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こぼれ話:レイとジェイ

 私、ジェイコブ・ヴァンスクリト・オークフリト・デンヴァッファ・リンゲン・ケヴィン・バルトロウ。


 名前が長いのでジェイとお呼び下さい。正直私もこのミドルネームはやりすぎだと思ってますから。我らがバルトロウ家は祖父が名前を付ける習慣があるのですが、どの代も揃いも揃って自分の名前をミドルネームに入れたがってしまい。気が付けばこんな長い名前と相成りました。私の孫には絶対自分の名前は入れないと幼少期より心に誓っております。

 名前からお察しの方もいらっしゃると思いますが、祖父のケヴィンは、前女王陛下と前王婿殿下の御屋敷にて執事としていまだ働いてるあの爺にございます。


 私はバルトロウ伯爵家の嫡男で御座います。父は現王の側近として務めております。代々イグレシアス王家に仕えるものとして幼いころから教育を受けてまいりました。

 アース第一王子が謂れのない罪を婚約者に着せた責任を問われて実質国政に関われないと知って、私の主はカール王子かヘイリー王子になると思っていました。順当にいけば、次にこの国の最高責任者となるのはそちらの御二方のいずれかでしたので。

 もちろんブリタニカが女王制ということは認識しております。ですが、女王となれる継承者は今この国にはいらっしゃいません。現国王は特例として男性でありながらもこの国を治めていらっしゃいますので、同じく特例としてカール王子かヘイリー王子がその後を継ぐのだろうと思っておりました。


 ですから、王直々に呼び出しがあったとき、私はどちらかの王子の元に付くようにとの王命が下されるのだと思っておりました。

 しかし謁見の間で、陛下と側近である父上と共に私を待っていたのはカール王子でもヘイリー王子でもありませんでした。


 そこにいたのはレイモンド・デイヴィス交渉団団長でした。


 たしか最近までアース王子の元婚約者の公爵令嬢と共に国外へと赴いているという噂は耳にしておりました。絵にかいたような美しい風貌と聡明さは社交の場でも有名でした。当の本人は社交には参加せずに基本的に国王の護衛として壁際に立っているだけでしたが。それでも幾人もの御令嬢が彼の前でよろめくのを何度となく目にしたことがございます。


 そんな人がなぜ国王の隣に立っているのでしょう。しかも団服ではない。きちんとした王族の礼服で。

 疑問がとっさに頭の中を駆け巡りながらも、私は跪いたまま顔を上げずに次の言葉を待ちました。


「ジェイ、お前は、イグレシアス王家に忠誠を誓うか?」

「誓います。もしそれを裏切るようなことがあればこの身を持って罪を償いましょう」

「…お前に我が王家に代々仕えるものとして任を託す。顔を上げよ」

 陛下からのお許しを受け、私は顔を上げました。



「次期王婿であるこのレイモンド・デイヴィス・ペトラ・イグレシアスの側近兼護衛を命ずる」


 正直、意味が分かりませんでした。レイモンド・デイヴィス・ペトラ・イグレシアス?


「義兄さん、義兄さん。いきなりだと彼も困ってるよ。ちゃんと説明してからにしないと」

「んっ!あ、ああ、そうか。そうだな?」


 次期王婿…?義兄(にい)さん…?デイヴィス…ペトラ…イグレシアス…?

 情報過多でした。情報過多ですが、なんでしょう。混乱の中に一つ線が通るような感覚を覚えたのも事実です。


「彼は、シャロン前女王の実弟。二十年ほど前に実質薨去とされたデイヴィス・イグレシアスだ」

「…!?」

「そして、この度王族復帰と相成った。彼の存在がなぜ今公表となったかは、そうだな。レイからおいおい聞くがいい。不戦の契りなどは側近でありながら護衛でもあるお前にも話さねばならぬからな」

「…色々端折ったな、義兄さん」

「そこをどこまで話すはお前がジェイをどれだけ信頼できるか見極めてからの判断だろう」


 あまりにも陛下との気安い会話に彼が二十年ほど前に実質薨去となられていたというあの『デイヴィス・イグレシアス王弟殿下』だというのは信じざるを得ません。もしそうだとするならば、第一王位継承権はいきなり彼になります。イグレシアスの正統な血統でいけば、血の濃さはカール王子やヘイリー王子より強いのですから。

 しかしそれよりも一つ先程の陛下の言葉で気になることがございます。


「…発言の許可を賜ってもよろしいでしょうか、陛下」

「許可する」


「…『王婿』というのは…」


 そう。先程陛下ははっきりとおっしゃいました。『国王』ではなく、『王婿』と。


「そこから先は今のところ極秘事項だ。…お前からの返事がないならこれ以上は話せぬな」

 私は、はっと我にかえります。なんということでしょう。あまりの驚きに折角の王命に返事をしておりませんでした。

「不肖ではありますが、ジェイコブ・ヴァンスクリト・オークフリト・デンヴァッファ・リンゲン・ケヴィン・バルトロウ、その任をありがたく拝命致します。誠心誠意を持ってレイモンド・デイヴィス・ペトラ・イグレシアス殿下にお仕えすることを誓います」

 舌を噛むかと思いました。爺が逝去したらミドルネーム全部とっぱらって改名しようと心に誓います。


「…長いね。名前」

 レイモンド殿下がぽつりと驚いたようにおっしゃいます。

「よろしければジェイとお呼びくださいませ。殿下」

 ふはっ、と殿下が笑いました。あぁ、なんでしょう。今の笑顔を見た一瞬で私はたちまちこの方が好きになりました。

「よろしく。ジェイ。王族として色々足りないところも多いけど、きちんと教えてくれ」

「…私の全身全霊でお仕え致します」

 自然と言葉が出てしまいました。あぁ、この人が主なんだと認識した瞬間魂が嬉しいと叫びます。高揚しているのが自分でもわかるほどでした。


「…ええと、どうする?義兄さんが話す?俺が話す?」

「今からジェイの主はお前だレイ。お前が良いようにはからえ」

「わかった。…ええと。ジェイ」


 そこからの会話は驚きの連続でした。

 ヘンリクセン公爵家のご息女がシャロン前女王陛下から直々に次期女王と任命されたこと。世襲ではなく禅譲。前陛下も思い切ったことをされたものです。

 王族との婚姻が必要なこと。すでに件の令嬢と目の前の主は恋仲であること、など。



 レイモンド殿下は理想の主でした。威厳に満ち、聡明でありながらも私に信頼に満ちた眼差しを向けてくださる。わからぬことはわからないと謙遜に言われ、私に対しても無理なことは言わず、体調をいつも気遣い、厳しいながらも底抜けにお優しい。素晴らしい御方でした。

 …ただ、一つだけレイモンド殿下がヘタレになることがございます。そう、殿下と恋仲であるサラ・ヘンリクセン嬢が関わった時だけ、殿下はいつもの完璧王弟からただのヘタレ男子に成り下がります。


 このところ交渉団の仕事に加え、王婿教育、王族としての教育、ご公務と目の回る日々でした。しかも通常の何倍もの速さでそれらをこなしていかれます。それに加えて我が主はもう一つ…っと、これは口止めされていましたので言えませんが。とにかく比喩ではなく実際に目が回る日々を送って来られたのです。


「…サラに会いたくて死ぬ」

「…それだけで死なれては困ります」


「夜中会いに行っちゃダメだよね…」

「それは夜這いとみなされますね。おやめください」


「あー口付けしたい…抱きしめたい。どうしたらいい?」

「それ私に聞かれます?!」


「知ってる?サラめっちゃいい匂いするんだよ」

「それ私に言ってどうするんです?!」


「俺から聞いたサラの話で彼女を好きになるなよ?!」

「なりませんよ?!何言ってるんです?!」


 ともう最近ではそこに関してだけは主と言うよりダメな弟を窘める兄のようになっております。年齢も私の方が三つほど上ですし。

 ほんと…他のことは完璧なのに。こと彼女のこととなると冷静さを失うんです我が主は。



 かーらーの、あの馬車での熱烈な口付けです。

 ええ、ええ。わかりますよ?あれだけ会いたがってたからですね?わかりますよ?

 でもですね。侍女たちもおります。馬車の中にはサラ様の侍女殿と護衛もおります(二人ともご高名な方で最初その名を聞いた時驚きました)

 そして何よりサラ様ご本人の感情もお考えください!!!!なんでそんなサラ様に関しては頭のネジ全て緩めてるんですかあなたは!!


 護衛のエルグラント様が窘めてくださって本当によかった…と思ってほっとしたのも束の間。

 支度室までお姫様抱っこだわ、周りも気にせず口付けをちゅっちゅちゅっちゅ落とすわ。

 仕舞いにはサラ様には支度があるというのに部屋に入ってからもお離しになる気配がございません。


 侍女の皆さんの顔を見てください。特にマリア様の顔を見てください。その顔が雄弁に語っていますよ。


『早く出て行け』と。



 …頃合いですね。殿下も今日はたくさん支度があります。そう。沢山。

「いい加減行きますよ。あなたの準備も山盛りあるんですから」

 私の言葉に殿下が恨めしそうな顔を見せます。私はその耳に口を持っていき、こそっと言葉を続けます。殿下は耳がいいので、殿下にしか聞こえないほどの音量で。


「…()()()()も。だから早く離して差し上げないと」


 私の言葉に、それでも渋々だったので、首根っこを掴んで無理矢理連れて行きます。不敬?いいんですこれは我が主が悪い。こんなことで怒るような狭量な方ではないことくらい、この半年で知ってます。



 さあ、本日は大事な発表の日でございます!


 

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