158.はちゃめちゃに忙しい
レイの公表の日から半年後、私の正式な王位継承権の発表を行うこととなった。
王位継承権の発表というだけで、女王として正式に即位するのはまだまだ先だ。王位継承権を有する者としていくらか公務に携わって、陛下がよしとされた時に正式に王位継承の儀が執り行われることになる。
それが何年後になるかはわからないけど。
まぁ、それはおいおい考えることとして今一番に考えなければいけないのは。
そう、明日の王位継承権発表について。
緊張度合いで行けば、レイのご両親に会った時の方が緊張している。そこは問題がないんだけど。
レイとはここ数ヶ月、すれ違いの日々が続いている。元々レイ自身も忙しいし、私も明日の打ち合わせのためにヘンリクセン邸と王宮を往復する毎日。たまに休みがあっても向こうが仕事だとか、レイが休みがあっても私が王宮で打ち合わせだったり教育を受けていたりで。
レイは王宮住みだから、私が王宮に赴けば会えるだなんてのはまた夢の夢で。接点を不必要に持って、あらぬ憶測を(いや別に恋人だからあらぬ憶測ってわけでもないんだけど)立てて混乱を招くよりは、発表までは王宮で会うのは控えるように陛下からも言われ。
そんなこんなでレイがお忍びでヘンリクセン邸に来てくれる回数もぐんと減ってしまった。この三ヶ月間、三回しか会えていない。最後の一月に至っては一度も会えていない。
もちろん文はくれる。いつも甘い愛の言葉を囁いてくれる。
だから、明日について不安があるとすれば。
「…久々に会えて馬鹿にならないかしら私…」
私の言葉を隣で聞いていたマリアがぶっと噴き出した。護衛として部屋の端に立っていてくれたエルグラントもぶっと噴き出している。
「ちょ…っ!ちょっと!真面目に言ってるのよ私!」
「すみ…ません…っ!ふふっ、まさか、そこまでレイにぞっこんだなんて思っていませんでした」
「レイも幸せ者だなぁ」
マリアとエルグラントがにこにこしている。
「まさか次期女王候補がこんな乙女な部分を持っているだなんて、誰も思いやしないだろうなぁ」
「…だってーエルグラントー。全然レイに会えてないのよ…ここまで忙しいってある??まさか心変わりしちゃってたらどうし…」
「それはないですね、天地がひっくり返ってもないですね」
ピシャリ、と食い気味にマリアが言ってくれる。
と思ったらエルグラントの爆弾発言。
「仮にだ。あいつが心変わりしたら俺がぶん殴ってやるよ」
「だ!だめよ!不敬罪で下手したら死刑案件よそれ!」
私は慌ててしまうが、エルグラントはどこ吹く風だ。
「そんくらいあり得ない話ってことだ。大丈夫だ。あいつの誠実さは俺が保証するから」
エルグラントの力強い言葉にホッとする。
「交渉団の奴らが言ってたが、レイめちゃくちゃ忙しいらしいな。交渉団の仕事も団長しかできない仕事をこなすのみで、その他は王族としての公務や、陛下から呼び出されたり。いつ寝てるんだろうと団員が不安になるほどらしい。最近は顔色も悪いらしいからな…俺もちょっと心配なんだよな」
「いつそんな情報仕入れたのよエルグラント…」
マリアが目を丸くしている。
「嬢の護衛で王宮に行くからなぁ。交渉団の奴らが近づいてきて色々教えてくれるぞ。あいつらは嬢とレイの関係は知ってるからな。あんな状態で嬢と会えているか、心配してくれてるんだろ」
顔色が悪い。それを聞いて一気に不安になる。
「そんなにやらなきゃいけないことが多いだなんて…」
「王族としてはゼロからのスタートですからね…アースやカール王子達の方がまだ王族の公務は把握しているでしょうから。レイはとにかく必死で今それらを覚えなくてはいけない時期でしょうから」
「…本当に今更だけど、私彼を巻き込んでしまったのね」
「それ言うとレイは怒るからな嬢。絶対言っちゃダメだぞ」
エルグラントが優しい口調で言ってくれる。
「分かってるの…分かってるけど、…ここまで忙しいだなんて思っていなかったのだもの。明日会えるのだってひと月ぶりよ?」
「明日はレイも公の場に?」
マリアの問いに私は頷く。
「ええ、明日はレイと婚姻関係を結ぶという発表をするからレイも公の場に顔を出すわ。…でもそのあと貴族達と交流会だから、実質二人で話せる時間なんて皆無なの」
「皆無、ですか」
「…考えちゃいけないことだけど」
私はクッションを抱え込む。それに顔を埋めてくぐもった声を出した。…泣きそうだわ。
「…女王の任を拝命するなんて言わなきゃよかった。あのまま、国外追放されてればよかった。そうしたらまだ毎日会えてたのに。朝一番に起きておはよう、って言えたのに」
「お嬢様…」
「サラ嬢…」
「…なんてね!ちょっと考えちゃっただけ。本心では思ってないわ。…ごめんね、愚痴聞いてくれてありがとう、マリア、エルグラント」
「…お嬢様、私はレイの代わりにはなれません。心の寂しさを埋めることはできませんが、少しならお嬢様を温めて差し上げられます」
マリアがそう言って、私をふわりと抱きしめてくれる。
「エルグラント、あなたも」
マリアがエルグラントに声を掛ける。
「…レイに怒られねえか?」
「あなたをレイが怒ったら、私が怒ってやるわ。お嬢様に寂しい思いをさせてるレイが悪い!って」
「…そうだな。おっさんで悪いが、サラ嬢」
そう言ってエルグラントも近寄り、私とマリアを丸ごと抱き締めてくれる。あぁ、なんて多幸感。
「…あったかい」
「寂しいなら泣いていいんですよお嬢様。この部屋には事情を知る人間しかいません」
「…寂しいわ、マリア、エルグラント」
「ええ」
「ああ」
ほとほと、と涙が出てしまう。
「会えないのも、仕事だって、公務だって分かってるの。私が、我が儘だって分かってるわ」
「本当の我が儘というのは、無理を通して相手を困らせることです。お嬢様は無理を言わずに耐えてらっしゃるじゃないですか。そんなのは我が儘と言いませんよ」
「…レイはもっと我が儘言ってほしいと思ってるはずだぞ。少しでもいいから会いに来てくれないか頼んでみたら、意地でも時間を作るはずだ」
エルグラントの言葉に私は首を横に振る。
顔色が悪いほど頑張ってるレイに、これ以上負荷をかけることはできない。
「…ま、そんなことができる嬢じゃないもんな。大丈夫だ、あと少しの辛抱だ。明日、レイとのことを公表した後は今よりは会えるようになるさ」
エルグラントが、ぽんぽんと頭を叩いてくれる。それだけで余計に泣けてきてしまう。
「あんまり泣かさないで…明日皆の前に出るのに」
「まだお日様は高い。今のうちにガンガン泣いて、夜ぐっすり寝てすっきりした顔を見せる方がいいぞ」
「もう…あなたの旦那様優しすぎない?マリア…」
「それだけが取り柄ですから」
「おいおいそれだけってなんだよ!」
ふふふっ、二人の掛け合い大好き。涙は出てくるんだけど心が上向きになってくるのがわかる。
「…もう少し、抱っこしてもらっててもいい?」
「もちろんです」
「ああ。嬢が望むだけこの腕を貸してやる」
「ふふ、ありがと」
寂しい。会えないから不安。でも、私はそれよりも考えるべきことがあるわ。
明日。いよいよ王位継承権発表の日。
ーーー頑張らなきゃ。




