186.エンドロール
最後です…!
「疲れたねぇ…」
「本当にね…」
結婚式が終わって湯浴みも終えて、私とレイは寝室にいた。当たり前だけど結婚して初めての夜。つまりはそういう空気になるはずなんだけど、とりあえずぐったり疲れた私たちは並んでベッドに突っ伏した。
ふかふかのベッドからはいい香りがする。聞けばリラックス効果があるとか。
「…ねぇ、レイ?」
「なぁに?」
ぽわぽわと繰り出される会話が心地いい。
「…ありがとう。さっきの。とっても嬉しかった」
「誓いの言葉?」
「うん」
そう言ってくるん、と体ごと回ってレイを見ると、彼はその身体をだらんとベッドに投げ出してうつ伏せている。
なんだかわからないけど、思わず手が伸びて、私は彼の耳をつまんだ。
「ちょ…っ、」
レイがびくりとして顔を上げ、顔を赤くさせた。
私は寝転んだまま、同じく寝ながらも顔だけこちらに向けたレイの耳たぶをこねこねと触る。
「ちょっと、やめ…っ」
「ふふふっ」
触れば触るたびに赤くなっていくレイが愛おしい。心から愛おしい。
「ああっ!もう!」
レイが突然大きな声を出して、彼の耳に伸ばしていた手首を掴んだ。
「ねえ、わかってやってる??俺の理性試してるの?」
「うん、わかってやってるの」
だって。何もかもの制約がない初めての夜だもの。
「…触れたいの」
「ちょっと待って。ほんと、心の準備が」
「触れてほしいな?」
「なんでそんな積極的なの?!待って立場逆転してない?!」
真っ赤になるレイに笑ってしまう。なんでこんな可愛いのこの人。
「ちゃんと、これから、何があるのかわかった上で言ってるんだよね?」
「…ええと、机上のお話での知識しかないけれど、一応?」
こてん、と首を傾げる。夜伽の話は教育としてきちんと教えられる。もちろん、何をどうするかくらいはわかってる。交際期間中はそういう話題振られてたら恥ずかしいだけだけど。もう結婚したんだから!
「あのね。…最初に言っておくよ?ほんと、どうなるかわからないからね?」
「それは、私?レイ?どっちが?」
たっぷりの間の後、レイは言った。
「…どっちもだよ」
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翌朝、私は最愛の人の腕の上で目を覚ました。
「…おはよ」
「お゛は…」
声が掠れてうまく出てこない。
「…大丈夫?」
そう言って私ほどではないけど掠れた声で聞いてくるレイの色気は凄まじくて。
「…レイの、すけべ」
そう言って私は毛布にくるまってレイに背を向けて顔を隠す。
知識と実技は全然違う。あんな凄いことするなんて知って…は、いたけど!教えられてたけど!!!!
声が掠れてしまうほど訳がわかんなくなるなんて聞いてない。あんな、あんな…っ!自分が自分じゃないみたいな声とか仕草とか…っ!
「〜〜〜っ!!!!」
恥ずかしくて死にそう。無理死にそう。
「かわいかった。…サラ、本当に可愛い」
その上この無自覚砂糖製造機男は追い討ちをかけてくる。
「やっと…手に入った」
後ろからすらりとした、しなやかな筋肉のついた腕が伸びてきて、私を毛布ごと抱きしめた。
「手に入った、って元々あなたのものよ?私は」
「…わかってるけどね。奥さんが偉大すぎると、旦那さんはいつだって不安なんです。いつ、愛想を尽かされるか戦々恐々としてるんです」
すりすりと私のつむじあたりに彼の鼻が擦り寄せられる。
「愛想を尽かす訳がないじゃない。あなたこそ、どこかの御要人に側室の打診されてたじゃない。モテモテすぎて妻はいつだってヤキモキしてるわ」
「それを言うならサラだって、暗に愛人の打診されてたじゃない」
「えっ?!」
「やっぱ気づいてなかったかー」
はー、と頭の上でレイが溜め息をつく。
「ほんと、目を見て好意も読み取れるようにならないと。危なっかしすぎる。…っていうかやめよう?こんな素敵な朝に愛人だの側室だの」
「それもそうだわ。ごめんなさい、レイ」
そう言って私はもぞもぞと身動きをして、レイに向き直る。カーテンの向こうから差し込むわずかな光が、レイの顔をまるで陶器のように美しく際立たせている。
「幸せだな。朝から最愛の人の顔を見て目覚められるなんて。こんな幸福なことがあっていいのかな?」
ううん…朝から砂糖大量発生案件。顔の真ん中がきゅっ、てなる。
「…可愛い。愛おしい」
レイの手が私の頬を撫でる。毎日の訓練によって、最初に出会ったときみたいな、ゴワゴワした手に戻っている。私の大好きな大好きな手。
すり、と自然に頬を預ける。その仕草にレイが眩しいものを見るように目を細めた。ゆっくりと顔が近づいてきて、レイの唇が私のそれに重なった。
もうすっかり日は登ったのに、まだ夜は続いているらしいことを私はそこで初めて知る。
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ブリタニカ大国に於いて、初めて禅譲された女王。サラ・ペトラ・イグレシアスの治世はおよそ四十年に渡った。
その類稀なる女王の素質は、即位後遺憾無く発揮されることになる。希代の賢王と称され、貴族ならではの価値観と一般市民の目線で繰り出される政策は国を豊かなものにした。
民は揃いも揃って口にした。あの女王は、1ペルリの価値がわかる人間だと。
夫の助けも借り、外交にも力を発揮しブリタニカは大国として揺るぎない立場を手に入れた。悠久に平和の時を。この理念のもと、一度も他国と戦争を行わずして、ここまで大国に仕立て上げた手腕は今まで類を見ないほどのものだった。
民からも愛され、家族からも愛された女王になった。
私生活でも、女3人、男2人という5人の子に恵まれ、65歳の時に女王の座を第一王女であったアナに譲り、自身は最愛の夫であるレイモンド・ディヴィス・ペトラ・イグレシアスと、郊外の別荘に移り住んで余生を楽しんだ。
サラが82歳の時、89歳になったレイモンドは生涯を終えた。充分に満たされた人生で、妻に看取られながらの静かで穏やかな最後だった。
最愛の夫を亡くしたサラは悲しみに暮れ、亡骸のそばで一晩泣き濡れていたが、まるで後を追うかのように、翌日レイモンドの手を握った状態でその生涯を終えたことを確認された。
2人は同時に埋葬され、同じ墓に入れられることになった。
一生、お互い以外を目に入れることなく、まさに溺愛し合ったまま亡くなった2人の話は、後世に語り継がれるほどのラブロマンスとして、本にもなったほどである。
これは、一つの大国の偉大な女王の物語である。
fin.
最後までお読みいただきありがとうございました。途中、一年更新が止まったときは大スランプで、終わりまで見えていたのにキーボードひとつ押せなくなり、本当に焦りました。
でも、ある日ふと、また彼らが脳内で動き始めてくれました。そこからは、エンドまでまるでスランプが嘘だったかのようにすらすらと書き進めることが出来ました。
今後、アースとベアトリスちゃんのその後とか書けたらいいなぁと思っています。こんな話読みたい、とかありましたらぜひリクエストください。R18は無理ですが笑笑
長い長い小説でしたが、お付き合いいただいた方々、本当にありがとうございました!




