169.まさかの向こうからやってきた
私とレイが待機している部屋にノックの音が響いたのはマリアとハリスが物置小屋の捜索に行ってからしばらくしてからのことだった。
馬で捜索しているから早いとはいってもこの短時間で戻ってきたのはあり得ない。誰かしら…と訝しんでいると。
「失礼します、殿下、サラ様。ルーカス公爵家の使いの者がお目通りを願いたいということですが」
扉向こうから衛兵の声が聞こえて私は思わずレイと視線を合わせた。
レイが、こくり、と頷いて衛兵に向かって声を上げる。
「通せ」
かしこまりました、という声と共に、扉がギイ、と開いた。
「…なっ」
そこに現れた人物に。いいえ、正確には人物の格好に私とレイは絶句する。
真っ黒なベールを被り、顔が全然見えない。体つきからして女性であるのは間違いないけど。
「お初にお目にかかります。レイモンド殿下。サラ様。私はルーカス公爵家ご長女、アデライド様の命の元ここに馳せ参じました侍女で御座います。…唐突ではありますがお二方のお耳に入れたいお話が御座います」
「その前にその恰好は何だ。…我らが次期女王と王婿候補と知っての無礼か」
先に口を開いたのはレイだった。当たり前のことを言っている。仮面舞踏会でもなんでもない場所で目下の者が顔を隠して上位の者に話しかけるなど、無礼にもほどがある。
「これ以上ないご無礼だと存じております。ですがご容赦くださいませ。年端もいかぬ頃、生家が火事に見舞われ、顔に大やけどの跡がございます。お目にも入れられぬほどの醜女ゆえ、顔を晒すのは筆舌に尽くし難いほどの苦痛を伴います。どうか温情をおかけくださいませ。そしてどうか私の主からの言葉をお聞きくださいませ」
…顔が見えない。表情が見えないとこの人の言っている言葉が本当かどうかわからない。
私では判断できない、と思ってレイを見上げると彼もまた複雑な顔をしている。
私と目が合うと、どうする?聞くだけ聞いてみる?とレイが視線だけで尋ねてくる。とりあえずそうしましょうか、と頷こうとしたとき、ベールを被った侍女が口を開いた。
「…サラ様の護衛でありました、エルグラント殿についてのお話で御座います」
私とレイは再び顔を見合わせる。でもそれは一瞬で、すぐさまレイは侍女の方に向き直り口を開いた。
「続けてくれ」
その言葉に侍女がニイ…と笑った気がした。けどベールで顔は見えないから本当のところはわからない。でも、なんとなくそんな気がしたの。…ちょっと嫌な予感。
「ルーカス家の間者が、エルグラント殿とちょっとした小競り合いになり、まさかサラ様の護衛とは露知らず、少し強い薬を盛って気絶させてしまったようなのです。宴が終わってから憲兵に引き渡そうと使われていない物置に運んだのですが、その後に次期女王であるサラ様の護衛だということに気が付くという大失態を犯してしまいました。大変な無礼をしてしまったと私の主も顔を青くしておりまして…」
「なぜすぐに憲兵に報告しなかった」
レイが厳しい口調で問う。確かに。目の前の侍女の怪しさは満点だ。
「…今日のこの催し物は、次期女王であるサラ様と王婿であるレイモンド殿下の祝いの席。憲兵に言えば城中を巻き込んでの大騒動となりましょう。祝いの席が台無しになります。直接、エルグラント様の雇い主であるサラ様に謝罪とお話を持っていき判断を仰いだほうが良いだろうとの我が主アデライド様からのお言葉でございます」
「…ふうん」
そうきたか。私の直感がぴんと働く。今回のこの騒動、おそらく主犯はアデライド様だわね。
ただ意図が分からない。エルグラントを攫って、それを私に伝えてどうするというの。脅迫でもするつもり?それこそ大罪だわ。
ぱっと見た目だけの判断だけど、スカーレット様は単純。アデライド様は狡猾なお方だわ。狡猾で慎重。…あの人が次期女王の私を脅迫だなんてそんなリスクの高いことをするかしら。
「それで?エルグラントはどこにいるの?」
少し好戦的な口調になっちゃったけど仕方がない。
「口頭では説明しにくい場所に御座います。地図を見せられても分かりません。実際に赴いていただくのが一番早いかと」
「私が行くの?」
「我が主もすでにその場に向かっております。サラ様に直々に謝罪をしたいと。もしよろしければ足をお運び頂ければ幸いに御座います」
…何を企んでいるのかしら。
「私のもう一人の護衛に迎えに行かせるのはダメなのかしら?」
「…?もう一人の護衛…がいらっしゃるのです、か?侍女のマリア殿ではなく?」
んをっ?初めて目の前の侍女が動揺を見せたわ。…っていうか。護衛がエルグラントだけだと思い込んでいたことや、マリアの名前をさっと出してきたあたり、相当私の身辺を調べているわねこれは。
ハリスはさっき陛下から護衛として任命されたばかりだもの。存在を知らなくて当たり前だわ。
「マリアは今エルグラントを探しに行っているわ。もう一人の護衛はさっき陛下から任命されたのよ」
「…そうでございましたか。もちろんそのお二方とも同伴されて構いません。でもどうかサラ様が足をお運びになってください。我が主に謝罪の機会をお与えください」
やけにそこにこだわるわね?
私は考えを巡らせる。
「私一人では返事をしかねるわ。少しの間下がっていて。私の愛する婚約者と話をしてから決めるわ」
「かしこまりました。晩餐まで時間もそれほどありません。どうかお早い決断を」
だいぶ無礼ね。まぁ、私はまだただの令嬢。レイのように立場があるわけじゃない。いちいち目くじら立てるわけにもいかないし。
侍女が退出したのを確認して私はレイにこそこそと話しかける。
「どう思う?レイ」
「…怪しいことこの上ないんだけど」
「やっぱりそうよね。なぜ私が行くことにそんなにこだわるのかしら?」
「サラに危害を加えるつもりなら、護衛を連れて行っていいとは言わないはず。…身の危険はないと考えて良いと思うけど。アデライド嬢の謝罪はサラをその場に来させるための詭弁にしか聞こえないな」
さすがレイ。私も同じことは考えていた。
「となると何が望みかしら?」
「なんだろうか。アデライド嬢が指示した犯人と考えて間違いはなさそうだけど」
「まぁもう悩んでも仕方ないわ…虎穴に入らずんば虎子を得ず、ってね」
「サラ!?まさか行くつもり?」
私の言葉にレイが慌てた顔を見せる。
「だってこれ、多分私が行くしかない状況よ。私が断った場合、のらりくらりと場所を教えないことだって可能よ」
私の顔を見てレイが頭を抱える。
「…サラならそう言いそうな気がしてたけどさ…エドワード義兄さんとの約束は?」
「う…そうなのよね」
陛下に誓いを立てた。エルグラントの居場所がわかってもそこにはいかないと約束した。それだけは破れない。
「…アデライド嬢が望んでいること。…私への謝罪よね?」
「そうだね、それが本意なのかそうでないのかはこの際もう考えないとして、アデライド嬢はそう望んでいる」
「謝罪を受けるなら別にエルグラントのところじゃなくてもよくないって侍女さんに聞いてみようかしら」
「まぁ…ダメもとで」
「構いません」
「「へっ???」」
い、いいの?あれ?思った以上にあっさりだったわね。
「我が主はサラ様への謝罪をしたいことだけがお望みでしたので。エルグラント殿のところに行くのが一番早いだろうとのご判断でしたが、謝罪の機会を与えてくださるのでしたらどこでも構わない…ということでした。…ただ」
「「ただ?」」
私とレイの声がハモる。
「我が主は決して横恋慕や、疚しいことなどは考えておりません。ですが、レイモンド殿下を敬愛してらっしゃいます。そのような殿方のお目にご自分が頭を下げる姿を入れたくないというのが乙女心というもの。もしよろしければ殿下はこのままこの部屋に待機していただきたく存じます。サラ様はご足労ではございますが、我が主の部屋にて主が戻るのを待っていていただけないでしょうか?」
ものすっっっっっごい無礼ね!?すごいこと言っているのに気付いているのかしら?なんで謝罪を受けにわざわざ私が出向かないといけないのよ。
でも、これがまかり通るとわかって言ってる。だっていわば私たちはエルグラントを人質に取られているんだもの。首を縦に振らなければ、エルグラントを使って何をしてくるかわからない。
明らかに罠の匂いがする。なにかされる気がする。
…でも、次期女王なめんじゃないわよ。こちとら二年近い国外追放で色々見てきてんのよ。
「一旦下がりなさい。殿下と話をしたのちに、あなたについていきましょう」
ばちこいアデライド!
ばちこいの意味がわからない子はお父さんかお母さんに聞いてみよう☆




