19.膝を合わせて話をしましょう【サラ】
「さて、じゃあ次は私について話をしましょう」
私は言って、立ち上がった。マリアがぱちぱちと拍手をしてくれるが、レイの顔が緊張している。別に私なにもマリアみたいに面白いネタなんか持っていないから、そんな期待されても困るのだけれど。
「サラ・ヘンリクセン。大国ブリタニカにおいての三大公爵家のうちの一つ。ヘンリクセン公爵家の長女として十六年前にこの世に生まれ落ちました。その後すくすくと育ってまいりましたが十年前の齢六のときに前女王シャロン様より第一王子との婚姻を前提として次期女王としての拝命を承っていたところ皆様もご存じの通り先日第一王子が真実の愛に目覚められ私も聞くに堪えない悪評が流れたためめでたく婚約解消大団円のうちに諸々が幕を閉じましたが第一王子のちょっとした計算違いの行動により国外追放の身となりとても毎日楽しく暮らしております。なお、マリアのようなおいしい裏設定は持ち合わせておりません」
「いやいやいやいやいやいやいやいやいや」
珍しくレイからツッコミが入った。
「お嬢様大事なところが抜けてます。王子にアホがついていません」
「そこじゃないでしょう!?」
マリアのボケにレイが突っ込む。いいコンビだわ。
「ええと、じゃあどこのことを聞いているのかしら…?本当に私これ以上の設定なんて持っていないのだけど」
私の言葉にはぁぁ、とレイが頭を抱えた。
「サラ様。あなたがご自分について絶対に秘匿しなければならない情報はお持ちでしょうか?」
なんともふんわりした質問。
「いいえ、何もないわ。別に全部話したって構わなくってよ?」
私の言葉にレイの目が、ギン、と強くなる。あ、なんか最近ちょっとキャラ崩れてたから忘れてたけどこの人王国交渉団団長だったわ。交渉も尋問もプロ級の人だったわ。
「では、いくつか質問しても?」
レイからなにか逃げられないように網を投げられた気分に陥る。蒼くて美しい目が今は吸い込まれそうな強さを持っている。
―――圧、圧!怖いってば!!
そう思ったとたん、マリアの裏拳がレイの頭をはじく。った!と言ってレイが頭を押さえた。マリアからため息交じりの叱責がつづいて放たれる。
「お嬢様に失礼でしょう。別にこの方は何も隠したりはしないわ。普通に質問なさい」
「…失礼しました。つい。では、いいですか?」
「ええ、どうぞ」
「それでは、一つ目です。アース王子のことです」
「アース!?そこから???」
思わず叫んでしまう。今更アースとのあれこれを聞いてどうするのだろう。
「陛下から、あなたの護衛の任を任されたとき、あなたが三年前からすべてを知っていたと聞きました。婚約破棄も、国外追放も」
「ええ、知っていたわ」
「では、その情報はどうやって知りえたのでしょうか。いくらア……ース王子といえど、そういう計画を立てていたことは秘匿されていたのでは?」
「今絶対アホって言いかけたでしょ」
「いえまさかそんな」
そうねぇ…と言って私は首を傾げる。こんな答え肩透かしだと思うのだけれど。
「計画が書いてある紙をたまたま見ちゃったのよね。アースの執務室にちょっと用事があって行ったときに、たまたま机の上に出ていて、ほんと一瞬しか見ていないしぱっと隠されちゃったんだけど。読めちゃった」
今度は私の言葉にレイが手を顎に添えて何かを考えている。「…一瞬?」とか言われたけど何を考えてるのだろう。
「…まぁ、いいでしょう」
何が。
「では続けます。私が、自分を取り繕っているといつからお気づきでしたか?」
「最初に会った時からよ。あなた本当は結構口悪いでしょう?言葉遣いが取り繕われている感じがすごかったもの。あと、目が無理してた。だから馬車の中で「俺」って言ってくれた時はとても嬉しかったわ!」
私の言葉にレイが目を丸くする。しまった、気分を害したかしら。
「ええと、でもね交渉団団長ってやっぱりそういう役職だし、きちんとしなきゃいけないってのは判ってるから、別に「私あなたがこういう人間だったけど上から目線で転がしてやってたのよ」とかそういうんじゃないから!絶対!」
慌ててフォローを入れるが、レイの目は開かれたままだ。そのまま少しだけ目を細めて次の質問を投げかけてくる。
「では…ヴォルト市場での話に行きます。なぜ最初に薬が入っていると気づいたのでしょう。…いえ、次期女王としての教育を受けていたのであれば、口に入れれば即座に回避することもできたでしょう。だが、あなたはあの時一口も口をつけていない。なのに悪いものが入っていると見破った。それはなぜですか」
「だって、ドミニクさんが言ってたから。今からお前に悪いことをするぞ、さあひっかかれって。あの状況で私が何かされるって言ったら飲み物に何か入れてくることしか考えられなかったのよ」
私の回答にレイが最大級に怪訝そうな顔をして首を傾げる。なにか変なこと言ったかしら。今しがたの私の言葉を思い出して、あ、と小さく声を上げた。
「ごめんなさい。『の目が』が抜けてたわ。そう、私目を見ればだいたいわかってしまうの。その人が何を考えているかとか。最初は偶然だと思っていたんだけど。マリアにそれは違うって言われて」
「お嬢様は人の目を見れば一パーセントのズレなく心の機微を読み取ることができます。自分に向けられる恋愛感情だけはまっっっっっっっっっっっっっっったく読み取れませんが」
それ以外のことは完璧です、といってくれてるけど、なぜだろう。言葉の後ろのほうに諦めのような感情を感じ取ったのだけれど。
「そう…でしたか」
呆然としながらレイが声を絞り出している。
―――ほら、レイがドン引いているじゃない!抗議の目をマリアに向けるが、マリアはにっこりと私に微笑みかけてくる。
「でも、あれよ。今回みたいなときだけしか役に立たないような、全然大したことない特技みたいなものだから。あと普通の会話上で感情をあえて読もうとすることはないわ。安心して」
「大したことない特技で、悪だくみを考えている男性四人を捕まえられてたまりますか。十分な才能です。誇ってください」
レイの言葉にはい、と声が小さくなる。なぜだろう、なんか怒られているような気分になるのは。
「あと、最後の質問です」
はいっと、背筋が伸びてしまう。
「なぜあれほど的確にふ頭の倉庫の位置をマリア殿に伝えられたのでしょう。ここの土地勘があるわけでもないのに」
あぁ、それなら。
「地図を見たからよ?」
なんでそんなわかり切ったことを聞くのだろう。逆にそれ以外の理由が思い浮かばない。
「そういうことを、聞きたいのではなく」
「わからないわ、レイ。なにをさっきから言っているの??」
ため息交じりに言われてもこっちが困る。
「マリア、どうしましょう、私なにか変なことを言ったかしら?」
困惑交じりにマリアに助けを求める、と、彼女は肩を震わせて笑っていた。レイがもう疲れた、という口調でマリアに話しかける。
「マリア殿、お願いします。助けてください。サラ様は無自覚ですか?本当に気付いてないんですか?」
「気付いているし、自分にそういう才能があることもご存じよ。ただ、それを特別なことだとは思っていないだけで」
あぁ、おかしい、と言ってマリアはお酒をまたグラスに注いだ。本当に酒豪だわ。もう四十になるのだからそろそろ体に気を付けながら飲んでほしいんだけど。
「お嬢様は、そうねまとめて言っちゃうと」
そう言ってからマリアはお酒を口に含む。こくん、と喉が上下した。
「絶対記憶能力の持ち主よ。一度見たもの読んだものは絶対に忘れない。それから速読、一瞬で文章を読むわ。いいえ、記憶するといったほうが近いかもね。そして人の目を読むことができる。これらに加えて、頭の切れもいい」
「完璧最強じゃないっすか…」
あ、またレイの口調が崩壊したわ。