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17.ヴォルト酒場【5】

「嬢ちゃんは見た目よりちょっと肉付きがいいな」

 マリアがばれないようにいろいろと忍ばせてくれたおかげで一回り大きくなってるだけですけどね!失礼な!

 そういってやりたいが、私は今『薬で眠らされている令嬢』なので下手に声を出すわけにはいかない。私を担いでいるのはおそらくドミニクさんだ。目を瞑っているからわからないけれど、声が一番近くに聞こえる。まるで荷物を担ぐかのように肩に担がれて、私+四人は地下室へと降りて行っているところだった。

「しかし、こんな別嬪さんがなんでこんな田舎町に来たのかねぇ」

「知らねーよ。商家っつってたけど、完璧どこかの貴族だな。所作が庶民と全然違う。まぁ、どっかの貴族令嬢の我儘お忍び旅ってところだろう」

 バ、バレてる。しかもあながち間違っていない。そして続く言葉に私は肝が冷える。

「貴族の令嬢ってことで向こうさんに言えば、今までの五倍、いや、破格の十倍の値段で取引できるかもな。しかもこんな上玉だ。一体いくらになるのか想像もつかねえよ」

 これ、ちょっと私早まった?あんまり考えすぎずに行動しちゃったかしら?とそこまで考えて心の中で首を振る。いやいやいやいや私には、レイもマリアもいる。二人なら絶対に助けに来てくれる。

 とさっと何やら干し草のようなものの上に降ろされる。と、そこで私は異変に気付いた。あれ…もしかしてもう着いたのかしら?おかしい。

 え?え?と思わず私は思考をフル回転させる。いやいや、ちょっと待って。なんで?なんで?


 ――――なんで、気配が四つしかないの?


 しかも、四つというのはドミニクさんとガロンさん、その他二人の気配だけだ。

 ちょっとまって、他の子どもたちは?子どもたちはどこにいるの?必死に神経を研ぎ澄ませて気配を探るが駄目だ。気配がない。さぁぁ、と血の気が引いてしまう。まさかもう売られてしまったのか。

 私の腕が誰かの手によって後ろに回される。やばい、ちょっと待って。本来ならここで目を覚まして混乱するふりに乗じて笛を二回吹くはずだったのに。この流れだと猿轡をはめられてしまう。確かにもしはめられても、袖に忍ばせたナイフで縄を切ってから猿轡を切ればいいんだけど!って違う!そういうことじゃなくて!

 盲点だった。今朝もリヤカーに花束がたくさん置いてあったのをレイが確認してくれた。そして今日は船の運航は終日無い。だから今日子どもたちがどこかに売られていくことはないだろう。という満場一致の結論を出したはずだったのに。どこにいるの。どこに。ここで私が目を覚ましてしまったら、この男たちは捕まえることができても、黙秘されてしまえば子どもたちの居場所はわからない。仲間がいれば、ドミニクさんが捕まった時点で子どもたちはもしかしたらすぐ売られるか存在を消されてしまうかもしれない。もし見つからないままならどこかで野垂れ死んでしまうかもしれない。だめ、そんなことはさせちゃいけない。子どもの居場所だけでも―――んんっ!

 口の中を圧迫される感覚に、脳内で紡いでいたはずの言葉も止められたような感覚に陥る。ああ、しまった。猿轡をはめられてしまったわ。

 だが、次の男たちの言葉に途端に神経がピンッ、と張った。

「ほかのガキたちはどうしたんだ?」

「あぁ、第七ふ頭の三十五番倉庫だ。あそこの荷物が昨日で空になったんでな。明日朝一で荷物と一緒に出航よ。まぁ、俺らに何かあったときの()()()に見張りも三人つけてきてるぜ。」

 ドミニクさんの回答に、私は歓喜する。



―――勝った!!!!!



「~~~~~んんーーーっ!!!!!」

 目を開け、唸る。談笑していた男たちの目線が一気にこっちに向かう。

「おお、起きたか嬢ちゃん。ごめんよ、悪く思うなよ」

 ナイフで縄をほどくのは簡単だ。だが、ほどいた後にナイフを取り上げられたら元も子もない。優先すべきは今ここで笛を吹くこと。男たちが何を考えているか、私の持てる武器は何か、そして何が最善かを即座に脳内で計算する。おそらくもう憲兵は店に着いている頃だろう。だったら居場所を伝えるだけでいい。それだけですべてが終わる。

 これをしてうまくいくかは一か八かだけど、成功する確率のほうが高い。後でめちゃくちゃ私を怒るマリアとレイの顔が浮かぶ。

「ん~~~っ!!!」

「お、おい!嬢ちゃんやめろ!!傷をつけちまう!」

 ガロンさんが慌てて近寄るが、私は構わない。必死で歯を食いしばり、それに加えて無我夢中で首や口の中を上下左右に振ると、噛まされている縄の猿轡との摩擦で口の端が切れる。よし、もっと。もっと。やがて猿轡にどんどん血が滲みだした。涎と混ざった血がぽとぽとと口の端から落ちる。

「おい!猿轡をはずせ!商品価値が下がる!」

 ―――来た!ドミニクさんの言葉に脳内でガッツポーズが出た。

 男の一人が私の後ろに回り、猿轡をはずした、途端。


―――――――ピッ…ピィィィィィィィィ!!!!!

 

 聞こえないけど!襟に縫い付けてある犬笛を思いっきり吹く。一見、切れた口の血を服でふき取っているようにしか見えないはずだ。

「おいおい、勘弁してくれよ。とんだおてんば嬢ちゃんじゃねえか。どうする?傷が治るまでここに置いておくか?」

 ドミニクさんの声に顔を上げる。…本当に優しそうな人なのに。もはや悪人の顔になっているのがものすごく寂しい。こんなに人望のある人なら、もっと違う人生だって送れたはずなのに。そのことがとても悲しい。どこからこの人の人生は掛け違ってしまったんだろう。

「幸せになってほしかったな…」

 ぽつりとつぶやく声はおそらく相手には届かない。

「…なんだぁ、嬢ちゃん。……やっぱり、売るのもったいねえな」

 じっと見つめていたドミニクさんの声色が変わり、ぞくりとする。やっぱり前言撤回。幸せになる前にきちんと罪は償いなさい。

 ドミニクさんの手が伸びてきて私の喉先に触れた。そのまま這う虫のように私の首筋に指がおりてくる感触に本気で吐き気がして悲鳴を上げそうになった、時だった。


「サラ様!!!!」

「お嬢様!!!!」

 バァン!という扉の開く音とともにレイとマリアが階段を飛び下りてきた。続けて複数人の憲兵も駆け下りてくる。

「この!!外道が!!サラ様に触れるな!」

 私が後ろ手に縛られ、ドミニクさんに触れられている姿を捉えたレイが目に見えて激昂して、こちらに向かってすごい気迫で駆けこんでくる。

 だがドミニクさん以外の屈強な海の男たちも負けてはいない。隠し持っていたのであろうナイフでレイに切りかかろうとする。それに対してレイは反撃せず、受けて、いなして、かわして弾いてやり過ごす。あっという間に通過されて唖然としている男たちをすぐさま憲兵たちが捕らえてくれる。

 さすが交渉団団長。漁師であり屈強な男を相手にしても圧倒的に実力が違うのが目に見えてわかる。でも、やっぱりこの戦い方…。わたしが考えていたことに間違いはなかったようだ。

 レイは私とドミニクさんの前まで来ると、まるでドミニクさんなんか目に入っていないかのように私を見つめてきた。

「帰りましょう」

「…そうね」

 まさかのドミニクさん完全無視だ。ド天然おそるべし。

「おい!俺を無視するな!嬢ちゃんは渡さねえぞ!」

 そういってドミニクさんが隠し持っていたナイフをレイに向けた。私の首にドミニクさんの空いているほうの腕が回る。筋肉質な腕が首を圧迫して苦しいわ…と思うと同時にレイがさらに近づいてきた。そして、




 ―――素手で、ドミニクさんのナイフを握った。




「!!!!レイっ!」

 悲鳴を上げそうになった。血が、レイの手からぽとぽとと落ちる。

「な、んっ!?」

 まさかナイフを掴まれると思っていなかったのだろう。明らかに怯んだドミニクさんがナイフを引いた。

「だめっ!」

 引いたナイフが、さらにレイの手を深く傷つける。

「やめて!レイ!」

 恐怖が体を支配する。怖い。人が傷つくのは怖い。思わず叫び声を上げそうになったそのとき、レイの背後からシュンっという音とともに何かが飛んできてドミニクさんの手すれすれを掠めた。それに驚いたドミニクさんが思わずナイフを手から離し、後ろにのけぞった。

「憲兵!いまです!」

 マリアの声とともに憲兵がドミニクさんを取り囲む。そこで私は大事なことを思い出した。

「マリア!!!!!!!第七ふ頭三十五番倉庫!!!!()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「了解しました!」

 そういうとマリアはひらりと身を翻し、颯爽と走っていった。

 よかった。これで安心だわ。ほっと息をつくと、レイが呆然とした顔で私を見つめている。それから、はっとして、

「マリア殿…俺も行きますっ!!」

 と後を追っていこうとするのを大丈夫よ、と言って止める。

「ですが、マリア殿一人では…っ」

 なおも不安そうなレイに私は本人が伝えていないならどうしようかと悩んだが、どうせすぐばれることだしまぁいいか、と口を開いた。

「大丈夫よ。だってマリアはレイより強いもの」

「…な、んです…って?」

 何を言われているかわからないといった顔でレイが私を見る。だって、と私は言葉を続けた。





「マリアは、王国交渉団初代団長だもの」



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