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184.仲直り

 夕方。


 エルグラントがレイを呼びに行ってくれて、私は部屋で待機している。本当は授業が終わってすぐに飛び出して交渉団へ走り出したかった。でも、エルグラントが、


「こういうときはな、男に謝らせてやれ」


 なんていうものだから。

「それだと、私がただ謝罪を待っているだけの傲慢な令嬢みたいじゃない。」

 と口を尖らせると、男にも矜持があるんだよ、と返されちゃったからそれ以上はもう何も言えなくなった。


 でも、なんだか落ち着かなくてそわそわして。

 ソファに立ったり座ったりをさっきから繰り返してた、その時。


「サラ!」

 ばん!と扉が開いて、レイが部屋に駆けこんできた。あ、その目。もうその目を見るだけで彼がどれだけ後悔して悩んでそして私に遭いたかったかが一瞬で分かって泣きそうになる。

「エルグラントさん、マリア殿。…ごめんなさい。すこ、し。少しの間だけでいいので」

 レイがエルグラントとマリアに向かって言い、二人はわかっていたかのようににっこりと笑った。


「しっかりな」

 エルグラントがそう言って、レイの髪の毛をくしゃりと撫で、マリア達侍女もハリスも衛兵も私達二人以外の全員を扉の外に連れ出してくれた。

 その様子を最後まで見送ってから、レイは私に向き直った。


「レ…」

 イ、と言う前に、一気に距離を詰められて、立て続けに唇を三回奪われた。


「…私からしようと思ってたのに」

「だめ、これは俺からしたかった。どうしても」


 レイが口づけを三回送ったのちにそっと顔を離しながら言う。

 そう、これは仲直りの合図。



――――――


『だから、そんなときのために仲直りの法則を作らない?』

『仲直りの法則?』

『そう。どんなに喧嘩しても、相手に対して苛立ってしまっても、仲直りできるスイッチを作るの』


『三回どちらかが相手の唇に口づけを送ったら、どんなに怒っていてもどれだけ腹が立っていても一旦溜飲を下げる…ってのはどう?』

『なにその甘すぎる仲直りスイッチ…』


―――――


 レイが正式にプロポーズしてくれた日。他の令嬢とダンスをしたあの日の夜、これから何度でも生じるであろう諍いをきちんと消化できるようにお互いに交わした約束。


「さっき、するべきだったのに、ごめん…サラ、本当に本当にごめん」

 そう言ってレイは私をゆっくりと腕の中に閉じ込めた。その腕の中があまりにも温かくて、自分がひどく心細かったことにその時初めて気付いた。


「私の方こそ。ごめんなさい。あなたをまた試すような言葉を使ってしまった」

「…試すような言葉を使わせるような状況を作り出したのは俺だよ。…本当にごめん」

「違うの…!私が!」

「いや、俺が悪かったから」

「違…」


 う、という前にまた立て続けに唇を三回奪われた。

「…っ、もう!」

「溜飲いったん下げて。まず俺から謝りたい。いい?」

 レイの言葉に私はこくこくと頷く。言い合いを続けていたら永遠に口づけ三回が終わらなそうだったからだ。


「まず、サラを置いていったことに関しては、ごめんね、それは仕事だったから謝れない。でも、その後サラや、お義母様、マリア殿にエルグラントさんやハリスや、侍女たち皆俺が帰ってくるのを待っててくれただろうに、言付け一つ寄越さないでごめん。そんな中マシューと飲んだり、本当に配慮が足りなかった。本当にごめんなさい。…甘えてたのかもしれない。でも、それこそやっちゃいけないことだった。二度と、二度と誓ってこんなことはしない。だから、許してほしいです、サラ」

 心からの言葉に、私は頷くしかない。もう、そもそもそれほど怒っていないんだから。


「…ありがとう、本当にごめんね。…愛してる」

「私だって愛してる。…だから、私の方こそごめんね。レイの謝罪はきちんと受け取りました。…釣った魚に餌はいらないだなんて、そんなこといってごめんなさい。あなたがそんな人じゃないことなんて、私が一番知ってるわ」

「いいよ。むしろ、これまで以上に愛を囁かなきゃいけないって気付かされた。試す方が馬鹿馬鹿しくなるくらい、愛情を表現していかないと」

「え、いやそれはちょっと」

 今でさえ、息を吐くように甘い言葉を繰り出すこの人が箍を外したらどうなるかだなんて考えただけで怖い。

 ただただその気持ちが嬉しい。和解しあえた。それだけでほっとする。

 レイが再び口を開く。

「サラ、教えて欲しい。どんな罵倒も感情もきちんと受け止めるから。サラの気持ちをしっかり、聞かせて欲しい。嘘もつかないで。俺へ忖度しないで。サラのありのままの気持ちを教えて」


 …うん、そうね。これだけは伝えなきゃ。私が間違った言葉。本当は伝えなければならなかった言葉。



「…寂しかったの」



 私を抱き締めるレイの腕がぴくり、とわずかに跳ねた。

「ただ、ただ寂しかったの」

「……ごめん」

 私を抱き締める腕の力が強くなる。服の上からでもわかる、鍛え上げられたレイの腕が私をただただ抱きしめる。苦しい。苦しいけれどなんて幸せな苦しさなんだろう。


「どうしたら、埋め合わせできる?」

 くぐもった声が耳の後ろから聞こえる。

「また、デートしてくれる?」

「何度でも」

「ふふ、じゃあネックレスとか買ってもらおうかな」

「何個でも」

「おいしいイチゴのスイーツのお店に連れてって」

「店ごと貸し切っとく」

「あとは、婚礼衣装はお召し替え5回くらい減らして」

「それは却下」

「そこは、いいよじゃないのね!?」

 ぶっと噴出してしまう。


「あとね…」

 私はそう言って、レイの胸をそっと押す。

 私を抱き込めるレイの腕が緩み、二人の間に少し隙間ができてから、私は顔を上げた。そこにはいつもの優しいレイの顔。…ああ、やっぱり私はこの人のことが大好き。


「…仲直りの口づけを、頂戴?」

「…いくらでも」


 そう言って飛び切り優しい口づけが何度も、何度も落ちてきた。


―――――


「あー、なんだ、レイ。仲直りは非常にいいことなんだが、ほどほどにしておけ?」

 もう!!!もうもうもう恥ずかしい!!!!何より皆の生暖かい視線が恥ずかしい!!!!


「まったく…本当にこの男は…レイ、お嬢様はさすがに放してほしいはずよ」

 マリアが頭を抱えながらはぁ、と溜め息を吐いた。わかる!わかるわ!


「嫌ですよ、もう俺あと少ししか時間がないんですから絶対に降ろしません」


 そう言うレイはこれ以上にないほどにニコニコいきいきとしている。


 …私を膝に横抱きにしながら。


 いや、まぁね?確かにあのあとちょっと立てなくなるくらいの口づけを送られて、そのままソファに座って横抱きにされながらちゅっちゅちゅっちゅされたりこれまた砂糖を煮詰めて煮詰めて煮詰めたのもさらに煮詰めたような甘い言葉を吐かれたり、好き好き愛してる言い合ってようやく落ち着いて、さあじゃあそろそろ待たせすぎも良くないから皆に入室してもらおうか、と言って降りようとした私を、レイはしっかりと抱っこして離さないまま、皆を呼び入れたのだ。


 で、現在私の目の前には苦笑するエルグラントとハリス、呆れ顔のマリア。嬉しそうに赤面する侍女さんたちがロゼリア含め六人。その中の一人はメモを取ってるんだけどちょっと待ってそれ何のメモ?


「そんな真っ赤になって。恥ずかしいの?可愛いなぁ」

「ははははは恥ずかしいわよさすがに!!お願い…こういうのは二人きりのときだけにして?」

「やだ」

「なんでそこ即答!?王道の展開だと、ここで男性は『二人だけのときにして』って言葉に照れたりするんじゃないの!?」

「ふはっ!」

 う、ずるい。そこでそのくしゃりはずるい!!


「だって俺全然恥ずかしくないもん」

「いや、私が恥ずかしいのよ。降ろしてくれないと怒るわよ」

「怒っても口づけ三回すればいい話だから」

「ああいえばこういう!!!!!」

「ふはっ!」

 私が真っ赤になってキーキーいえばいうほどドツボにはまっていく気がする…


「殿下…名残惜しい気持ちは分かりますが、そろそろ次のご予定の時間です」

 ここで、ジェイがコホンと咳ばらいをして、レイを窘めた。ジェイの言葉にレイははぁぁ…と本当に残念そうなため息を吐いてから、私の唇に軽く口づけを送ってきた。

「…残念。時間だ。愛してる。世界一愛してる。喧嘩して仲直りするとさらに一層そう思えてきた。…また喧嘩しようね?」

「ここで『うん♡』ていうのもだいぶ違うわよね?!」

「ふはっ!」

 レイはこう見えて策士だから、これを天然でやってるのか計算でやっているのか。そこが分からない。まあどっちにしろ目を見ても嘘はついてないし、茶化すつもりもないみたいから何とも言えないんだけど。


「さあ、時間切れかな。行くね、サラ」

 本当に皆の前で膝の上に乗せられてすごくすごく恥ずかしかったんだけど、そう言ってレイが私を開放してくれた時、めちゃくちゃ寂しかったのは内緒。

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