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18.膝を合わせて話をしましょう【レイとマリア】

 憲兵による聞き取り調査が終わり、宿に戻ってこれたのはもう日付が変わるころだった。

「お嬢さま、湯あみはどうなさいますか?」

 マリアが聞いてくれる。実際とても湯に浸かりたい。きちんと洗って綺麗になって眠りたい。でも…こんな時間にマリアを使うのも申し訳ないな、と思って私は妙案を思いついた。

「そうだ、それならマリアも一緒に入りましょう?」

「今の私の質問から、なにが『そうだ、それなら』なのかちょっとわかりませんが、いいですよ。一緒に入りましょうか」

 ヘンリクセン家を出てから、マリアはこうやってたびたび一緒にお風呂に入ってくれるようになった。家ではやはり主人と従者という関係だったから叶わなかったけれど。旅に出てはじめてマリアが一緒に湯あみをしてくれたとき、お姉さまができたみたいでとても嬉しかったのを覚えている。

「レイも、部屋にシャワーついているでしょう?湯に浸かりたければこっちの部屋のを使ってもらっても構わないけれど」

「……」

 レイの部屋は一般室で私たちの部屋は特別室だ。湯舟はこちらの部屋しかついていない。疲れているなら湯舟に浸かれば?と思ったのだが、レイからは返事がなかった。私はもう一度声を掛ける。

「レイ?」

「はっ!あ、…あ、す、すみません。考え事をしていて」

 レイの返事に笑ってしまう。咄嗟だと元に戻ってしまうのね。でも今は無理もない。ちょっとレイには情報量が多すぎたかもしれない。…そうね。このままだとよくないわ。

「ねぇ、レイ?」

「はい、なんでしょう…」

「そうね、シャワーを浴びたら、私とマリアの部屋に来て。…私たち、これからもずっと一緒にいるのだもの。お互いについてもっと知り合いましょう」

 そう言って、両手を伸ばし、包帯が巻かれたレイの左手を取る。温かくて、優しくて大きな手。王子様みたいな顔に全く似合わない、ごわごわした手。その手を頬に引き寄せ、そっと頬ずりする。私を守りに来てくれたこの手をとても愛おしいと思う。


「…部屋に来て。三人で、膝を合わせて話をしましょう」


 私の言葉に、レイは一瞬間をおいてから『はい』と返してくれた。



―――――――――


「明日も朝早くから憲兵に呼ばれているんでしょう?二人ともこんな時間からそんな強そうなお酒飲んで大丈夫なの?」

 私の問いに二人の声が合わさって帰ってきた。

「「ザルなので」」

 くすりと笑ってしまう。湯あみを全員が終えた後に、私の部屋に集合した。マリアが軽食にと簡単なサンドイッチやジュース、軽食を準備してくれて、初めてとてもお腹が空いていたことに気付く。そういえば、昼から何も食べていなかった。

 お酒を飲んでいる二人はどこか静かだ。マリアは通常運転だが、レイは何かを考えているようだ。沈黙がしばらく続く。さて、どこら辺から話そうかしら、とサンドイッチをかじりながら考えていると、おもむろにレイが立ち上がり、マリアに向かって跪いた。

「れ、レイ?」

 私は驚いたが、マリアはお酒を飲みながらまるでレイがこうすることを分かっていたかのような顔をしている。

「王国交渉団三代目が団長レイモンド・デイヴィス。初代団長マリアンヌ・ホークハルト様にご挨拶の許可をいただきたく存じます」

 頭を垂れたまま動かない。ど、どうしたらいいの?とマリアとレイを見比べるが、マリアは涼しい顔をしてレイを見ている。

 これは、私がしゃしゃりでる場じゃないわ。大人の世界だわ。何も言わないでおこうとオレンジジュースで言葉を飲み込む。マリアがお酒のグラスをコトリ、とテーブルに置く。

「顔を上げなさい、レイ」

 マリアの言葉にレイが顔を上げる。顔つきがきりり、としている。初めてレイに会った時も、彼はよくあんな顔つきをしていた。最近はどちらかというと優しく笑っていることのほうが多かったから、ちょっと新鮮だ。

「一度だけ礼儀を受けましょう。交渉団の掟だものね。でも、それが終わったら、勘違いしないこと。あなたの主はサラお嬢様であって、私ではないわ」

 そう言ってマリアは首からペンダントを外した。彼女がいつも身に着けているやつだ。トップに何かの紋章が彫られている宝石が付いているのだけは知っていたけど。何をするんだろう。首を傾げているとマリアの凛、とした声が部屋に響いた。ものすごい威厳。

「王国交渉団初代団長マリアンヌ・ホークハルトが許可します。三代目団長レイモンド・デイヴィス。貴殿から我が『印』への口づけを」

 そう言ってマリアはそのペンダントをレイに渡した。

「身に余る光栄でございます」

 恭しくそれを受け取ったレイが、その長い睫毛を伏せてマリアのペンダントにそっと口づけを落とした。なんだか、大人の世界を垣間見たみたいでどきどきしてしまう。イケメンの口づけ色気半端ないわ…

 たっぷり五秒ほど口づけを落としてからレイは「感謝いたします」と言って、マリアへそのペンダントを返した。途端、

「はい!終わり!もー!これ昔っから嫌だったの!恥ずかしいったら!!!!」

 マリアが叫んで私はびっくりしてしまう。びっくりした私を見てマリアがすみません、と笑う。

「もう、飲むわよレイ。飲み相手ができて嬉しかったんだから!もしこれから先態度が変わったらお嬢様にチクって、お嬢様から『レイ大っ嫌い』って言ってもらうからね」

 そういってぷんすかしている。どんな罰ゲームなのそれ。

「…わかりました」

 不意に跪いていたレイから声が出て、私はそちらを見遣る。ほんのり目が潤んでいるのは気のせいだろうか?じっと見ていると、レイが目を拭いた。

「え、れ、レイ、泣いてるの」

「だって…マリア殿、初代団長、マジで俺の憧れだったんですよ!!!国にどれだけ貢献していたか!どんな文献読んでもマジ強いしかっこいいし、かと思えばめっちゃ理想の団長だったみたいな記録しかなくて、まだまだめっちゃ現役なのに、私が居座ると後任が育たないとか言って勇退されたって聞いた時、団員が三日三晩泣き続けたとかもうわけわかんないくらい伝説の人なんですよ!そんな人が、目の前にいるなんて…」

 おおっと。レイの言葉遣い完全崩壊。

「もうやめてほんとやめて!そんな過去の話蒸し返さない!はい!飲む!」

「はいっ!!!」

 満面の笑みで立ち上がるレイのお尻にしっぽが見えたような気がしたけど、気のせいかしら…でもなんだか微笑ましくてふふ、と笑っていると不意にマリアが教えてくれた。

「さっきの、口づけですが、交渉団の掟なんです。隊長格以上の人間たちだけなんですが、一度だけ団長に挨拶をしなきゃいけないんです。団長は代々交渉団の紋章が彫られた持ち物を持つことが義務付けられていて、その持ち物に口づけを落として謀反などを企てていないことを誓って証明するんです。で、団長格になると、より先代を敬う風習があって。レイはそれに倣ったわけです」

 なるほど、と私は頷く。

「てことは、レイも持っているの?」

「はい、俺は懐中時計に彫ってますね」

 これです、と言って取り出して見せてくれる。高級そうな懐中時計の表面にマリアが持っているのと同じ紋章が彫られている。

「手にとっても?」

「もちろんです」

 そう言ってレイが手渡してくれる。紋章以外にもきれいな紋様が彫られている。ところどころにダイアモンドなど希少な宝石までちりばめられている。ここまで精密な飾り細工だと相当価値のある品物なはずだわ。と、ふと不自然な筋が時計の周りを一周していることに気付いた。

「隠し細工?」

「あっ!す、すみませんサラ様!そろそろっ!」

 慌てたレイの言葉に笑ってしまう。いくら私でも人のものの隠し細工まで調べようだなんてはしたないことしないわ。

「はい、ごめんなさいね、とても美しい飾りだわね。誰からかの贈り物?」

 返しながら聞くと、レイは懐中時計をじっと眺めて、とても優しい、それでも寂しそうな懐かしいような顔をして答えてくれた。

「はい、大事な…家族からいただきました」

 そう、と私も微笑んでレイに向かって言葉を続ける。

「さて、マリアの正体もバレたことだし、何か質問はある?」

「あ、でしたら!あの…一つだけ」


 言いにくそうにレイが口を開き、こんなことを女性に聞くのははばかられるのですが…と続けた。


「マリア殿は…何歳なんですか?」

「四十」


 別に隠す必要もないといった風のマリアの答えに、レイが「マジですか!?」と再び言葉遣いを崩壊させた。

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