152.5.ダンスパーティー【レイ目線・1】
152 ダンスパーティーの時のレイ目線のお話です。二話続きます。
ダンスフロアに入った瞬間、俺はすぐにサラの姿を見つけた。
なんだあれ。とびぬけて綺麗じゃないか。欲目かとも思ったけど、そんなことない。間違いなく言える。このフロアにいる女性の中で彼女が一番綺麗だって。
たくさんの男たちが送っている視線にきっと気付いてない。ロベルトもきちんとガードしてくれてるみたいだし、とりあえずは安心なはずだけど全然安心できない。
あぁ、早くその手を取って踊りたい…のに。
「お初にお目にかかります、レイモンド・デイヴィス王弟殿下。いやはや…まさかの奇跡的な復活。誠に感動いたしました。私は―――」
「奇跡をこの目で見られる日が来るなどと思っておりませんでした。まさかあのデイヴィス王弟殿下がこれほどまでに立派にご成長なされ―――」
「まさか交渉団団長殿があのデイヴィス殿下だったなんて!天は二物も三物もあたえるものですな!」
さっきからわらわらと貴族たちが俺の周りを取り囲んでいる。令嬢を連れた男性たちが圧倒的に多いところを見ると、俺に売り込もうとしているんだろう。魂胆が見え見えだと辟易する。適当に相槌を打ちながらサラとロベルトの姿を探す。少しこっちに近づいてきてくれていて、安心した。
ちょうどいいタイミングで第二部のダンスの曲が流れだした。
ここで俺やアースらは今日の相手を選ぶことになる。貴族たちがさぁっと引いてくれてほっとした。助かった、けど。令嬢たちのキラキラした目線が痛い。
…ええと、俺が今日踊らなきゃいけない相手は…
「エヴァン公爵家のスカーレット様。あそこの深紅のドレスのご令嬢です。それからルーカス公爵家のアデライド様。ピンク色のフリルの多いドレスを着ているあそこのご令嬢です」
「…助かった。ありがとう、ジェイ」
交渉団団長として顔を見たことも話したこともあったけど、この二年間で顔つきもすっかり変わったその令嬢たちが果たして俺が考えているご令嬢と一緒なのか自信がなかったから、ジェイが教えてくれて助かった。
ジェイ。俺がこの国に帰ってきてからすぐに義兄さんが俺につけてくれた側近。不愛想な奴かと思ったけど、なんか憎めないのはあれなんだ。めっちゃくちゃ似てるんだ性格が、ヒューゴに。
「サラ様はあちらに御座います」
「…さすがにそれは見えてるよ」
俺は苦笑して、サラの元へ向かって歩き出した。来賓たちがさぁっと避けて道を開けてくれる。
道の先には、俺の最愛の人。
少し期待に満ちた顔で、でも、ちょっと不安そうな顔で俺を見つめている。あぁ、本当に可愛いんだから。抱きしめたい気持ちを必死で抑えて俺はサラの前に跪いた。周りがざわざわとするのが聞こえる。俺の復帰後最初のダンスの相手。良くも悪くも注目を集めることは分かってた。
しかもその相手が、俺の甥っ子の元婚約者。どよめかないほうが無理がある。
でも、そんなの関係ないしどうだっていい。俺はただ自分の最愛の人と踊りたいだけだ。
「今宵あなたと踊る権利をいただけませんか?サラ・ヘンリクセン令嬢」
俺の言葉にサラが喜んで、と言ってへにゃりと笑う。ああああ!駄目だってその笑顔!!俺は焦る。ほら!もう!今の笑顔で俺の視界にいる男どもは明らかに赤面したぞ!?
ちょっとムッとして小声で注意をする。無防備も可愛いけど、ちゃんと自衛もしてもらわなきゃ。
やがてダンスが始まった。手始めに少しステップを踏むと、サラが余裕で付いてくる。どのくらいまで行けるのかな。俺は少し難しいステップを踏んでリードする。難なくサラがついてくる。
これは…ちょっと意地が悪いけど、これくらいが余裕なら難易度をあげようかな。他の男が、このダンスの後にサラと踊るのは気が引けるくらいやったっていいだろ。
多分最高難易度に近いダンスを踊ってるのに、サラは涼しい顔で付いてくる。密着する型だってこともなんなく見破られた。ほんと、さすが。
会話でもいちゃつきながら。体も密着させながら。ただただ、腕の中の愛しい人と踊る。ほんと至福の時だ。
「…目移りしちゃ、嫌よ?」
上目遣いでそんなこと言ってくるもんだから本当に殺されるかと思った。可愛くて。するわけないしできるわけない。こんなに可愛くて愛おしい人が恋人なのに。
ああ、楽しい。ずっとずっとこの時間が続けばいいのに。
でも、楽しい時間と言うものはあっという間に終わるもので。
「…良い夜を」
「王弟殿下に手を取っていただき、こちらこそ素晴らしいひと時を頂戴いたしました。王弟殿下も、どうぞ良い夜を」
白々しい挨拶。なんだかちょっと切なくなるけど、俺はすぐに気持ちを切り替える。これからは任務だと思えばいい。『王弟としての任務』。そう思えばこれからの時間だってやれるだろう。
ダンスパーティーが終わったら。…プロポーズだ。受け入れてもらえるのは分かってんだけど、緊張するなぁ。
「よし、行くぞ」
それまでは、完璧に王弟として降る舞わなければ。
相手探しの間奏が流れる。
「あちらにいらっしゃいます」
後ろからジェイがそっとその方向を手で差してくれる。
――――エヴァン公爵家、スカーレット嬢。
俺は彼女の前に跪き、その手を取った。
「どうか、私と一曲お付き合い願えませんか?」
「私でよければ、喜んで」
言葉ではそう言っているのに、フン、と鼻を鳴らすような物言いだ。まぁ、嫌われているのであれば別にそれはそれで。
ワルツが流れ出す。依頼していた通りの短いやつだ。俺はステップを踏み出す。会話もどうしようかな…と考えていると、スカーレット嬢が先に口を開いてくれた。
「…随分とサラ様とは長く踊られていたようですのに。このワルツだと王弟殿下とあまり踊れませんわ」
「仕方ありません、たまたま演奏団の采配がそうだったのでしょう」
しれっとして張り付けた笑顔で返すと、目の前の令嬢は面白くなさそうな顔を隠しもせずに言い放った。
「ご存じで?サラ様は二年前にあなた様の甥であるアース様に婚約破棄を言い渡されて、国外追放にまでなってますのよ」
…あー、これ、あれか。俺のことが嫌いでツンツンしてるんじゃなくて、俺が自分より先にサラの手を取ったことが許せないだけか。そんでサラを貶めようとしているだけか。…公爵令嬢たるものもう少し心からでる気品があってもいいと思うんだけど…顔は気高いのにもったいない。
「存じております。王弟という立場ではなく、交渉団団長と言う立場で彼女の国外追放の護衛についていましたから。もちろん彼女が潔白であるということも先日大々的に証明されたので存じております」
俺の言葉にぐ、と喉を詰まらせる。うーん、別に論破したいつもりとかないんだけどな…
「王弟殿下は、どんな女性がお好みですの?」
スカーレット嬢がグイっと体を近づけてくる。あとすんでのところで胸が当たりそうなところをステップでかわす。…やばい。これは俺の一番苦手なタイプの女性かもしれない。
「軽やかなステップですこと」
面白くなさそうに言われ、俺はいい笑顔で光栄です、と答え、話を変えた。
「お召し物がとても美しいですね。あなたの名にぴったりのドレスだ」
俺の言葉にスカーレット嬢が顔をぱああっと輝かせた。
「まぁ…まぁまぁ!光栄ですわ!ええ、これはマダム・ヴィアンカのところでオーダーメイドで作らせた特注品ですの!ああ、でも、今日あなたのような素敵な方がいらっしゃると知っていましたら、新しく仕立てましたのに!」
「それは光栄です」
マダム・ヴィアンカ。一着でオーダーメイド七百万ペルリはくだらない最高級老舗だ。
「王弟殿下だと存じていましたら、あなた様と同じ瞳の色で何着でも作らせましたのに」
―――『一着で充分です!!!』
―――『一般的な服は数着買っても三万ペルリでおつりが出るんですのよ!…贅沢しすぎです!』
不意に俺の愛しい人の声が脳内で聞こえて笑ってしまいそうになる。別に目の前のスカーレット嬢の感覚がおかしいわけじゃない。公爵令嬢だ。ドレスを何着も特注で作るだなんてそれくらい当たり前の世界の住人だ。
でも、俺の愛しい人はそうじゃないんだよなぁ。
曲が終盤に近付き、ダンスも終わりに近づく。最後まで紳士として姿勢を崩さない振舞でダンスを続ける。
「…そういえば私の女性の好みを聞かれましたね」
「ええ、気になりますわ。教えていただけます?」
曲が終わる。俺は彼女から距離を取って、その手を持ち上げ、挨拶の口づけを送る。
「…一ペルリの価値が分かる人です」
スカーレット嬢が怪訝な顔をする。何を言っているのかしら?それくらいわかってるわよ…とでも言いたそうな。
「あなたのような美しい女性と踊ることができ、光栄でした。どうかこの先も良い夜を」
「…王弟殿下も良い夜を。できれば次は一番に手を取っていただきたく存じます」
彼女の言葉に会釈だけで返す。申し訳ないけど、約束はできないから。
さあ、残るはあと一人!頑張るぞー




