20.膝を合わせて話をしましょう【レイ前編】
レイが困った顔をしている。
「レイ、あの…無理に話さなくてもいいのよ」
「いえ…あの、すみません本当に。お二人はいろいろと話してくださったのに。俺の情報は…黙っておくのもとても心苦しいのですが、かといって勝手に話していい内容でもなくて」
レイの目が、本当に辛そうだ。嘘やその場しのぎの言葉ではなくて心から言っているのだろう。どうしようかしら…と私は頭を抱える。無理に話して嫌われてしまうのも嫌だ。
「そうだわ、レイそれなら、あなたについて簡単な質問してもいい?誰でも答えられるような質問よ。それで少しでも気が楽になるならそれに越したことはないわ」
私が問いかけると、レイはほっとした顔で頷いてくれた。それなら、と言って口にお酒を含んだ。よかった。ちょっとは気が抜けたみたい。
「…ええと、彼女いる?」
ぶほっ!!とレイが咽せた。
「きゃあっ、ご、ごめんなさい」
そんな咽せるような質問だったかしら?こっちとしては気楽にフランクに恋バナでも、と思ったのだけれど。慌ててレイに近寄り背中をさすってあげる。
「っこほ、も、う大丈夫です。取り乱してすみません。まさかサラ様の口から彼女とかっていう言葉が出てくるとは思ってなくて」
彼女はいないです、それでも律儀に答えてくれる。本当にいい人。
「いままでいたことなかったの?レイはモテるでしょうに」
マリアが不思議そうに尋ねるが、レイから返ってきた微妙な微笑みに「あー」と納得した。
「あ、そうね。交渉団にいたらまず彼女はできないわね。しかも七年で団長になるような人間がそんなのに構っている暇はないわね。大方心配したエルグラントあたりから何人か紹介されたけど、職務や訓練が忙しくて連絡しないうちに自然消滅…あたりかしら?」
エルグラントってまさか?と確認の意味も込めてレイに聞くと、前団長です、と返ってきた。さすが初代団長。次世代団長を呼び捨てにするとか強すぎる。
「ご名答です。マリア殿」
「じゃあ好みのタイプは?」
私が畳みかけると、ふたたびぶほっ!!!とレイが咽せた。
「なんで恋愛系の質問ばっかなんですか!俺ばっかおかしいでしょ!?」
「だって聞いてほしくないみたいだから。…十六の少女の興味分野なんて恋愛くらいでしょ?」
「サラ様に限ってはそんなの当てはまりませんよね!?」
「本当に出会った頃が嘘みたい。今のレイのほうがのびのびしてて、私とっても好きよ」
私の言葉にレイはぐっと言葉に詰まったようだ。頬が少し赤い。嬉しいのか照れているのか、喜ばせられたならよかった。
そのときマリアがそっと手を挙げた。
「私からも質問良い?」
ちょっとまだ好みのタイプ聞いてないのに!私はマリアに抗議しようとしてその顔を見て、口を閉ざした。マリアが今までの談笑が嘘だったんじゃないかってくらい、真剣な顔をしている。
「なんで、あの地下の時、ドミニクのナイフを掴んだの?」
――――馬鹿マリア!!一瞬で血の気が引く。それこそがレイが隠していることの本質なのに!
「あ、た、たぶん私のほうにナイフの矛先が向かないように…」
「だったら手刀でも使えばいいだけのことです。それだけの訓練は受けてますし、一瞬で無効化すればお嬢様のほうにナイフの矛先が向かう心配もありません」
あちゃー、と思う。ここで強火私担マリアがでた。おそらくマリアは私に刃が向けられる可能性をすべて潰さなかったレイに怒っている。でも、マリア…どうしようと私は思う。私が勝手に言っていいんだろうか。やはりこういうのは本人の口から…
その本人に目をやると、動揺が隠しきれていない。どうしよう。このままマリアの追求を受け続けるのはきっとレイにとってとても過酷なことだ。憧れの相手に嘘を吐き続けなければならないなんて、そんなのかわいそうすぎる。
――――決めた。私はレイにもマリアにも幸せになってほしい。
「マリア」
私は口を挟む。びり、と空気が変わるのが自分でも分かった。マリアもレイも目を丸くして私を見る。二人ともおそらく無意識でグラスを置いて背を伸ばした。
「よく見ておきなさい、これが答えです」
そう言って私は一度レイにむかってごめんね、と微笑みかける。でも、きっと悪い方向にはいかないから。レイが混乱の表情で私を見返してくる。
すう、っと息を吐いて、私は腰を落として、
――――レイに向かって膝を折った。
「なっ!サラ様!?」
「…お嬢様…?」
「ご挨拶申し上げます。ヘンリクセン公爵が長女サラに御座います。レイモンド・デイヴィス…」
頭を下げていても、レイが動揺しているのが手に取るようにわかる。当たり前だ。彼の存在は一部の人間しか知らない。私もたった一度女王教育の時に、一般に出しているものとは違う極秘事項としての肖像画入りの家系図を見せられただけだったから。齢五の時に名を変えられたと。理由までは書いていなかったけど。でも、それでも彼の名前と顔を覚えるには十分だった。だから、彼が護衛としてきたときめちゃくちゃびっくりしたのだけれど。
「―――――イグレシアス王弟殿下」
どれくらい時間が経っただろう。
「顔を…あげて、ください…サラ様」
消え入りそうなレイの声が聞こえて、私はゆっくり顔を上げた。いつもと変わらない美しい顔をした彼がそこにはいた。優しく、どこか泣きそうな顔をして。
「…いつから、ご存じだったんですか?」
「最初からよ。あっ、…最初からですわ。殿下」
慌てて言い直す。身分は明らかにレイのほうが上なのだから。本人が隠していたから今までは普通に接していたけれど、私は公爵、彼は王族だ。しかも現王と違い、れっきとした王族の血が流れている。それが明らかになった以上、礼儀はわきまえなくてはならない。
「やめてください、サラ様。次から敬語使ったら本気で泣き喚いてやめさせます…本当にあなたにはかなわない」
やめさせ方がかわいすぎる。最初会った時の、「敬語は不要です」と逆らえない圧で言ったレイはどこに行った。
そう言った後にレイはマリアのほうを向いた。未だ呆気に取られていたマリアだったが、慌てて膝を折ろう、とするのをレイが止めた。
「!!!!!やめてください!俺マリア殿のこと本当に憧れてたんです。そんな人から膝折られるとか耐えられません。もし敬語使い出したり膝折ったらサラ様にお願いして「マリア大っ嫌い!」って言ってもらいますからね!」
レイの必死な顔と言葉にぶっと噴出してしまう。さっきからなんでわたしのそれが罰ゲームみたいになってるの。でも私が噴出したのを見て、明らかにレイの表情が明るくなる。
「…どこから話せばいいですかね。もうそこまでわかっているなら、隠すことは全然ないです。本当に良かった」
心からほっとした表情のレイに、やっぱり言ってよかった、と思う。あぁ、でも…謝らなきゃ。
私は立ち上がり、レイの左手を取った。包帯で巻かれているから見えないけれど、きっと相当痛かったはずだ。でも、まずは。
「勝手にばらしてしまってごめんなさい。でも、私も知っているのに、隠し続けて辛い思いをさせるよりは、と思ったの。あとこれだけは信じてほしいの。大丈夫。マリアは信頼できる人よ。絶対に誰にも話さないわ」
わかってます、とレイが頷いてくれる。
「…シャロン女王陛下と、『不戦の契り』を交わしたのよね。王族だけの、契り。誓いよりももっと厳しい、契り。そんなあなたを護衛に連れてごめんなさい。けがをさせてしまってごめんなさい」
私の言葉に、レイが優しく微笑んでくれる。いいんですよ、これくらいであなたが守れるなら、という言葉がとても優しい。
「全部、話します。俺のこと」
――――最初よりずっと晴れ晴れとした顔で、レイが笑った。
後半はレイ目線になって続きます。