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157.めちゃくちゃ忙しい

「陛下から?」

「うん、これ預かってきた。近々登城してほしいらしいよ」

 

 黒のフードを脱ぎながらレイが言い、背後に控えていたジェイが書状を私に手渡してくれた。

 王弟としての発表以来、レイは週に一度ほどこうやって夜遅くにジェイと共にお忍びでヘンリクセン家へと来てくれるようになった。

 レイ曰く、目に見える側近兼護衛はジェイだけだけど、四、五人くらい見えないように他にも控えているらしい。うーん、全然わからない。


「それにしても、すっかり王族らしい面構えになったな、レイ」

 私の隣に座っていたロベルトお兄さまが茶化したように言うのを、レイがむーんとした顔で返す。

「一応元々王族なんだが」

「前はもっとほんわりとした雰囲気も入っていたように思うが」

「…復帰してから公務続きで。交渉団としての仕事もしながらだから常に仕事モードなんだよ。意図せず顔が怖くなってるかもしれない。だったらごめんね、サラ」

「大丈夫よ、あなたはいつだって優しい表情だわ」


 レイは私へ正式にプロポーズしてから、お父さまやお兄さまの前でも敬語を崩してサラと呼ぶようになった。最近では私に対してはもう敬語じゃない方が楽らしく、私もそっちの方が嬉しいので大歓迎だ。


「うちの可愛い婿殿が顔を出してると聞いたんだが?」

 そう言って、応接室にお父さまがひょこ、と顔を出した。

「お父さま!おかえりなさい!」

「父上、お帰りなさいませ」

「こ…お義父上…失礼しております」


 レイが赤面しながらお父さまを呼ぶ。お父さまはと言うと、ニヤニヤしながら。

「ん〜レイ声小さくない〜?」

 と、意地悪をかましている。

「お…お帰りなさい、お義父上」

「はい!よくできました!次はこっち」


「いらっしゃい、レイ」

 続いてお母さまがひょこ、と顔を出した。

「お、邪魔しております。お義母上」

 ふふ、レイめちゃくちゃ可愛いんだけど!赤面しながらも一生懸命言ってくれるの。お母さまもずっとレイのことをレイモンド様っていっていたんだけど、この度レイから頼み込まれて、レイって呼ぶことになったの!

「ふふ、嬉しいわレイ。可愛い私の義息くん。あなたも、よくいらっしゃいましたわ、ジェイ」

「畏れ入ります」

 すっかり我が家の人間と顔馴染みになったジェイが恭しく頭を下げてくれる。



「今日はお夕飯は?」

 私がレイに聞くと、レイは困ったように笑った。

「ごめんね、今日もこれで戻らなきゃ。明日も朝早くから交渉団の座学指導なんだ」

「また…いいえ、ええ。大丈夫よ。忙しい中会いにきてくれてありがとう」

「…本当にごめんね、サラ」


 レイがしょぼんとしている。違うの!困らせたいわけじゃないの!ないんだけど、、

 大丈夫よ!と明るく笑いながらも私もしょんもりしてしまう。


 王弟としての発表があってから早三ヶ月。

 その間。私たちは一度も!そう。一度も!食事を共にしてないし、二人でのんびりと愛を囁き合う時間もないほど忙しい日々をすごしている。

 正確には『レイ』が、だけど。


 近隣の諸国家から挨拶に訪れる国賓への対応。王族としての公務。極秘裏にだけど王婿教育もはじまったらしい。それに加えて自身が所属する交渉団の仕事。流石に今諸外国へは混乱を避けて赴かないらしけど、落ち着けばまた外交は再開するらしい。


 …何この人人間なの?!ってくらい、今のレイは忙しいのだ。ここにこうやって会いに来てくれるのも本当にギリギリの時間を縫ってだってことも分かってる。分かってるけど。

 

 …私だっていい加減レイが足りないの。


 でも今ここでこれを言ったらレイを困らせるだけだから。きちんと我慢はするけど。


「レイモンド殿下、そろそろ」

 ジェイが後ろからこそっとレイに言う。ジェイの目も顕著に申し訳ないって言っているわ。

「…もう、ダメなのか…」

 レイが溜め息を吐く。

「今からお戻りになって、溜まった公務を片付…」

「ジェイ、サラの前でそれ以上言うな」


 ピシャリ、とレイが厳しい顔になる。途端に感じる、威圧。


「…大変失礼いたしました」

 ジェイが、若干血の気を引かせながらニ、三歩下がる。


 溜まった公務。確かにジェイはそう言った。

 レイは仕事の処理能力が高く早いとマリアやエルグラントが絶賛していたことがある。そんなレイですら今溜まってしまうほどに仕事が多いのだ。

 おそらく、私に会いに来ているような余裕は本当はないのだろう。

 でもそんな中でも僅かでもと顔を出してくれる彼の優しさ。私が寂しがりなことがわかってるから。


 …あーあ。なんで私何もできないんだろう。



ーーーーーー


 その夜、レイを見送ってから私は陛下からの書状を開いた。

【正統な王位継承権を有する者として、正式に貴族や民に通達する日取りについて話し合いたい。明日の午後登城されたし】

 続く文面には、難しいなら無理はしなくていいとか、レイとは上手くやれてるか、とか。レイが忙しくて会えないのは自分のせいだとか。相変わらずお優しい陛下の言葉が並んでいてほっこりする。


「…お披露目、する日が来るのね」

 少し、ほんの少し。早くその日が来てくれないかなって思う。

 王位継承権を正式に通達するって言うことは、私が王族と婚姻する旨を公表するということ。

 つまり、堂々とレイと恋仲と言うことを発表することになるから。そうしたら、護衛はついているかも知れないけど、もっと堂々と会えるようになるから。

 少なくとも、一緒にご飯くらいは食べられるようになるはずだから。


「…頑張らなきゃ」



 


 ーーーー冷静に考えたら、そんな安直に物事が進むわけない。でもその時の私はおそらく寂しさの闇にのみこまれていて、判断力を失っていた。

 公表を控えた私を待っていたのは。



 レイの比じゃないほどの忙しさだった。

 


 

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