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179.ホーネット家

「ここが…エルグラントのおうち」

 王都を出て、馬車で揺られること数十分。

 王都から少し離れるだけで、こんな広い農耕地があるのね…と思わず零してしまうほどの畑、畑、畑。畑が目の前いっぱいに広がっている。家のほうが少ないくらい。


「これ全部エルグラントのおうちの畑…?」

 私が尋ねるとエルグラントはがははと笑った。

「んなわけない。ここら辺一帯は皆農家だからな。親父とお袋がまだバリバリのころは結構広く土地も持ってたんだが、もう年だしな。子どもたちも全員巣立ったから、畑は随分縮小したっつってたな…っと、着いたな。おーい!ここで止めてくれ!!」

 こじんまりとはしているけれど、きちんと手入れの行き届いている一軒家を目にしたエルグラントが御者に向かって言い、やがてゆっくりと馬車が止まった。ここが生家なのね。


「最近王宮の馬車ばっかり乗らせていただいてたから、久しぶりに辻馬車に乗るときついわねっ…て、ああ、やだ。こんなこと言うと贅沢な我儘令嬢じゃない」

 私はレイにエスコートされつつ辻馬車から降りながら、御者に聞こえないように独り言ちる。正直言って腰が痛い。

「…マリア、大丈夫?顔色が悪いわ」

 つづけてエルグラントに支えられながら降りてきたマリアの顔色に私はびっくりする。真っ青だ。


「大丈夫です…ちょっと酔っちゃったみたいで」

「セリナ!」

 私が呼ぶと、「はっ!」という声と共にセリナが現れる。

「ごめんなさい。やっぱり身重の体に辻馬車はきつかったのだわ。ヘンリクセン邸に言づけて頂戴。何台か我が家から馬車をこちらに向かわせて。お父様が市井に下りるときように作られた、外装も紋章も取っ払った馬車が何台かあるの。あれなら、外側は一般の馬車だけど、中はきちんと整備されていて、揺れも少ないわ」

 今しがた乗ってきた辻馬車の御者に聞こえないようにそっと告げると、セリナは「わかりました」と言って、すぐさまほかの部下に向かって指示を出した。セリナは立場が上の方だからきっと現場を離れるわけにはいかないのだろう。


「おーい!!おやじ!!!お袋!!!!」

 と、エルグラントの突然の大声に私はびっくりしてしまう。ひえええ、鼓膜が破れるかと思った。

 エルグラントの声に、家の中からぱたぱたと足音が聞こえたと思ったら。

「「「「「エルおじちゃーーーん!!!!!!おかえりーーーー!!!!」」」」」

「うおっ!?なんでいるんだお前ら!!!」

 わぁっと子どもたちが一斉にでてきて、エルグラントにしがみつくわ飛びつくわ。え…何人いるのこれ…

 ぱっと見ただけでも10人は余裕でいる。


「ああ!!こらお前たち!!!お客様の前だよ、お行儀良くしないかい!」

 聞き覚えのある声がして、そっちの方を向くとホーネット夫人があわあわしながらお玉を持ったまま家の裏から出て来た。え?家の裏?


「おう、お袋。なんでこいつらがいるんだ?」

 そう言いながらもエルグラントは嬉しそうにしがみついてくる子どもたちの頭をわしゃわしゃ撫でたり、抱っこしたり肩に乗せたりしている。いや、総勢四人くらい持ってるけど大丈夫なのエルグラント…


「それが、内緒にしてたんだけど、ほら、うちの三番目。郵便局員じゃないか。レイモンド君からの手紙を家に届けるときに、お前たちがいつ来るかバレちゃって」

「んで、皆集合しちまったわけか。まったく。レイもサラ嬢も見世物じゃないんだぞ。…悪いな嬢、うちの一族勢ぞろいみたいだ」

 エルグラントが私を振り返り、困ったように笑うので私はぶんぶんと首を横に振る。


「とんでもないわ!むしろエルグラントのご家族には一度きちんとご挨拶しなければと思っていたんだもの、ありがたいわ…ってエルグラント!その前にマリア!マリアを休ませて!」

「んおっ!!!そうだ!マリア、大丈夫か?」

「えっ…ええ、もう大丈…」

「おい!お袋。マリアつわりが辛いんだ、どこかに休ませてくれねえか?」

 マリアの返事なんて聞いちゃいない。焦るエルグラントを見て笑ってしまう。本当にいい旦那様なんだから。


「あらあらマリアちゃん!それはきついわね!エルグラント!あんたが使ってた部屋、客間になってるからそこに連れて行って休ませてあげな!ほら!子どもたちはもう外で遊びなさい!マリアちゃん具合が悪いんだからあんたたちがうるさいと迷惑だよ!」

「「「「「はーい!!!」」」」

 子どもたちの素直な返事にふふふ、と笑ってしまう。


「セリナ!」

「はい!」

 エルグラントが呼ぶとセリナ様がまたどこからか現れた。ほんとどこに隠れてるの。

「悪い、一旦サラ嬢から離れる。俺の代わりに護衛を頼む」

「承知いたしました」

 そういってエルグラントはお家の中にマリアを連れて行った。


「…なんか、嵐のような…」

 レイが隣でぼそっと言って、私も思わず笑ってしまう。そう、着いてからもう五分以上経ってるのに、私はまだエルグラントのお母さまに挨拶もできていない。


「ホーネット夫人、お久しぶりです。今日はありがとうございます」

 ぺこりと頭を下げるだけの挨拶をする。

「お邪魔します。久しぶりでめちゃくちゃ嬉しいです」

 レイが隣で言うと、ホーネット夫人は目を丸くした。

「え?レイモンド君??」

 いつの間にかホーネットのご主人も来て、レイの姿を見て目を丸くしている。

「黒髪?目も…」

「ああこれ、変装なんです。サラも少し雰囲気違うでしょう?」

 レイがくしゃりと笑って言うと、ホーネットさんははーと息を吐いた。

「変装かぁ。…いや、王族と次期女王殿だから当たり前なんだろうけど…大変だねぇ…」


 私もレイもあいまいに笑って見せる。実際ホーネットさんの言う通り、外出に制限がかかっているのは間違いないから。


「…せめてうちにいる間は普通に、気楽にしてね。サラ…様とレイモンド君」

「…ホーネットさん、奥さん。ちょっと俺からお願いがあるんですが」

 レイがいつになく真面目な顔と声で言う。と思ったら一変、くしゃっと笑顔を見せて言った。


「サラのことは、サラちゃんって呼んであげてくれませんか?」

 

 もう…本当に敵わない。

「なんで…言いたいことわかっちゃうの」

「わかるよ。愛しい人の考えていることなんて」

 流れるような仕草でレイの指が私の頬をそっと撫でる。

「仲良くなりたいんでしょ?エルグラントさんのご両親と」

 レイの言葉に私は頭がもげるほど頷く。


「…私からもお願いします。気楽にしてとおっしゃって下さるなら…もしよければサラちゃんと呼んでいただけないでしょうか」

 私の言葉に目の前のお二人が目を丸くする。けど…ややあって、お二人の温かい声が私の耳に届いてきた。


「ようこそ、サラちゃん。今日はポトフたくさん食べて行ってね!」

「サラちゃん。レイモンド君。さあさあ後ろの護衛さん?たちも皆!山ほどポトフを作ったから、お腹いっぱい食べて行ってくれ!さすがに家には入りきらないから裏庭で食べよう」


 ああ…本当に。なんて、あったかい。

 エルグラントの温かさ、そのまま。


 心が、じんわりと、優しさで満たされていくのを感じた。

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