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172.一気に形勢逆転

「へ…へ、へい、か…」

 今にも卒倒しそうなアデライド様の顔を見て、若干可哀そうになるけれど仕方がない。

 レイが交渉団団長としてアデライド嬢と接してきたときの感覚でいたんだろう。だからこんなことをしても多少の無理はまかり通ると思って、浅い作戦を立てたに違いない。

 でも今は状況が違う。レイはれっきとした王族。こんなこと、許されることじゃない。

 

「…アデライド嬢か。ルーカス家の令嬢だな。我が愛弟に関して謂れもない誹謗中傷の種をまき散らしてどうしたかったのだ貴殿は」

 陛下がその鋭い眼光でアデライド嬢を睨みつける。

 わ…陛下、結構怒ってるわ。少し背筋がぞくり、とするのが分かる。


 レイだけの言葉では、「なにもなかった」と言ったところで信ぴょう性は少ない。でも、この国の最高権力者の目撃と証言は絶対だ。これで、一気に形勢逆転。アデライド嬢が偽りを言っていたことを疑うものはもうこの中にはいないだろう。


「あ…あ。あの、私…そんな、つもりじゃ」

 がたがたがたと体まで震えだしている。

「そんなつもりじゃなかったなら、どんなつもりだ」

 レイがぴしゃり、と音がするような物言いで言う。さっきまで敬語を使っていたのに、もはやアデライド様にそんな価値すら見出していないのだろう。


「もしここに陛下がおられなければ、私の醜聞は貴族中に広まっていただろう。決して何もなかったと言えど。それは王族の名にも泥を塗ることになる。なにより、私の最愛の婚約者であるサラの名誉と心情をこれ以上ないほど傷つけるとそこまで考えが及ばなかったのか」

「あ…あの…」

「…及んでいたな。そこにつけこもうとでもしたのだろう。あわよくば正妻の座でも狙うつもりでいたか…なんと浅はかで醜く愚かなのだ。そのような浅薄さでサラと同等の立場を得られるとでも思っていたのか。滑稽だな。…器がそもそも違う」

 レイが、言葉に怒りをにじませる。普段の優しい物言いをするレイからは想像もつかないほどの罵詈雑言だわ。ここにいる誰もが悟っただろう。レイモンド殿下は、これ以上ないほどに怒り狂っている、と。


「この場ではっきりと言わせてもらう。私はあなたに露程の興味もないし、サラ以外の女性を妻として娶る気など微塵もない。淡い期待を少しでも抱いているのなら、その期待は早々に捨て去ることだ。そして早くその見苦しい衣服を直してもらいたい。目が汚れる」


 わ…わぁ、辛辣ぅ。レイ…女性にそれは言い過ぎでは…。


「お!お許しくださいませ、陛下、レイモンド殿下…!私、私…本当にそんなつもりではなくて…!魔が差して…戯れのつもりで…!」

 わーお。こっちもこっちですごーい。私は目が丸くなる。

 魔が差して戯れのつもりでしちゃいけないことがまかり通るなら憲兵も法律もいらないわよ!

 すぐさま言い訳をして保身をするところ、さすがだわ。見習わなきゃ。って何をかい!…と、脳内一人突っ込みをしていたらまさかの私に話が振られてきた。


「陛下、この者の処分、いかがいたしましょう」

「ふむ…。サラ、どうする?」


「へっ?」

 

 まさかの私!?え、ちょっとまって実質被害者はレイだし、名誉を傷つけられそうになったのは王族だし、陛下とレイで決めて…?と言いたいけど、そんなこと言えるわけない。

 どうしたものかしら、と陛下の顔を見て私は確信する。


 …ああ、これ、試されているのね。私の次期女王としての器と采配を。


 私は考えを巡らせる。確かにアデライド嬢のしたことは大罪だ。下手したら王族の名を汚しかねないほどの。でも、実質の被害は何もない。陛下によってレイの潔白は証明された。あまり厳しすぎても今度は公爵家の顔に泥を塗る。三大公爵家の絶妙なバランスを崩すのは得策ではない。

 かといって何も処罰を与えなくても王族の名誉にかかわる。

 アデライド嬢はまだ若い。いくらだってやり直しは効くはずだわ。でも、これをきっかけにルーカス家の膿をほんの少し出させてもらって釘を打つのもいいかもしれない。


「不問、というわけにはまいりません」

 私は背筋を伸ばして廊下にいる人間全員に聞こえるように声を張り上げる。

「一歩間違えれば、私の愛する婚約者であり、民の敬愛するレイモンド殿下の名誉は地に落ちるところで御座いました。アデライド様の行ったことがいくらお戯れだったとしても、それで片付けて良いことではありません」

 アデライド様がびくり、と肩を震わせる。不問ではない、なんらかの処罰に怯えている。


「アデライド様には城で半年間の下働きに加え、孤児院での慈善活動。さらには淑女としての再教育。公的な場以外での王族への接見禁止…といったところでしょうか。ですが、この場合、責を問われるは彼女だけにはとどまらないかと」

 妥当な処罰だろう。実害がない限り、極刑はあり得ない。この程度が落としどころだ。

「ほう、その意を申してみよ」

 陛下の目がきらり、と光る。

「このような愚行を犯すような令嬢を育てた生家にも責はあるかと。ルーカス家には今後五年間の増税を課しましょう。ああ、増税をするのであれば領地の見直しもしなければなりませんね。大変でしょうから、王国資産管理部から数名顧問を出し、領地経営の見直し、公爵家管轄の事業の見直しを手助けすると致しましょう」

「…ほう。…いい案だな。私に異存はない。レイはどうだ?」

「私も異存はございません」


 陛下の目が満足そうに光っている。良かった。とりあえず及第点はいただけたようだわ。


「それと、陛下。この場にいる全員に箝口令が必要かと存じます」

「ほう…なぜだ?」

 陛下が意外そうに言う。うん、これはね、男性にはわからないところかも。


「アデライド様はまだお若いのです。大勢の前で肌を晒したなどと、そんな醜聞が出回ってしまっては嫁ぐ先も困ってしまうでしょう。彼女にはきちんと処罰が課されます。それ以外の制裁はもう必要ないかと」

「なるほど…だが、サラ。貴殿はそれでよいのか?」

「構いません」

 

 確かにアデライド様のしたことは良くないこと。でも、結果的に彼女は因果応報という言葉を身をもって知ったでしょう。…たった一度失敗しただけでやり直しがきかないだなんて可哀そうだわ。人を殺したのでも、謀反を働いたのでもない。ただ見目麗しい男性を手に入れたかった令嬢の()()()()()くらい、一回程度なら許してあげたっていいと思う。


「…お嬢様、今、アデライド様の今回のこれを『可愛い過ち、一回くらい許してあげなきゃ』とか思ってるわ…」

 はあ、と背後でマリアがため息交じりに言って、エルグラントがくっくっくと笑うのが聞こえる。

「いいじゃねえか、それもまた嬢の良いところだ」

「温情もある程度にしないといつか身を滅ぼすと小さな頃から口酸っぱく言ってきているんだけど…」

「大丈夫だろ、身を滅ぼしそうになったら俺たちが守ってやればいい。新しい仲間も増えたみたいだしな。よろしくな。メリー前王女の側近だったハリスだろ?直接話したことはなかったが、顔は知ってたぞ」

 い、ま!?今挨拶する?!私は背後の会話に笑いそうになるのを必死に堪える。エルグラントも大概マイペースなところあるわよね!?

「ぬお?!え、ええ、ハリス、です。…よろしくお願いします。エルグラント殿」

「おう!」

 ハリスの方も今!?今この状況であいさつか!?みたいな口調を隠しもしない。ちょっとやめてよ二人ともあんまり笑わせないで。今どう見ても真面目な場面でしょう!?


「それなら正式な処罰内容に関しては追って連絡する。ここにいるものには厳重な箝口令を敷くものとする。もしどこからか話が漏れ出ていると私の耳に入った場合、漏らした家門は没落の一途を辿るものと心得よ」

 陛下の言葉に、そこにいたすべての貴族が慌てて頭を垂れた。うん、これでとりあえずは大丈夫ね。


「レイとサラ、それから双方の護衛は残るように。その他の者は全員解散せよ。ああ、クーパー副団長とヴィッセル隊長はアデライド嬢をルーカス家の控室まで連れて行け。今夜の晩餐会への出席は禁ずると伝言も忘れずに」

 はっ!という声と共に、マシューとセリナ様がアデライド嬢を侍女と共に連れて行った。


「我々は晩餐会まで少し話をするとしよう」

 陛下の言葉に残った全員が静かに頷いた。

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