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161.婚約の儀、とは?

 婚約の儀。


 ブリタニカに於いても他国においてもそんな儀式聞いたことがない。

 貴族たちもそれはなんだ?と言わんばかりにざわざわとしているし、私の頭の中もまた混乱中だ。

 その時だった。私と陛下から見てすぐ右側の最前列に立っていたレイがすっと手を挙げる。その仕草を受けて、陛下が鷹揚に頷いて見せた。発言を許可するという意味だ。


「私から説明しよう」

 レイのよく通る声は威厳に満ちている。途端にざわつきが収まるのを見て、ああ本当にこの人は王族なのだわと思い知る。


「ここブリタニカに於いて、婚約破棄は珍しいことではない。相手の素行が悪ければ、悪評があればいとも簡単に口上のみで婚約破棄を行うことができる」

 確かに。だって私の婚約破棄だってそうだったものね。

「…でも、私はそれは悪しき習慣なのではと常々思っていた。もちろん相手がどうしようもない悪行者である場合や、異性に見境のないなど道徳心のない人間であれば婚約解消は妥当だろう。だがそれを除いたとしても、我が国において婚約破棄というのはいともたやすく行われる。…相手にどんな非があったかなど十分な調査もなされずに。中には相手の悪評を捏造した者もいると聞く。それでどれだけ多くの令息、令嬢が泣いてきたことか」


 隣でアースがきちんと顔を上げてレイの言葉を真摯に聞いている。


 …あぁ、ちゃんと成長しているのね。こんなの聞くの耳が痛いでしょうに、逃げずにちゃんと自分のしたことと向き合っている証拠だわ。…ほんの少しだけ嬉しくなる。


「そこで私はこの悪しき習慣を断ち切れないかと思い、『婚約の儀』を制定した。手始めに、王族だけでこの儀を執り行い、そののちに貴族、一般市民へ向けて普及していきたいと考えている」

「その儀の内容と意義についても説明を、レイ」

 陛下の言葉にレイが深く頷く。私をちら、と見て薄く微笑んでくれたのちにまた顔を精悍なものとさせてここにいる人間たちに向かって言葉を続けた。


「『婚約の儀』は結婚を約束しあった旨を見届け人の前で誓い書面に残す。この儀を行った後は、いかなる場合であっても婚約解消を簡単に行うことは出来ない。婚約解消をしたい場合は、正当な理由を書面にしたため、裁判所の倫理委員会へと提出する。倫理委員会はそれを受理したのち、その訴えが正当なものであるかどうか、真偽はどうかなどの調査を行う。調査ののちにその訴えが正当だと認められたら、初めて婚約破棄を行うことが認められる、という流れだ」

 レイの説明に皆がざわつく。今まで身勝手に簡単に婚約破棄をしてきた御方たちには耳の痛い話でしょうね…


「…この儀を執り行うことによって、不当な扱いに涙を流す令息や令嬢が減ることとなるだろう。婚約においても簡単なものではなくなるので、家柄や性格などをきちんと見極めるようになるだろう。そしてより結婚生活が充実したものとなろう。


……我々がそれらの先駆けになれればと思う」

 

 そう言ってレイが、私の元にゆっくりと近づいてきて、私の手を取ってから再び皆に向き直った。

「皆の者。先ほど陛下からあったように、私レイモンド・デイヴィス・ペトラ・イグレシアスは此度こちらのサラ・ヘンリクセン公爵令嬢と婚姻の約束を交わす流れと相成った。これを今日皆の前で報告させていただく。今より『婚約の儀』を執り行う」

「…私が見届け人となろう。皆の者はそのまま静粛に」

 陛下の言葉にサングリット宰相がさっとどこからともなく王室の紋章が入った羊皮紙を持ってきた。色々な契約に使われる様式の紙の中でも最上級のものだ。


「…ごめんね、サラ。突然こんなことしちゃって」

 陛下の側近が書き込めるように書面台を私たちの前に持ってきてくれる間に、レイが私だけに聞こえるようにそっと伝えてきた。

「…だからずっと忙しかったの…?こんなの…短期間で一つの法律を作ったようなものよね?」

「サラとの婚約、口一つで解消できるようなものにしたくなかったんだ。婚約破棄なんか不名誉なこと、もう二度と味合わせないためにも。婚約破棄されるかもとかそんな不安をサラが感じないようにするためにも」

「…あなたが愛してくれてからそんな不安感じたこともなかったわ」

「それでも、だよ。…まだ、泣いちゃダメだよ。我慢して。せっかく綺麗に化粧してもらったのに落ちちゃう」

「…こんなの、またプロポーズしてもらったようなものじゃない…頑張るわ」


 泣いてしまいそうになる。ただ紙切れ一枚のことかもしれない。でも、これだけのこと、準備するのだって一朝一夕でできることじゃない。国の法律や貴族、市民の生き方に関わってくることだもの。どれだけの稟議を経て、今ここにレイはこれを持ってきたのか。あの忙しさの中で。


 ――――それだけのことを、私だけのために。


「さあ、未来を担う若い二人よ。その書面にサインを行うがよい」

 陛下の言葉にまずレイが署名を行う。レイの性格を表すような美しく滑らかな字で彼の名が書かれた。

 震える手で今度は私がレイから鵞ペンを受け取り、自分の名を書く。なんだか妙に緊張しちゃう。

 二人ともサインを終えた時、陛下がそのよく通る声でこの場にいる全員に告げた。


「ここに、我が愛義弟レイモンド・デイヴィス・ペトラ・イグレシアスと愛義娘サラ・ヘンリクセンの婚約を正式に発表する!若き二人に祝福と幸あらんことを!」

 陛下の言葉にひと際大きい拍手と喝采が来場者の全員から沸き起こった。

 公爵令嬢、次期女王としての矜持だけで私は必死に堪えて皆に向かって手を振る。気を緩めるとすぐに泣いてしまいそうだもの。


「本来ならば、このまま次期女王候補であるサラと次期王婿候補であるレイモンドと共に交流をと事前には通達していたが、あまりにも喜びに溢れる日となった。一刻の後に昼餐会とダンスパーティーを行うことにする。正式なものではない。不可能なものはそのまま退出を。可能な者はそのままとどまってくれ」

 陛下の言葉にびっくりする。そんな予定私も聞いていない。

 そ、そんな簡単に昼餐会とダンスパーティーなんかしていいの?お城の厨房大変なことになるんじゃ…

 そう思ってレイを見ると、涼しい顔をしている。あ…これ。

「これも、もともと織り込み済み?」

「ご名答、さすがサラ。サプライズだよ。また踊ろう。今度はずっと踊れる」

 めちゃくちゃいい笑顔でレイが言った。


――――――


「…あ―――――サラが沁みる…」

 控室に通された途端、レイが私をぎゅううううっと抱きしめて言った。

「おいおいおいおいレイ!!!ちゃんと退室してやるからそれまで待て!」

 エルグラントが苦笑している。マリアとジェイはもう呆れた顔を隠しもしない。ロゼたちはにこにことそんな私たちを見て微笑んでいるけどレイの腕が緩むことはない。

「今までは言葉だけだったけど、まさか行動のストッパーまで外れるとは思って無かったわ…」

 マリアがはあああ、と盛大にため息を吐く。

「まぁ、いいじゃないかマリア。俺はこんな自分の欲に素直なレイ見たことないからな。嬉しいもんでもあるんだぞ?」

「この男大概自分の欲には忠実だわよ!?主にお嬢様に関して!」

「…もう正式に婚約発表したから、いっかなって思ってですね」

「何がいっかな、よ、何が」


 レイがむーんとした顔をマリアに見せながら言う。けど、その腕は私を離さない。

「…だめですか?ほんの少し、二人きり…」

 マリアに伺いを立てるレイに笑ってしまう。だって。

「あなたねえ…もう二人はエドワードの前でも正式に婚約したんだから。そしてあなたは王弟なんだから。一言退出を命じればいいのに」

 そう、マリアの言うことが正しい。今のところこの部屋の中で最高権力者はレイだし、いや、そうじゃなくても実質この国でレイは陛下に次ぐ権力者なんだから一言命じればいいだけの話なのに。それを知ってるはずなのにそうしないレイがとっても好ましい、と思う。

「やですよ。今更マリア殿とかエルグラントさんに命令だなんて」

 ぶーっと唇をとんがらせるレイについに笑ってしまう。なんだか会った時から年々可愛くなっていってない!?


「だからってなんで私に伺い立てるのよ…」

「まあまあ、マリア。ジェイ殿?どこか我々が待機できる部屋はありますか?」

 エルグラントがジェイに尋ねると、ジェイがあちらに、と言って私たちが今いる部屋と続きの部屋を手で示してくれた。

「私たちはあちらで待機しておきましょう。殿下。二人きりになるのは構いませんが、不埒なことはされませぬよう」

 ぴしゃ、とジェイがレイに釘をさす。ここの関係性の変化についても後でレイに聞かなきゃ。

「わかってるよ。…ありがとう。ジェイ。…マリア殿も、エルグラントさんも、ロゼリアたちも皆」

 レイが優しく微笑む。もう!この生粋の王子!天然人タラシ!



 そうしてマリア達はごゆっくりと言いながら隣室に入っていった。


 まぁ、その間ずっと抱きしめられてましたけどね!!

 

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