168.とりあえず捜索しましょう
お久しぶりです。やっと諸々が落ち着いたので更新再開します。
楽しみにしててくださった方。お待たせしてすみません…!話を忘れてしまった方もいますよね…本当にすみません‼読んでくださるとうれしいです!
「毒針だわ」
廊下の隅の隅。私もレイもハリスもジェイも全く気付かなかった。一番最初にそれに気付いてマリアが手に取った。
「なにかしら…結構強い匂いだわ」
マリアが針の先の匂いを嗅いでいる。完全に乾ききっていても強い匂いがするというくらいだから何かの薬だろう。それは私の方が得意分野だわ。
「マリア、ちょっと匂いを嗅がせて」
私はマリアに向かって手を差し伸べる。
「お嬢様、くれぐれも気を付けてください」
そう言ってマリアは私にそうっと針を手渡した。
匂いを嗅いで、確認する。
「しびれ薬だわ。これ、しかも昏睡とセットで痺れるやつよ。体の自由を奪うと同時に、深い眠りに入らせるの。熊を捕獲するときなんかに使うやつよ。エルグラント、こんな強い薬を…」
「そんな強い薬…死に至るようなものですか?」
マリアの顔が青くなる。が、私は首を横に振る。
「致死性のものではないわ。あくまで体の自由を奪うもの」
私の言葉にマリアがあからさまにほっとした顔になった。
不意にレイが難しい顔で話し出す。
「でも、ここにこれがあるということは、エルグラントさんは一度はこれをかわしたということですよね。エルグラントさんの実力で行けば一度かわせたものは二度だって三度だってかわせる。…でも、実際エルグラントさんは連れ出されてしまった」
レイの言葉にマリアが神妙な顔で頷いた。
「ええ、私もそれは気になっていたわ。毒針の刺さっていた角度からして、犯人は天井付近もしくは天井裏からエルグラントを狙ったのでしょう。でもなんなくかわしている。…恐ろしく野性的な勘が働くあの男が似たような攻撃で毒針を受けたとは考えにくいのよね…」
「…脅迫」
ぽつっとハリスが言葉を発し、そこにいた全員がばっとハリスの方を向いた。
「どういうこと?ハリス」
私は首を傾げる。
「…私もかつて、意地の悪い嫌がらせを行う雇い主の元で働いていましたから…なんとなくの直感ですが。エルグラント殿はおそらくなんらかの脅迫をされたのではないでしょうか。彼にひどい動揺をあたえるような。その隙をつかれ、毒針を打たれた…なんてことも。どうしようもないほどに歯が立たない相手を痛めつけたい場合に『元』我が雇い主がよく使わせていた手段です」
うう~~ん、『元』に何とも言えないほどの憎しみが込められているわ…ハリス…メリーの元にいた時は本当我慢の連続だったのでしょうね。
「なるほど、それならエルグラント殿ほどの実力者でも毒針を打ち込んで連れ出すことは可能ですね」
ジェイが頷きながら言う。
「でも連れ出したと言っても、いくら夕方とはいえ、まだまだ日は明るいわ。この明るさの中でエルグラントほどの大男を王宮の敷地外へ運び出すのはかなり目立つでしょうね」
私の言葉にレイが神妙に頷いた。
「今日は貴族以外に馬車の出入りはないし、退城の際も門のところで憲兵による確認があるから、エルグラントさんが敷地の外に出たとは考えにくいね…ひとまずジェイ、君の案内でマシューとセリナを連れて城内の使われていない部屋を探してきてくれるか?」
レイがジェイに向かって声を掛ける。「仰せのままに」と言うと、ジェイは二人を引き連れてその場から去っていった。
その場には私とレイ、マリアとハリスが残される。
「…マリア、大丈夫?」
「大丈夫です。むしろ腹立たしい。…なんの脅迫に負けたのか…まだまだ訓練が足りない証拠ですよ」
「…マリア」
嘘ばっかり。目が言っているわよ。心配で心配でたまらないって。…本当に素直じゃないんだから。
「私たちは敷地内の倉庫や物置を調べましょう」
私はレイとマリアとジェイに向かって言う。
「…確かにそうしたほうがいいのは分かるんだけど…サラ…」
レイが言いにくそうに私に向かって言い、私は頷く。
「…この王城の敷地内にある物置や倉庫はおおよそ百五十」
「そんなにあるのですか!?」
ハリスが驚いた顔を見せる。
「いざというとき、数年でも籠城できるように。飢きんが生じたら民に開放できるように、備蓄倉庫を先代の女王が建てたのよ」
「百五十となると…地図を広げて一つ一つしらみつぶしに探していくのは…」
ハリスが頭を抱えるけど、大丈夫。そこは大した問題じゃないわ。
「…人間を匿うのだもの。人の出入りが予想される物置や小屋は使わないでしょう。この時期、農作物、備蓄物、様々なものを考えておおよそ使われていない建物は五十八にまで絞れるわ。大丈夫、すべての場所は正確に把握しているわ。一つ一つ調べましょう。私とレイは陛下との約束があるから、現地には行けずに指示を出すだけよ。…実質マリアとハリスで行ってもらうことになるけどいい?」
「王宮内は部屋数がそんなに多くはないから、晩餐時までにはマシュー達も戻ると思うよ。三人にも合流してもらおう。伝令係も交渉団から数人寄越そうか」
「ええ、お願い、レイ」
交渉団団長頼もしいわ。うーん、王婿になって、やっぱりその職を辞するのはかなり勿体ないのでは…。できれば続けられるといいんだけど。
ま、それは今考えることではなくて。
「…あの…すみません。…ちょっと今にわかには信じがたい言葉がサラ様の口からすらすらと出てきて、ちょっと理解が追い付かないのですが…」
ハリスが目を丸くして私を見る。
「信じがたい言葉?何か言ったかしら?」
「あら、お嬢様。ハリス様には言ってなかったんですか?」
「言ってなかったって何を?」
私はきょとんと首を傾げる。ええ?いったいなんの話?
「ごめんなさい、ハリス。信じがたい言葉って?」
視界の端でレイが笑いをかみ殺している。緊急事態に呑気ね!?
ハリスは困惑を隠しもしない顔で言った。
「…いや…すべてなんですが…。使われていない建物をそこまで即座に絞れるのも…それらの位置を正確に把握しているというのも」
「ああ!あら?言ってなかったかしら?私ね、一回見たら全部覚えられるの。だからこの王宮の敷地内の建物の位置もすべて把握しているし、倉庫の使用記録もすべて覚えているわ。女王教育で見せられるしね。ええと、絶対記憶能力っていうんですって。とてもかっこいいわよね!」
ハリスがポカンと口を開けている。言葉が出てこないって感じね。
「ハリスーハリース~?他に理解できないことは?」
私の問いにはっと弾かれたようにハリスは上体を逸らした。
「あ…っ、と、すみません!…そんな能力まで持ってらっしゃったのですか…いえ、恐ろしく勘が鋭いということと、目を見る読心術については聞かせていただいていましたが。…それは知りませんでした…あの、あと」
ハリスが言いにくそうに言葉を濁して、ちら、とマリアを見る。
「あの…こちらの女性は失礼ながら…サラ様の侍女殿…ですよね?」
「ええ、それがどうかして?」
「…大変失礼なことを承知で申し上げるのですが、女性にはいささか危険な仕事ではないかと…」
ハリスの言葉にあっと私は声を上げる。そうか、パッショニアに行ったときマリアはメリーに言われて早々に退去したから、色々と知らないんだわ。
「…ハリス。気を悪くしないでね?」
私も言いにくくなって言葉が濁ってしまう。こんなこと言われたら大抵の人間は気分を害するだろうけど、レイに初めて言ったときも効果覿面だったし、ズバッと言わせてもらいましょう。
「…マリアはハリスより強いわ。今はこの人『その気配』を隠しているからわかりにくいけど。この人、王国交渉団初代団長。マリアンヌ・ホークハルトと言うの。で、今はエルグラントの奥様」
「以後お見知りおきを、ハリス様」
マリアがしれっと会釈をする。ぽかんとハリスが今度は完全に開口してしまったけど、今はそれどころじゃないわね。話をすすめさせてもらいましょう。
「とりあえず、次期女王と王婿候補が晩餐のときにいないのは大問題だから、一旦動けるのは晩餐会までよ。…敵の目的がなんにせよ、こちらが動揺しているそぶりを見せるわけにはいかないわ。このタイミングで仕掛けて来たということは、晩餐会まで呼ばれている高位貴族の中に犯人がいると考えていいでしょう。仕掛けに獲物がどう反応するか、見届けたいのが犯人の心理ってものよ」
私の言葉にそこにいる全員が頷いた。
「…たかだか護衛の一人、かどわかしたくらい高位貴族の力を使ってもみ消せるとでも思っているのでしょうけど。次期女王ともあろうものがたかだか護衛一人のために本気になるわけないとでも思っているのでしょうけど。ふざけるんじゃないわ。私にとってエルグラントはただの護衛じゃない。大事な大事な友よ。そして私の大切な人たちの大切な人よ」
息を吸う。威厳が自然に込められていくのがわかる。決意が皆に伝わるよう私は言う。
「…絶対に、許さない」




