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155.お互いに棚上げ

「サラ・ヘンリクセン令嬢。我が主レイモンド・デイヴィス殿下よりこちらを預かっております」


 ぴっちり灰色の髪を後ろに束ね、無表情の男性が私の元にこそっと書状を持ってきたのはダンスパーティーが終わって、隣室で待機していたマリアとエルグラントと合流した時だった。

「ええと…ありがとう。あなたは?」

「此度、レイモンド殿下の側近として任命を受けましたジェイと申します。あなた様のことは聞き及んでおります。どうぞ、以後お見知りおきを」

 申し訳ないけど、目を見せてもらう。信用できるかどうかわからないもの。


「…なにか?」

 私がじっと見つめていたことに気付いたのだろう。なかなか聡い方だわ。

「いいえ、何でもありませんわ。サラ・ヘンリクセンと申します。こちらこそ以後お見知りおきを」

 無表情だけど誠実な方だわ。うん、大丈夫そう。


 私は書状を受け取り、その場で開封する。

「王宮の…レイの部屋まで来て欲しいと書いてあるわ。あなたに案内を頼むようにと」

 ジェイに言うと、賜っております、と返事が来た。

「マリア、エルグラント。もう少しだけ付き合ってもらってもいい?お父さまに許可はいただいているようなんだけど、レイからこの後少し話があると…」


「聞いているわ」

「聞いてたさ。大丈夫だ、さあ行こう」


 んっ!?まさかのマリアとエルグラントまで根回ししていたの?


「それでは参りましょう。他の来賓の方々に気付かれませんよう、隠し通路などを使います。階段などもございますのでお足元にお気を付けください」

 わーすごい。っていうかまぁごめんなさい。どこに隠し通路があるとかそういうの全部一応頭に入ってはいるのよね。まぁ、ここでそんなこと言っても野暮だから言わないけど。


 ジェイの後に付いていく。案内の途中もずっと沈黙しているわ。なんだかレイの側近っていうからもっとマシューみたいな人があてがわれると思っていたけど。

 地下階段を歩き、右や左や扉をくぐり、私たちは道中ほとんど誰とも会うことなくレイの部屋だという場所に着いた。

「マリア殿と、エルグラント殿は隣室にて待機していただきたく存じます」

「えっ、二人っきり?」

 私は驚いてしまう。日中ならともかく、日を跨ぎそうな時間帯のこんな夜に男女が一つの部屋で二人きりというのはあまりよろしくはない。

 そんな私の意図を察してか、ジェイは言った。


「我が主は紳士です。サラ様が危惧されるようなことはございません。それに、きちんと公爵閣下にも、国王陛下にも許可は得てらっしゃいますので。ご安心くださいませ」

 なんかこの人、レイへの信頼半端なくない…?

 一応私は二人にも尋ねる。

「ええと、マリア、エルグラント…いいのかしら?」

「今日は、きちんとレイの口から聞いていますから。大丈夫ですよ」

「公爵閣下もきちんと聞いていることだからな。ちゃあんと許可はもらってる。大丈夫だ」

 ま、まぁ二人がそういうなら。大丈夫なのでしょう。


「レイモンド殿下。サラ様をお連れしました」

 ジェイが扉をとんとん、と叩く。

「入れて差し上げろ」

「かしこまりました。さぁ、サラ様どうぞお入りくださいませ」

 ジェイが扉を開けてくれて、私はしずしずと中に入る。入ったのを確認されて、後ろで扉が閉められた。


 目に入ってきたのは、レイの、これからの部屋。

「…きらびやか、ね?」

 そう。交渉団団長の部屋とは比べ物にならないほどの調度品や装飾品があらゆるところに誂えられている。すべての家具がきちんと手入れされていて、ザ・王族!の部屋だ。

「正直全然落ち着かないよ」

 ふはっとレイが笑う。そんな彼は部屋の真中に立っている。ダンスパーティーのときの格好そのままだ。…なんだかその目が異様に緊張しているんだけど。


「…ダンス、きちんと令嬢たちと踊れた?」

「踊った。めちゃくちゃ頑張った。…サラ、座ろう」

 そう言ってレイがソファを指さした。ええ、というとレイも動き、私たちは二人並んでそのふかふかのソファに並んで腰かけた。途端にレイが私を抱き締める。

「…香水臭かった。二人とも。サラの自然な匂いが一番好きだ。やっぱり」

「胸が痛かったわ」

「…ごめんね」

「お二人ともとっても美しくて可愛くて。…全然見られなかったの。あなたがご令嬢に笑顔を向けていたらどうしようって考えると怖かった」

「ごめんね。…でもね、正直、俺もアースとサラが踊ってんの見て気が狂いそうだった」


 うう、うん。そこを言われると確かに今の私は超棚上げなんだけど。

「一応、私もアースもお互いに恋愛感情も何もないわ。でも、あなたの場合はご令嬢から秋波を向けられていたでしょう?あれはアースからの謝罪のダンスで色恋なんて何もついてないわよ?聞いたでしょう?」

「聞いたけど…正直、アースとは元婚約者だったわけで。…二人でなんか笑ってるし。サラは指でアースの口を触ってるし。俺は二人の令嬢にそんなことしてないのに」

「あれ…は!アースがあまりにも謝るもんだから…!」

「わかってるよ…聞いたもん。でも…はぁ、ほんと駄目だ俺。器小さすぎる」

 ついにレイが私から体を離して両手で顔を覆って項垂れだしてしまうものだから私は慌ててしまう。


「ち、違うわレイ…ごめんなさい。私も自分のことを棚に上げて、あの!大好きなのはレイだけだから…!」

「知ってる。俺だって好きなのはサラだけだ」

 ううん、もう!このサラヘンリクセンときめき製造マシーン!!

「お互いに自分のことを棚に上げても仕方ないわ。立場やいろんなしがらみがある中でこういうことって今から私達の立場上いくらでも生じると思うの」

「…俺もそう思うよ」

「だから、そんなときのために仲直りの法則を作らない?」

「仲直りの法則?」

「そう。どんなに喧嘩しても、相手に対して苛立ってしまっても、仲直りできるスイッチを作るの」


「どういうこと?」

 レイがキョトンとする。


「…こういうこと」

 私はレイに向き直り、両手でその頬を包み込む。そのまま、三回触れるだけの口づけを彼の唇に送った。

「三回どちらかが相手の唇に口づけを送ったら、どんなに怒っていてもどれだけ腹が立っていても一旦溜飲を下げる…ってのはどう?」

「なにその甘すぎる仲直りスイッチ…」

 レイが頬を真っ赤にしている。

「…嫌?」

「妙案すぎる」

 即答。笑ってしまうわ。ああもう大好き。

「ごめんねレイ。あなたをやきもきさせちゃって。でも信じて。大好きなのはあなただけよ。あなた以外の男性なんて目にも留まらないわ」

「俺もごめんねサラ。君以外の女性なんて何一つ惹かれない。いくらこの先他の女性とダンスを踊らなきゃいけないとしても、誰よりも何よりも一番先にサラを選ぶって誓うよ」

「…ありがとう」

「こちらこそ」


 レイの心からの言葉が嬉しい。誠実に向き合ってくれるこの人が愛おしい。

 って!なんだか不穏な空気から甘い空気になって肝心なことを忘れていた。


「そういえば、私に話があるって言ってなかった?話って何?」

「…うん。そう。…それが今日一番伝えたいこと」


 そう言って、レイはすっと立ち上がって、私の前に跪いた。

 私の左手を取り、熱のこもった視線で私を見上げてくる。そうして、その形のいい唇をゆっくり開いてレイは言った。




「…俺と、結婚してください」


正式にね!

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