166.エルグラントはどこへ
体調不良と家のことと仕事ともろもろと重なり更新頻度落ちました…九月末までゆる更新続きます。すみません~~~~
異変を感じたのは頬の赤みが収まって、ダンスフロアに戻った時のことだった。
―――?エルグラントが、いない。
すぐさまジェイと会話をしているレイの傍に行く。
「サラ、遅かったね?」
レイが少し心配そうな顔をして聞いてくる、と同時に目を丸くした。
「どうしたのその左頬!」
その言葉に驚いてしまう。でも別の意味でだ。
左頬はほとんどの人間が見ても分からないほど元の色に戻った。良く気付いたわね!と驚くところだけどそうじゃない。だってエルグラントが先に戻っていたら私が頬を叩かれたことはすでにレイの耳に入ってたはずだ。
でも、レイは今まるで初めて見たかのような反応をした。エルグラントから報告を受けていたらこんな反応はしない。
さっと、嫌な予感が胸のあたりを掠めた。
「ちょっといろいろあって…レイ、あなたのところにエルグラントは帰ってきた?」
「エルグラントさん?いや、サラと一緒じゃなかったの?」
さああ、っと血が下がる。え?どういうこと?エルグラントは確かにさっき一足先にレイのところに行って報告をする、と言っていたはず。
あのエルグラントが言葉を違えるはずがない。
「サラ…?」
私の不穏な空気を察知したのだろう。レイが不安気な表情で覗き込んでくる。そのとき、ジェイのお父上でもあり、陛下の側近でもある―――ええと、たしか名前がザックレー様だった―――が近づいてきた。
「失礼します。レイモンド殿下、サラ様。そろそろ陛下が閉宴のお言葉を述べられますので、並列なさるようにとのご指示で御座います」
「ああ、わかった」
「…わかりました。参ります」
とりあえずは閉宴が先だわ。エルグラント…どうしたのでしょう。思考をフル回転させても何が彼の身に起きたのかがさっぱりわからない。さっとフロアを見渡すと、青い顔をしているスカーレット様と、その従者がこちらを怯えながら伺っていた。…うん、彼女らはシロだわね。私を平手打ちしたことがレイと陛下の耳に入ったと思い込んで完全に戦意喪失している。
この二人がエルグラントにどうこうできるとは思えない。
――――手練れだな。
不意に先ほど廊下を歩いていた時のエルグラントの会話を思い出す。誰かがこちらを伺っているのにエルグラントが気付いた時のこと。
あのエルグラントが手練れと言い切った。…もしかしたらエルグラントはあの時の誰かに?
いやまだ、色々と決めつけるのは時期尚早だわ。隣で陛下の閉宴の言葉を聞きながら私は何事もないことを必死で願った。
―――――
「…エルグラントが…そうですか」
宴が終わり、控え室にマリアとレイとジェイに集まってもらい、所在がわからない旨を話すと、マリアは慌てることもなくただ静かに手を口に添えて何かを考え出した。
「そうですか、ってマリア殿、これは大変ですよ。エルグラントさんは絶対にーーー」
レイの言葉をマリアが仕草だけで遮った。
ジェイがむっとした顔でマリアを見るけど、それをレイが一睨みで制した。まぁ王族の言葉を一介の侍女が遮るだなんて無礼もいいところだけど、この二人の関係性からすれば別にそれは構わないでしょう。それにロゼたちにも席を外してもらい、いまこの部屋には私、マリア、レイ、ジェイしかいないし。
「…レイの言う通り、エルグラントがお嬢様の護衛という任務を途中放棄することは絶対にないわ。…絶対にね。とすると考えられる理由は一つ。エルグラントがなにか危機的な状況に陥っているということ」
マリアが静かな声で、でも同時にざわりとするほどの覇気を含んだ声で言葉を続けた。
「…お嬢様、何か少しでもいいんです。何か、思い当たる節はありませんか?引っかかっていることとか」
マリアの言葉に私は一つ大きく頷いた。
「…これは後々考えなければいけないことだけど、私パーティーの途中にお花摘みに出かけたの。で、そこでスカーレット様から頬を打たれたわ」
レイの顔色がさっと変わる。これに関してはマリアはさっき説明したはずなのに背後からなんか黒いオーラが出てる気がするわ。
と同時にレイからも真っ黒な怒気が立ち込める。
「レイ、マリアも。落ち着いて」
今考えるべきはそこじゃないから。今にもスカーレット様のご家庭を没落させるのではないかと言わんばかりの二人の怒気に私は苦笑いしてしまう。
「でね、その帰りに。なんだか私疲れちゃって、エルグラントに体を預けながら歩いてたの。そうしたら突然エルグラントが離れてくれって。誰かがこっちを伺い出したって言い出して。…よからぬ噂を立てられたらいけないって」
「まぁ、たしかにお嬢様とエルグラントは仲良しですからね。寄り掛かるのも私たちにとっては違和感はないですが、見る人間によってはそう見えないかもしれませんしね」
私は頷く。
「一応誰もいないこととか、気配がないことを確認してちょっと休憩のつもりで身体を預けて歩いてたの。こっちだってやはり言動には注意しないといけないからね。…でも私は誰かいるだなんて気付かなくて。エルグラントしか気付かないほどの気配だったらしくて。…手練れだな、って言ってたわ」
「その後は?」
レイの言葉に首を振る。
「その後は、二人で目眩でふらついてたってアピールをして、マリアのいる控え室に戻ったわ。そして、エルグラントはレイに先に報告してくるって言って…」
「そして、俺のところに来るまでに、いなくなった…一番濃厚なのは、そのエルグラントさんが手練れだと言った間者のような人間と何かあった、としか考えられませんね」
マリアが頷く。
「エルグラントは冬眠前の大熊でも一人で倒せるくらい実力はあるわ。そんな彼がいなくなった…相手が大人数いたか、何か服毒させられたか」
お…大熊を一人で。しかも冬眠前の一番凶暴なとき。
いえ、今これは突っ込まないでおきましょう。
「お嬢様、ほかに何かありませんか?なにか手掛かりになるような」
「手掛かりになるかどうかはわからないけど…あのパーティー会場の中で私に明らかに敵対心を抱いていたのが二人いるわ。一人は実際に接触してきたスカーレット様。そしてもう一人は、アデライド様」
でも…と言って私はため息をつく。
「…今回ばかりはなんの憶測も立てようがないわ。彼女が関係しているという証拠もない。実際に何かを企てている感じでもなかったもの」
「…それなら、もうエルグラントさんの足取りを追っていくしかありませんね」
レイの言葉に一同が頷いた。
と、そのとき。
コンコン、と扉が叩かれた。一同に緊張が走る。
「…どうぞ」
一応この部屋の使用主である私が返事をする。と、そこに現れた人物に全員が目を丸くした。
「へ!陛下!?」
そう、そこにはこの国の最高権力者、エドワード陛下が立っていたからだ。
「ど、どうなさったのですか?」
マリアとジェイがさっと腰を低くするのを陛下が止める。陛下はそのままにっこりと笑って言葉を続けた。
「…サラにな、プレゼントを持ってきた」
「プレゼント、ですか?」
「ああ、本当は式典の前に間に合えばと思っていたのだが、手続きやなんやらでぎりぎり間に合わなくてな。今ようやっと到着したのだ。ほら、きちんと自分から挨拶を」
陛下が後ろを振り向き、誰かになにかを促している。
陛下の後ろから見えた大きな姿に私はあっと声を上げた。
「…!!!!!ハリス!!!!!」
「ご無沙汰しています、サラ様」
そう、そこにはパッショニアでメリーの側近として働いていた、ハリスがいた。
「まぁ!!まぁまぁ!!会えて嬉しいわハリス!!」
ちょっと前に、ハリスには陛下と話し合ってブリタニカへ来ないかと打診をしていたのだ。パッショニアでも高い地位にいた彼を引き抜くのにさまざまなやり取りが必要だったため、また、パッショニアに残るかブリタニカへ参るかはハリスの意志に任せていたため、打診の後どうなったかはわからずじまいだった。
「ちょっとまって、ハリス。あなたがここにいるということは…」
陛下をちら、と見ると陛下もまた嬉しそうに頷いてくれた。
「ああ、ハリスは次期女王であるサラの側近の一人としてブリタニカに迎え入れる」
「…っ!陛下!ありがとうございます!こんな心強いことないわ!ハリス、よく決断してくれたわね」
「ええ、ハリス・フォン・シーボルト。あなたへの忠誠をようやく証明できる日が来たこと、心より嬉しく存じております。この身を生涯あなたへの忠誠と共に捧げることを誓います」
ハリスが跪いて、見たこともない眩しい笑顔で私に忠誠を誓う。ああ、この人ってこんなに穏やかで大らかな笑顔ができる人だったんだわ。メリーから離れられて本当に良かった。
「嬉しいわ…ハリス。こちらこそよろしくね」
「それと…これはまだ打診と言う形なのだが」
陛下が言葉を続けた。
「…もう一人の側近兼護衛にエルグラントはどうかと考えているんだが…っと、エルグラントはどうした?」
陛下の言葉に、ハリスを除くその場にいた全員の空気が凍り付いた。




