152.5.ダンスパーティー【レイ目線・2】
ルーカス公爵家のアデライド嬢…アデライド嬢。
俺はその姿を探す。と、遠くの方でざわ、というどよめきが聞こえ、思わず俺はそちらを振り返った。そしてあまりの衝撃の光景に目を丸くする。
アースが、サラに向かって跪いていた。
今この時間に跪いているということはアースがやろうとしていることはただ一つ。サラとダンスを踊ろうとしている。
――――なにをやってんだあのアホは!!?
瞬間、カっと頭に血が上るのを感じるが、冷静になれ、と自制を働かせる。
「落ち着いてください、殿下。今ここで動かれるとサラ様にいらぬ火の粉が飛ぶかと」
ジェイが背後から声を掛けてくれる。
「わかってる…だが、あいつは何をやってるんだ?」
「ダンスの申し込み…のようですね」
「それはわかってるよ。何の権利があって…いや、違うな。どの面下げて…」
「殿下、お気持ちは分かりますが、アデライド嬢の手をお取りくださいませ」
気が付けばアデライド嬢がすぐ近くに来ていた。子犬のような期待に満ちた目をして俺を見ている。う…、こういうのも苦手だ…。
「ジェイ、もしアースがサラに手をあげたり、不穏な空気を感じたら助けてやってくれるか」
「承知いたしました」
安心はできないが、今はジェイに任せるしかない。…もどかしい。こんな時に、助けにも行ってやれないなんて。
暗澹とした気持ちのまま俺はアデライド嬢の前に跪いた。…いや、ダメだな。これはいくら気持ちが伴っていないとしても、王族として、紳士としてあるまじき行為だ。
気持ちを切り替える。一旦アースとサラのことは忘れ、目の前の令嬢に集中する。
「私と踊っていただけませんでしょうか?アデライド嬢」
「喜んで」
そう言ってふわりと笑って俺の手が取られるが、曲がスタートしない。きっとアース待ちだろう。…一旦忘れると今しがた言ったばかりだろう。落ち着け、俺。
やがてワルツが流れ出した。アデライド嬢が首を傾げている。
「どうされました?」
俺が聞くと。
「…二曲同じ曲って珍しいですわね。…誰かの指示でしょうか?」
「そういえばそうですね」
まぁ、俺の指示ですとは言わないけど。
「サラ様はラッキーでしたわね、あんな情熱的なダンスを王弟殿下と踊れたのですから」
「ええ、私の方こそ光栄でした」
「私とは踊ってくださらない?」
きょるん、とでも効果音が付きそうな顔でアデライド嬢が首を傾げる。
「このワルツにあのステップと振りは合いませんよ」
そうやって笑顔を返す。
「…駄目ですの…?サラ様ばかりずるい…」
上目遣いで涙目でプルンとした唇を尖らせて。…ああ、すみません。もう嫌と言うほどそういう表情今まで見てきて、どうしても可愛いとか思えないんです。すみません。
でも、一応紳士なので。女性が喜ぶ言葉は言えます。
「そのような可愛いお口は、意中の殿方に見せてあげてください」
「…だから見せてるんです」
「ご冗談を」
そう言って笑う。
――――おいおいおいおい俺午前中に発表あったばかりだぞ!?交渉団団長として会ったときはこんな目線を向けられたことはなかったから、絶対俺が王弟ってなったから狙ってるやつだろこれ!!
こわ…この子、腹黒い…。
「本当ですのに…乙女の純真をお疑いになるの?」
純真じゃないですよね?真っ黒ですよね?
「まさか。とても光栄です。お気持ちありがたく頂戴いたします」
「返してはくださらない?」
きゅるんっ☆
…ん?遂に効果音が文字になって彼女の背後に見えだした。
「…私は本日王族として発表されたばかりです。まだまだアデライド嬢に心をお返しできるほど、人間としても王族としても熟しておりませんので」
やんわりと断る。察してくれ…
ワルツが終わりに向かっている。良かった。とりあえずは切り抜けられそうか。
「…終わってしまいますわ。…もう一曲踊ってくださらない?」
「社交の場で二度同じ相手の手を取ることは紳士としてマナー違反ですので」
そう、婚約者でもなんでもない女性と二度以上踊ることは、あらぬ憶測を呼ぶためタブー視されている。それを知らぬ令嬢でもないだろうに。
作ってしまえそうな既成事実はとことん作っとこうと言うタイプか。純真で無害そうな外見とは全く正反対だな。
ふと、体を回転させた時にサラとアースが目に入ってしまった。
ーーーーんなっ?!
サラがアースの唇に人差し指を添えている。
ーーーーなにやってんだ?!サラも!
動揺するが、目の前の令嬢に悟られてはいけない。出来るだけ平静を装ったまま、俺は踊り続けた。
やがてワルツが終わり、俺は安堵で胸を撫で下ろす(もちろん心の中で)
「楽しいひとときでした。どうかこの後も良い夜をお過ごし下さい」
「王弟殿下さえよければ、また今夜手を取ってくださいまし。…良い夜を」
取らないっていっただろ?!無論そんな感情はおくびも出さず、俺は曖昧に微笑む。
アデライド嬢から距離を取り、ジェイを探す。
「こちらにおります」
すぐそばで待機していたということは、サラにはなにもなかったらしい。
「不穏な空気はなさそうではありましたが、どうも察するにアース王子が賢明に何かを話していたようです」
俺はジェイと話すふりをして、サラとアースに目線を送る。
ーーーめっちゃくちゃ腹立つ。アースにも。…あんな無防備なことをするサラにも。
ふと、俺の視線に気付いたサラとアースがたちまち青い顔をした。…怒ってる理由はわかってるみたいだな?
このまま彼女の元に行き、アースの前でサラを連れ去ることだってできる。…でも、今それをすべきではないから。理性を総動員して気持ちを落ち着かせる。
と、アースがこっちに向かってやってきた。
「レイモンド兄さん、ごめん!あの…違う!誤解しないでくれないか?そんな人を殺しそうな目やめてくれ!」
音楽が流れているが周りに聞こえないようアースが声を潜めて話してくる。
「言い訳なら聞いてやるぞ」
「ごめんって!…サラにきちんと謝ってきたんだ。私は本当に未熟で…愚かで。…今日兄さん見た時めちゃくちゃカッコよく見えて。この兄さんのカッコ良さって、兄さんの努力の賜物なんだなって気付いたら、…私は何してたんだろうって恥ずかしくなって」
お、おう?まさかのここで素直なアース。
「…だから、きちんと謝ってきた。私はきちんとこれから努力して立派な王子になって見せる。…サラとこれから良き友として付き合っていきたいこともきちんと話してきた」
「唇に指を添えられていたのは?」
「そんなところまで見ていたのか兄さん!…違う、あれは私が何度も謝罪をするものだから、サラがそれを止めて…もう謝罪はいらないと…感謝でよいと」
むぅ、となってしまう。面白くはない。全然面白くはないけど、アースとサラにとって最良の結果になってるから強くも言えない。
「…よかったな、アース」
「…兄さん」
「でもムカつくから」
ぴしっ!とアースにデコピンをする。
「痛っ!!!!、に、兄さん…不戦の契り」
「勉強しなおせ。あれは他者に対してだ。お前は身内だからいいんだよ」
「そ、そうなのか」
いやまぁ、デコピンくらいはいいだろっていうだけで。身内だろうが何だろうがだめだよ。ほんと勉強してないなこいつ…。
やっぱちょっと腹立つから教えてやんないけど。
…サラもこんな気持ちだったんだろうな。
…やっぱり、早く一緒になりたいな。
「プロポーズ、がんばろ」
誰にも聞こえないように口の中だけで声に出して、俺は最愛の人を見た。…大好きだよ。本当に大好きだ。俺の愛しい人。




