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167.なにがあったの

「エルグラントがいなくなった?」

 陛下が目を丸くしている。あの実力者が?とでも言いたげだ。それに関してはここにいる皆が頭がもげそうなほど同意している。

「…王族主催の宴で、不穏な事件が起こったとなればただ事じゃすまない。城には数名監視係が常駐しているが、その者たちからも何の報告もないのだろう?ザックレー」

 陛下がジェイのお父さまでもあり側近でもあるザックレー様に問いかける。


「は、我々の元には何も報告は入っておりません」

「…私やサラ、レイを狙うならまだしも、…なぜ、エルグラントなのだ?」

 陛下が首を傾げる。

「エドワード、悪いけど、私はエルグラントを探しに行ってもいいかしら?…ここでどれだけ犯人の動機を考えたって思いつくわけがないわ」

「貴様っ!!!今陛下を呼び捨てに!!!」

 苛立った口調のマリアを、ザックレー様が叱責する。のを、陛下が仕草だけで止めた。


「構わぬ、ザックレー。これは私の数少ない気を置けぬ友人だ。彼女を咎めるな。…そうだな、マリアの言う通りだ。ジェイ、お前はマリアに付いていけ。レイとサラはハリスを護衛として部屋で待機しておくように」

 陛下の言葉にジェイや私より先にレイが反応した。

「断る、義兄さん。サラはともかくとして俺もマリア殿に付いていくよ」

「ならぬ」

「なんでだよ!」

「もはやお前は王族だ。…言い方は悪いが、護衛一人のために王族を危険な目に遭わせるわけにはいかない」


 陛下の言葉にレイが空気を変えた。

「…っ!!何言ってんだ義兄さん!!見損なっ…」

「落ち着きなさい、レイ」

 激昂したレイを諫めたのは冷静なマリアの声だった。

「エドワードが正しいわ。むしろジェイのような王族管轄の家臣を私に付けてくれると言っているのよ。…破格の待遇だわ」

「マリア殿まで…」

 レイが傷ついた顔を見せる。レイだってわかっている。この場において陛下の言葉は絶対だし、陛下が今言ったことはすべて正当だということも。


 …でも。


「…陛下。私もマリアと参りますことをお許しください」


 言葉にできる限りの威厳を込めて私は言った。びくり、と陛下の肩が震えた。

「サラ…」

「その代わりお約束します。たとえエルグラントのいる場所が分かったとしても、私とレイはそこには参りません。そこに行くのはマリアやジェイ、ハリスなどの実力者に任せることを誓います。ですがこの王城内で何があったのか、できる限りの情報を集めたいのです。そこまでは譲歩してくださいませんか?」

 気が急く。こうしている間にもエルグラントがどんどん窮地に追い込まれているかもしれないから。

 マリアも一見涼しい顔をしているけれど、その目が雄弁に語っている。早く探しに行きたいって。


「…義兄さん、俺からも誓う。本当はエルグラントさんのところまで行きたいけど。…サラの言う通り、俺とサラはそこまでしか動かないことを誓う。あと、身の危険を感じたらすぐに待機しておくことも約束するから」

 レイが真剣な表情で陛下に談判する。陛下はしばらく考え込んでいたが、ふう、と溜め息を吐いた。


「わかった。…許可する。私は執務室にいる。必ず報告に来るように。必要なら交渉団や騎士団もレイ、お前の権限で使うがよい。だが、宴の後でまだ王城内には多勢の貴族がいる。王族主催の宴で問題が起きたなどと、一部反乱分子に付け入る隙を与えるような餌をばらまくなよ」

「…わかった。とりあえずは最少人数で動くよ…ジェイ、悪いがマシューとセリナを呼んできてくれ。セリナは団服に着替えてから来るように伝えてくれ」

「かしこまりました」

 レイの命令により、すぐさまジェイが部屋から出て行った。


「とりあえず、侍女控室からパーティー会場に戻る廊下を調べてみよう」

 レイの言葉に一同が頷いた。



――――――


 ―――…頭、いってぇ…うわ、なんだ、体動かねえ…


 俺はぼんやりとした思考の渦から何とかゆっくりと抜けだろうとしていた。まどろみの中でさっきの出来事をゆっくりと反芻する。


――――――


 侍女の控え室にサラ嬢を預けて出てから、すぐさま変な気配が自分を追ってきていることに気が付いた。さっきサラ嬢が体を預けてきたときにこちらを伺っていたのとまったく同じ気配だった。

 さっきから気付いていた。一瞬この気配はサラ嬢に向けられたものかと思っていたが、よくよく神経を研ぎ澄ませてみると全然違う。…この気配は俺に向けられたものだった。


「…何か用か?」

 俺は立ち止まり、周りに誰もいないのを確認してから空中に向かって問いかける。

「…さすがですね。王国交渉団前団長エルグラント・ホーネット殿」

 若い男の声だ。聞いたことがない声。姿は見えないのに気配と声だけは一丁前に主張する。正直薄気味悪い。

「なんで俺を狙う。順当にいけば狙うべきは俺じゃなくて次期女王候補であるサラ様か、レイモンド殿下だろう」

「やだなぁ、そんなハイリスクなこと」

「…ハイリスク?」

「だってそうでしょう?サラ様かレイモンド様に手を出してしまったら、もし捕まった時極刑です。ああ、さっきのスカーレットとかいう女は馬鹿ですねぇ。まさか次期女王に手を出すなんて。本当にアホの極みだ。…でも、エルグラント殿。あなたを狙えば、もし捕まっても悪くて投獄です。投獄くらいならどうにでもなりますから」


 …なんだこいつは。

「…それはお前の意志か?それとも誰かの依頼か?」

「自分の意志でこんな一銭にもならないことするわけないですよ。僕、お金大好きなんですよ。雇われてます。お金さえもらえれば大抵のことはやります」

「最低だな」

「なんとでも」

「俺を狙ってどうする?お前の雇い主の目的はなんだ?」

「さあ、そこまでは」


 はぁ!?なんだそれは。


「ただ依頼は『サラ・ヘンリクセンの護衛であるエルグラント・ホーネットをしばし隔離せよ』と。何がしたいかそこらへんはもう金持ちの考えることですから。分かりませんねぇ」

「随分とぺらぺらしゃべる刺客だな」

「僕、流しですから。この依頼が終わればいなくなります。なので、その先のことはどうなったろうと知ったこっちゃないですから」

 ふっ、っとそのとき風が吹いた。『何か』が飛んでくる。背後だ!!!

 俺はすぐさま身を捩り、その『何か』を避けた。目にも見えない『何か』だけど、確かにどこかに飛んで行った。


「お――――、さすが!」

 ぱちぱちと拍手が聞こえる。だが相変わらず姿が見えない。おそらく天井裏のどこかにいるということだけは分かる。

「毒針です。致死性はないですが、速攻で体がマヒするやつです」

「本当に減らねえな、お前の口。そんなぺらぺら手の内を明かして大丈夫なのか」

 はっと、笑いながら言う。

「大丈夫です。…じゃあちょっと背後失礼します」

「なっ!!!!」


 一瞬だった。一瞬のうちに俺はその男に背後を取られていた。

「…お初にお目にかかります、エルグラント殿」

「俺からは顔が見えねえんだが」

 振り向けない。動けない。うっすらと汗が背中を伝う。…早い。さて、どうするか。背後を取られた。力技でねじ伏せるか。と、そこで俺は首を傾げる。不思議な感じだ。この男は、あまり…

「わかっちゃいましたか。ええ、そうです。僕、あまり強くありません。気配を消したり俊敏に動くのは得意なんですが、あなたとまともに力で戦ったら負けます」

「…そこまで手の内を明かすか。勝算はないのに何でこんな接近戦に持ち込んだ」

「やだなぁ。勝算があるから、こんな接近戦に持ち込んだんです」


 そう言って男は俺の耳元でささやいた。


「あなたの―――――――――――」


 そして、気が付けば俺の意識は飛んでいた。


―――――


「…気が付きました?」

「…くそっ…なんの薬使いやがった」

「しびれ薬です。熊ですら数時間昏睡状態に陥るのに、一時間で目覚めるとかどんなバケモンなんですかあなたは」

 俺の前で、優男がカップで何か飲みながらにっこりと微笑んで見せる。

「…ここは?」

「王宮内の物置場です」

「…俺をこれからどうするつもりだ」

「別にどうもしませんよ。数時間だけここにいてもらい、皆の前から姿を消してもらいます。それだけです。それが依頼ですから。」


 は?優男の言葉に俺は耳を疑う。

「拷問したり…なにかを吐かせたり」

「しませんよ、やだなぁ。僕人を痛めつけたりするの大嫌いなんです」

「こんだけ強い薬使っといて…」

「別に後遺症が残ったり、傷が残ったりするものじゃないですから」


 すずしい顔でにっこりと笑う優男が気持ち悪い。何を考えてやがる。

「この空間に二人きりですね。僕とあなたでは圧倒的にあなたのほうが強い。あなたがそう望めば僕を倒して、今すぐ外に出ることができます。でも、そうなったとき、僕の仲間にすぐ連絡が行って。…その先は分かりますね」

 にこっと優男は笑い、そして懐から俺が隠し持っていた犬笛を取り出した。…くそ、取られていたか。

「助けを呼ぶのも無しです。…数日間、ま、よろしくお願いします」


 しばしにらみ合う。…ここで下手に動くのはいろいろと得策ではないと考え、はぁ、と息を吐いた。



 …ああ、嬢、レイすまない。お前たちの祝いの日に。…あと、マリアも。


 …ほんとすまない。

 

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