった眦の涙を拭いながらマリア殿が言う。
「私、思い出したことがあるんだけどそういえば、レイ。私あなたに何回か会ってるわ」
「え?」
思わず間抜けな声が出る。
「まだシャロンがあなたを抱っこしていた時だから、そうね、二十年程前かしら。あなたが三歳くらいの時。その頃はまだ騎士団しかなかったから、私はそこに在籍してて」
「ちょ、ちょっと待って下さい、ええと、三歳っていうのもですけど、『シャロン』って…」
「…仲良かったのよ。私とシャロン。あなたとの話に私がよく出てきたのもおそらく友人だったからだわ」
「なんでそんなとてつもない爆弾ばかり持ってるんですかあなた方は…」
もう驚きを通り越して心からため息が出る。どんなことでも動じないと思っていたのにこの二人はいとも簡単にそんな思いを覆してくる。
「爆弾という意味ではあなたが爆弾一番持っているわよ、レイ。まさか、あんなちびっこが大きくなってこんな風に目の前に現れるとは思っていなかった。あの頃はあなたまだデイヴィス・イグレシアスと名乗っていたからお嬢様があなたの正体を明かすまで本当に気付かなかった。シャロンもあなたのことは私にさえ秘匿していたから。本当に病でそのまま倒れたのかと思っていたわ」
そう言ってマリア殿は俺の目を優しく見つめてきた。秋波とは全く違う、まるで大事な宝物を見るみたいな目で。
「…全然気づかなかったわ。よく見ればすぐに分かったのに。瞳も、髪の毛の色もシャロンとまるで瓜二つのなのをきちんと見ていれば一目瞭然だわ。レイモンド・デイヴィスと名乗った時になぜ気付かなかったのかしら。デイヴィスなんてファーストでもファミリーネームでも珍しくない名前だし、髪の色とか見ても王族と遠縁の子かしら?くらいにしか思ってなかった」
あまりにも愛おしそうに言うものだから、声が出ない。俺に向かって愛しい声を出しているんじゃない。姉君に向けてる。そう思ったとたん、なにか熱いものがこみ上げてきそうになるのを慌てて俺は打ち消そうとした。言葉がうまく出てこない。思わず俯いてしまう。
「姉君、もよく言ってました。私とそっくりだわ、本当にあなたと姉弟でいられることが誇らしいわ、と」
「ええ。シャロンはよくあなたの自慢をしていたもの」
まさかの言葉に俺はガバリと顔を上げた。
「…自慢。ですか?」
「ええ。もういつもいつもうるさいったら。かわいくて仕方がないだの、本当に三歳と思えないくらい聡明だの今の私よりもこの子が絶対王の器だの、おしゃぶりを口にくわえるあなたを目の前にして熱弁してたわ。本当におかしかった」
駄目だ。…こんなの、泣いてしまう。
「泣いちゃだめよ、シャロンが困っちゃう。あの子、あなたの涙には本当に弱かったのよ」
「…っ知ってます」
知っている。誰よりも優しくて弟思いで慈悲深くて、俺が五歳からファーストネームを伏せて、新しい名のレイモンドを付けて、レイモンド・デイヴィスと名乗って生きていかなければならないと告げた時のあの悲しそうな姉君の誰よりも深い愛情を。イグレシアスの名は戸籍上だけはきちんと残しておくからと。
「姉君の、話ができ、て…っ嬉しい…」
駄目だ、堪えていた涙が溢れてくる。大好きだった。本当に大好きだった。優しく強くて、のくせに大好きなエドワード義兄さんにも愛情表現へたくそで。でも誰よりも愛情を振りまきたい人。
「…私、本当にシャロンが大好きだったのよ。不器用で愛情深くて。そんな彼女が大好きだったあなただもの。そしてシャロンが次期女王にと認めたお嬢様。この三人で旅をしていくんだとわかった時の高揚、わかる?嬉しすぎてあなたに跪くのも忘れてしまったわ」
「跪いたり、しないでください」
だめだ。どうしたって涙が溢れる。
「…だめね、お酒を飲みすぎると感傷的になってしまう」
マリア殿がふと俺と同じことを呟く。涙を堪えきれていない顔を上げると、マリア殿がその目から一筋の涙を流していた。
「…なんで死んじゃったのかしらね。たかが流行り病なんかで」
「…ええ」
「馬鹿よ、シャロンは大馬鹿。いつも凛としてて強いくせに肝心なところで負けちゃうんだから」
「…俺もそう思います。詰めが甘いんですよ姉君は」
「ほんとそれよ。何よ流行り病で死ぬって。意味わからない。そんなので死ぬくらいなら誰かに刺されてどうしようもなく死になさいよ」
「不戦の契りあるのでそれは可能性高いです」
シン、と空間に静寂が広がった。しばらく二人ともそのまま押し黙る。
…そしてマリア殿が口を開いた。
「…生きてて、欲しかったわ」
「俺もです」
「…シャロンと、お嬢様の治める世を見たかっ…た」
マリア殿の顔がさらに涙でゆがんだ。